象牙の塔(G)
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頭が、
体が、
全てが熱い。
とても熱い。
このまま、溶けてしまいそうなほどに。
「いらっしゃい。久しぶりね。貴方から会いに来てくれるなんて、嬉しいこと」
女が何か言っている。魅惑的な声が脳に直接響き、興奮させる。
――――なんて、美しい。
意識が、
女に集中する。
視線を女から外せない。外したくない。
近くに行きたい。近付きたい。
肌に触れたい。抱きたい。
欲望が、暴れだす。
ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン。
鼓動は休まることなく鳴り続く。
「さあ、おいで……」
女が両手を前に出す。吸い込まれるように、ライは歩き出した。
「貴方は私の物よ……」
ピシャピシャと、
水溜りを踏む音がする。
血で足が赤く染まったが、どうでもいい。
人間の死体を蹴っても、転がっている内臓を踏み潰しても、気にならない。
「さあ……早く……」
女の目の前まで来た。
差し出された腕の中に倒れこむ――――
『ライ……』
ふと、
閃光のように、
小さく、しかしはっきりと誰かの声が聞こえた。眼前の女ではない。幼い頃からの、聞き慣れた優しい声。
それで、醒めた。
「―――――――――!!!」
体が反射的に動いた。倒れこみながら強引に体をひねり、女の腕を逃れる。そのまま地面を転がり反動を使って起き上がった。服やバンダナが地面の血を吸って赤く染まっていく。
「俺に……暗示をかけたな……!」
相手から距離をとる。軽く眩暈がして無理矢理振り払った。
妖しい微笑を崩さず、女は目を細める。
「あともう少しだったのに。残念」
「何のつもりだ!」
「何のつもり? そうねぇ……」
女は、顎に手を添えて考える仕草をする。
「復讐、といったところかしら」
「復讐?」
疑問に思って、ライは記憶をたどった。今まで出会った人の顔はそれなりに覚えているつもりだったが、
この女を見た事は無かった。無いはずだ。
(でも、この女性……どこかウェルエーヌに似ているような……)
冷静に観察すると、顔が心なしかウェルエーヌに重なる。髪の色に至っては同じ蒼色だった。
「アハハ!! おしゃべりはおしまい。方法は変わったけれど、あなたを殺してあげる」
女が手を挙げると、空間に異変が生じた。この気配にライは覚えがあった。
(魔法!?)
突如、黒い波動が自分の立っている場所に飛んでくる。ライは真横に跳んだ。さっきまでいた場所の地面がえぐれ、穴が開いた。
(まずい……! こっちは武器が無い。素手で勝てるか……!?)
再び黒い波動が襲ってくる。今度は三つ。
「くっ!」
横一列に並んで放たれたそれを、飛びのいてかわす。幸い、俊敏さと回避力には自信があった。だが、このまま避けていれば、いずれ体力は無くなる。接近戦に持ち込もうと相手に近寄るが、魔法で牽制された。
女はさっきから微笑を崩さない。
「この程度? あの時のあなたとは大違いだねぇ。どうしたの?」
何の事を言っているのかライには分からない。
ライの頭はこの状況をどう突破するかでいっぱいだった。思考を巡らせていると、突然女がシャボン玉のような球体に包まれた。
「今のうちに逃げて! あれが相手だと結界は一分も持たないわ!」
遠くから声が聞こえた。助けてくれるらしい。ライは心の中で感謝した。
「……くだらない真似だこと」
女はその球体の中から出られないようだった。ライはこの期を逃さず、全力でその場を駆け出した。
消えない頭痛を、振り払いながら。