廻る鐘(C)
「貴方も、この指輪を探しているのですか?」
問いに、ライは正直に答えた。
「ああ。まさか君が持っているとは思わなかった。でも、その依頼はアゼルと一緒にもう蹴った。君の指輪をどうこうするつもりはない。本当だよ」
そう。指輪の依頼は蹴った。
彼女から奪うことなんて、できるわけがない。するわけがない。
「……………………」
ウェルエーヌは黙ってライをじっと見つめた。ライも彼女の蒼い瞳を真っ直ぐ受け止める。
そして、しばらくするとウェルエーヌはフッと表情を和らげ、優しく微笑んだ。
初めて見た彼女の微笑みは、花の様に可憐で、儚げで、美しいものだった。
「やっぱり貴方は優しい人ですね。あの頃と全然変わっていない……」
「え……?」
思わず見惚れていたライには、 ウェルエーヌの言葉がよく聞こえなかった。
「何でもありません。じゃあ私、部屋に戻りますね」
ウェルエーヌは微笑んだまま、何事も無かったかのように台所を出ていく。
「ウェルエーヌ」
ライは華奢な背中に向かって呼び止めた。この機会に、聞いておこうと彼は思った。
「怪我が完治したら……君はどうするんだ?」
「……………」
彼女の住んでいた村は魔物に襲われて壊滅している。行くあてがあるのか、聞きたかった。もし無いのなら、このままここに住んでもらっても構わないとライは考えていた。
(おかしいな。いつからこんなにお人好しになったんだ、俺は)
自分の考えに心の中で苦笑していると、ウェルエーヌは後ろを向いたまま顔だけをこちらに向けた。さっきとは違って、弱々しい笑みだった。
「遠くの村に知り合いがいるので、そこに行こうと思っています」
嘘だ。と、ライは感じた。根拠は無いが、直感的にそう感じた。だが、彼女にも色々と事情があるのかもしれない。だからライは問い詰めようとはしなかった。
「そうか……。でも、もし行くあてに困ったら、ここに住んでもいいから」
「えっ……」
ウェルエーヌは一瞬驚き、何かを言おうとして―――急に頭を抱えてしゃがみこんだ。
「っ……!!」
「……ウェルエーヌ?」
――――その彼女を見て、最初に感じたのは違和感だった。
ただ事ではない様子に、ライは慌ててウェルエーヌの側に駆け寄った。彼女は声にならない声をあげて苦しんでいた。額から汗が流れている。
「どうした!? 頭が痛いのか? ウェルエーヌ!」
「だ……大丈夫です……。ただの……頭痛…です…から……」
「頭痛でここまでなるなんて変だろ! 待っててくれ、今医者を――――」
頭痛というよりはまるで発作のようだった。
ライは立ち上がって、台所から飛び出そうとした。が、ウェルエーヌにがしっと腕を掴まれる。
「本当に……いいんです! す…少したてば……治りますから……だから……側に…居てください……」
懇願するように言うウェルエーヌを放っておけず、ライは留まった。
数分が経過すると、彼女の言ったとおり、頭痛はすぐに治まったようだった。
「すいません。心配掛けて……」
「そんな事はどうでもいい。本当にもう平気なのか?」
「はい。あ、でも一応大事を取って、今日はもう寝ますね」
「ああ。その方がいい。体調が悪くなったら、無理しないで教えてくれ」
「分かりました。じゃあ……おやすみなさい」
おぼつかない足取りでウェルエーヌは台所を出て行く。ライはもう一杯水を飲もうとして、止めた。
「ほら、肩貸すよ」
「えっ、あの」
「階段から落ちたりでもされたら困るから」
「す、すみません……」
ウェルエーヌは俯き、小さな声で謝った。顔が赤い。ライは彼女を気遣いながら階段をのぼった。