第四話 蒼き明暗 aoki meian (A)
蒼き明暗――――――――第四話
人が、出会いと別れを繰り返す生き物であるのならば、自分はまさしくそれだろう。
見渡す限りの緑。途切れる事の無いように続く草原。真上にある太陽が、所々にある花々に、生命を宿らせている。時間が停止しているような空間。
妖精でも戯れていそうな、丘になっているその場所に、膝の高さほどある小さな石碑が、一列に規則正しく並んでいた。
「しばらく、来てなかったな……」
独り言。ウェルエーヌが頭痛を起こした日から数日経った朝、ライは忙しさでここに来ることをすっかり忘れていたのに気がついた。セリアの家で買った花束を一本一本取って、それぞれの石碑の下に置いていく。
「私も手伝いましょうか?」
離れた場所で、景色を眺めていたウェルエーヌがこちらに来る。
彼女は白の帽子とワンピースに、同じ白の手袋を付けていた。日光で透ける、蒼い髪が風になびいている。広大な草原に佇むその姿は儚げで、現実のものとは思えないほどに美しかった。
「いや、いいよ。もう少しで終わるから」
石碑に書かれた文字の一つ一つを心に刻む。大したことではないが、この場所にアゼルとセリア以外の人と来たことは初めてだった。ボベックは場所こそ知っているが、一緒に来たことは無い。どこか不思議な心地だった。
最後の花を飾り終えると、ウェルエーヌが一つの石碑の前で、固まったまま立っているのが目に入った。ライは首を傾げて側に行った。
『ミジェイ・エギネン』
それが、石碑に刻まれていた名前だった。
「この人は……」
「知ってるのか?」
「い、いえ……そういうわけでは……」
何やら様子のおかしいウェルエーヌに、ライはゆっくりと言った。
「俺の母親だった人だよ。五年前に、亡くなった」
五年。長いとも短いとも取れる時間。死因はありきたりなものだった。
病。
「血は繋がっていないけど、本当の母親のような人だった。捨て子だった赤ん坊の俺を拾って、女手一つで育ててくれたんだ」
母親の温かさが胸に蘇る。涙が流れることはもう無くなったが、やはり、感傷に浸ってしまうことは否めない。瞳を閉じて振り払い、他の石碑を見渡す。
数人のハンターが集まり、団体という形態で依頼をこなすハンター達がいる。ライの母親がそうであり、リーダーを務めていた。ライもチームの一員だった。現在、そのメンバーのほとんどは、この並んでいる石碑に名を刻まれている。
「そうだったんですか……」
ウェルエーヌは、ミジェイ・エギネンの名の前で、祈りを捧げた。
寂しさと、悲しさが混じった表情で。
「私の母も……数年前に、亡くなったんです」
彼女はしゃがんだ状態で、憂いを帯びた蒼い瞳をライに向ける。
「ライは、花が好きですか?」
「は、花? どちらかと言えば好きだけど」
突拍子な話題に戸惑いながらも答える。
「私が花を好きになったのは、母の影響なんです」
穏やかな声音が、草花のざわめきと共に流れていく。
「母が大の花好きで……。知識も豊富でしたし、家でも、居間や寝室いっぱいにたくさんの花を飾っていたんです。体が弱くて寝てばかりいた私は、楽しそうに花について語る母の話が大好きでした」
それは温かな日々だったことが、こちらに伝わってくる。
ウェルエーヌが、このように自分の過去を話すのは初めてのことだった。 村を滅ぼされた彼女に気を遣っていたこともあって、話題を避けていたせいもあるが。
すると彼女は手袋をとり、宝物でも見せるように、指輪をはめている左手を掲げた。
「この指輪は、母の形見なんです」
その一言に、どんな感情が込められているのだろうか。
形見。
依頼を蹴って本当に良かったと、ライは感じた。
「父も優しくて、仕事熱心で、温かかった。幸せでした。裕福ではなかったけれど、毎日が平和で、綺麗な花に囲まれて、ずっとこんな日々が続くと思っていました」
すっと、彼女の表情が曇る。
「でも、幸せな日々は、あっさりと終わりました。……村が、滅びて」
彼女は確か養父と養母の三人で暮らしていたと前に言っていた。ということは、
「それじゃあ……君は」
「そうです。二回目なんです。住んでいた場所を失ったのは」
彼女は、淡々と話し続けた。感情を必死に抑えるようにして。
「母も、父も、私を引き取ってくれた養父母も……大切な人がみんないなくなって……。私だけ生きていて……」
『……お願い……殺して……』
空に昇る煙のように、
不意に、記憶の奥から冷たいものが浮かび上がった。
辛そうに語る彼女の姿に、どこかの映像が重なる。
――――心が、突き刺さるように痛む。
「本当は、私が……」
「もう行こう。ウェルエーヌ」
ライはこれ以上、彼女の辛そうな表情を見たくなかった。よく分からないのだが、心が締め付けられるように苦しくなるのだ。
ウェルエーヌへ元気づけるように笑いかけ、澄み渡った青空の下、二人の他誰も居ない丘を後にする。
痛みは、海の底へ沈むように消えていった。