廻る鐘(E)
会話が遮られる。声に振り向くと、背後から見知らぬ人が近寄って来た。
まだ若い男性だった。耳や眉毛にかかるほどの茶髪。目は細いが、目付きが悪いというわけではない。茶色のローブを纏っていて、落ち着いた、誠実そうな感じの雰囲気だった。
「実は、人を探していましてね。お二方の近くを通りかかったら、偶然ウェルエーヌという名前が耳に入ったのですが、私の探している人もウェルエーヌというのですよ。ですから、よろしければ話を伺いたいのですが」
アゼルは相手を睨んだ。
真面目そうな普通の男性。
だが、長年ハンターという仕事をやって多くの人間を見てきた彼のカンが、どこか違和感を訴えている。
たとえウェルエーヌの知り合いだとしても、彼女は高額の報酬がかけられている指輪を持っている。迂闊に教えるわけにはいかない。
(ったく、面倒だな)
リアナも警戒しているのだろう。微妙に距離を置いて黙っている。アゼルは不自然に思われないように意識しながら演技をした。
「俺に聞かれても困るんだよな。街の外れの方でやたらとその、ウェルエーヌって名前が噂になってるんで、この女とどういう奴なんだろうなって話をしてたんだよ」
「ええ。役に立てなくてごめんなさいね」
リアナがフォローする。咄嗟に考えたとはいえ、上出来だとアゼルは自分を褒めた。
「そうですか……」
刹那、空気を切り裂いて、何かがアゼルめがけて飛んできた。
「!?」
後ろに飛んで回避する。
カッと壁に突き刺さった物、それは投げナイフだった。
「これは……オイディプス!」
側の男が、投げナイフが飛んできた方向に顔を向けて怒鳴った。
「ケッ! 甘すぎんだよてめぇは。そんな周りくどいことなんてしねーで、脅して吐かせりゃあいいんだよ。そいつら、絶対女の事知ってるぜ」
家の影から静かに人が現れる。オイディプスと呼ばれた男だろう。手入れなど微塵もしていないような荒れ放題の髪、釣りあがった目は常に睨んでいるかのように鋭く、いかにも悪人面といった容貌の持ち主だった。彼は、片手に持った三本の投げナイフを器用に空中に回転させて投げながら笑っていた。
「だからといっていきなり襲い掛かる事はないだろう! 貴様はそんなやり方しかできないのか!?」
「うるせえ! どんな手を使ってもいいって依頼主が言ってたじゃねえか! ほら、さっさと女の居場所、教えてもらおうぜ」
獲物を狩ろうとする、獣のような鋭い視線がこちらを向く。物凄い殺気が感じられた。
(やばいぞこりゃあ……)
ナイフを持っている男にアゼルは見覚えがあった。警備所や王都で指名手配として立て札に張り出されていた顔。それと全く同じだった。
(人を殺す事に快感さえ覚えているとかいう暗殺者だ。性格は残虐、金のためならどんな醜い手段も使う狂人野郎って噂の奴じゃねーか)
「ね? 言ったでしょ。危険だって」
こちらの心情などお構いなしに、背中にくっ付いていたリアナが小声で囁いた。彼女は意外と冷静だった。
「今はそんな事言ってる場合じゃねーだろ! 逃げるぞ!」
「どうやって?」
「お前の魔法を使ってに決まってる!」
「こういう時は男が体を張って女の子を逃がすのが王道よ」
「い・い・か・ら・や・れ!」
「はいはい……これは貸しにしておくからね」
アゼルの形相に気圧されたのか、リアナは渋々了解し、右手を掲げた。
「闇よ!」
すると絵の具が染み込むように、辺り一面が漆黒の闇に覆われた。
例えるなら、全ての存在が消えた、無の世界。
「おい! 何も見えねーぞ!」
「あたしには見えるから大丈夫! こっちよ」
アゼルの手をリアナが引っ張る。彼女の小さく柔らかい手の温かさに戸惑いながら、アゼルは走り出した。