廻る鐘(F)
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「闇魔導師か……。珍しいな」
少女が唱えた魔法の効果が切れた頃には、既に二人の姿は影も残っていなかった。
冷たい夜風が木々をざわつかせ、彼の呟きをもかき消す。
「おいイヴァン! てめえがもたもたしてたせいで、逃げられちまったじゃねぇか!!」
逃げられた事が悔しいらしい。喚き立てるオイディプスを尻目に、イヴァンは街の入り口に視線を向け、口を開いた。
「……遅かったな」
彼の視線の先に、男が立っていた。いや、少年と言うべきか。風になびく青い髪は月の光を浴びて光沢を放ち、ぞっとするほど端正な顔には感情というものがまるで欠けている。胸に提げた銀色の十字架のネックレスが、神秘的な雰囲気を漂わせていた。
そして、一番印象的なのが少年の目――――深い青の瞳。
「用事を済ませていた」
少年が答える。裏の世界で彼の噂を耳にしたことがあった。この若さで数多くの暗殺の依頼をこなし、その成功率は実に百パーセント。
まるで人形のように、与えられた仕事を淡々とこなす姿は『暗殺者』としての鏡だ。瞳や髪からは深い海を連想させ、一部では『深海の水龍』という異名で囁かれている。イヴァンでさえ、初めて彼を見たとき、何かぞくりとくるものを感じた。
「ヘッ、ガキのくせにいい気になってんじゃねえよ。高い金、もらってるんだろ?」
オイディプスが挑発的な態度で歩み寄る。少年は無表情のまま微動だにしない。
イヴァンは、そんな二人の指揮を執るように声をかけた。
「止めろ。それよりさっきの二人を追うぞ。まだ遠くには行っていないはずだ。運が良ければ、女の居場所が掴めるかも知れない」
赤い髪の少年に、闇魔導師の少女。二人の会話を思い出す。
(おかしいな)
オイディプスの言うとおり、彼らは間違いなく持っているだろう。『彼女』についての情報を。だが、
(ウェルエーヌだと……? その名の女は確かもう……)
静まり返った街。
不穏な空気が漂う中、一日の移り変わりを告げる教会の鐘が鳴り響いた。