蒼き明暗(C)
「他に逃げ延びた人とかはいないのか?」
聞いてから、話題の選択を間違ったと思い、ライは後悔した。
「分かりません。魔物が村に現れたあの日、私はずっと隠れていたんです。村の様子が静まり返ってから、行ってみたら……」
ウェルエーヌの言葉が途切れる。光景を思い出したのだろう。ライも旅で数回、壊滅した村を見たことがある。無残なものだった。もし滅ぼされたのが自分の住んでいる所だったら、受ける衝撃は計り知れない。
と、そこへ、重くなりかけた雰囲気をかき消すようにセリアが現れた。
「紅茶、まだ残ってる?」
残りがあることを確かめてから、セリアがコップを取って紅茶を入れる。
「繁盛しているみたいだな」
絶妙のタイミングで来たセリアに感謝しつつ、ライは話しかけた。
「今日は天気がいいから、足を運んでくれるお客さんが多いのかも」
嬉しそうに微笑む。実際、この笑顔を目当てに来る客も多い。本人は気付いていないが。
セリアはライの隣の椅子を引いて座った。花の香りと、紅茶の香りがライの鼻孔をくすぐる。
「今朝も来たんだよね? お母さんが言っていたわ。私、その時まだ寝てて」
「丘に持って行く花を買いに来たんだ。セイリスさんに色々勧められて困ったよ」
「お母さん、商売上手だから」
言ってから、セリアは何故かはっとした風にライを見た。
「……えっ、じゃあライ、丘に行ってきたの?」
「ああ。最近行ってなかったからな」
「ウェルエーヌも?」
「はい。怪我も良くなったので、外に出てみたくて」
「そう……なんだ」
セリアが紅茶を一口飲む。カップから出る白い湯気が、天井へ向かって空気に溶け込んでいった。
「あら、ライ君じゃない」
その時、店の入り口からセリアの母親、セイリスが入ってきた。長く伸ばした金髪を後ろで一つに結っている。少したれ目気味だがセリアにそっくりで、三十歳を過ぎているはずだが全く美貌が劣っていない。性格は優しく、明るい人である。
「お母さん。おかえりなさい」
「お邪魔してます」
ライとウェルエーヌは頭を倒してお辞儀した。
「遊びに来てくれたのね。ゆっくりしていって。ちょうど買ってきたお菓子もあるわよ」
「いえ、買い物の途中に通りかかっただけですから。もうすぐ行きます」
「そうなの? 遠慮しなくてもいいのよ。ウェルエーヌさんも」
セリアの母親はウェルエーヌの方に視線を向けた。
「私も……紅茶を頂いただけで充分ですから……」
「そう? 残念ね……。それにしても、今朝も会ったけれどやっぱり美人ね。家のセリアといい勝負よ」
「な、何言ってるの? お母さん……」
セイリスは、セリアとウェルエーヌを見比べ、一人で感心していた。
「ライ君の好みはどっちかしら?」
「は、はい?」
不意打ちで質問され、ライは危うく持っていた紅茶を落とすところをした。
なぜか視線が自分に集まっている。
「ちょ、ちょっと、セイリスさん。そういう返答に困る質問はやめてください」
「うふふ、そんなに慌てない。少しからかっただけよ」
(いや、俺にはマジに見えたけど)
内心冷や汗をかきつつ、ライは時計を見た。
「おっと、結構居座っちゃったな。そろそろ行かないと」
「もう……帰るの? ライ」
「ああ。あと一つ寄るところが残ってるんだ」
まだ夕方にもなっていないが、早く済ますに越したことはないだろう。あまりボベックを待たせるわけにもいかない。
ウェルエーヌを促して、席を立つ。
「あっ、ちょっと待って。ウェルエーヌ」
と、何か思い出したようにしてセリアは店の奥へ走っていった。すぐに戻ってくると、その手に花を持っている。
「これ、前に私が喋ったとっておきの花。ウェルエーヌにあげるね」
「えっ、そんな……。いいんですか……?」
「もちろん。『エレンの花』っていって、西の山岳地帯にしか咲いていない花なの。こっちで育てるのには苦労したな」
「エレ、ン―――?」
『西の山岳地帯でしか咲いていない花なの』
何故か、その名にライは懐かしい響きを感じた。
「蒼い花びらが幻想的で綺麗でしょう? エレンの髪と同じ色よ」
セリアがウェルエーヌの目の前にエレンの花をかざす。
透き通るような蒼。確かに綺麗だった。
(俺は……どこかで……)
セリアがウェルエーヌに花を渡す。ウェルエーヌは宝物に触れるような手つきで受け取った。
「ありがとう……セリア……さん」
「どういたしまして。また、いつでも遊びに来てね」
「気をつけて帰るのよ。最近は物騒だから」
セリアとセイリスに見送られて外に出る。
一言二言会話を交わしたような気がしたが、ライはすぐ忘れてしまった。
『エレンの花』
その存在がライの頭から離れなかった。