第2話「奇妙なこと」
やっと2話目です。
――熱い。痛い。右目が燃えるように熱い。右足が何かが刺さったように痛い。どうしてこんなに熱い……痛いんだ?
熱くて痛くて叫びたいのに、声が全くでない。それ以前に――何も見えない。目の前は真っ暗だ。それに体が重たい……
『大・・・!?』
あれ……誰かの声が聞こえる……誰が近くにいるのかな……
僕は鉛のように重たい左目のまぶたをゆっくりと開ける。何故か分からないが、右目のまぶたは開けることができなかった。
『ね・・・丈夫!?』
瞳がぼやけてよく見えなかったが、僕の側に誰かいるのが分かった。その人は僕の体を揺すりながら、懸命に何かを叫んでいる。
『今・・・!』
『・・・様!』
『あ・・・! こ・・・て!』
もう1人、僕の側に来たようだ。その人は、さっきの人と何かを話している。何を話しているのだろう……
僕は耳を凝らしてみるが、聞き取ることはできなかった。
『・・・た!』
『・・・い!』
僕の側にいた2人は何かを言って、何かを動かした。すると不思議なことに、さっきまで鉛のように重たかった僕の体が軽くなった。
『さ・・・よ』
側にいた人は僕を背負い、部屋のような場所から出る。部屋のような場所から出る瞬間、その場所が赤く染まっていたのがぼやけて見えた。
その後、僕の目の前には、再び暗闇が訪れた。
……。
「ん……」
僕は左目のまぶたをゆっくりと開く。その瞬間、窓から眩い程の光が目に入り込んできた。思わず、一瞬だけ目を閉じた。
「……朝?」
なんでこんなに眩しいんだろう……窓を見ると、太陽の光が部屋の中を照らしていた。朝が来たんだ……
「……」
僕はぐったりとして仰向けになり、天井を見る。……随分と久しぶりにあの夢を見たな。昔の記憶……何年も前の記憶を。
「……全てが変わった日」
僕は天井を見つめながら、ボソッとそう呟いた。
あの日、僕の全てが変わった。今まであたりまえにあると思っていた"モノ"を、全て失った。……いや、奪われたのだ。父も母も。思い出も。そして……自分自身さえも。
僕から全てを奪ったのは……火災。あの日、僕が最後に見たあの赤く染まっていた場所は、僕自身の部屋だったらしい。らしいと言うのは、後から人に聞いたからである。そのときのことは、あまり覚えていない。……いや、覚えていたくない。
あの日の火災で、僕は右目と右足を失った。右目はもう二度と開かない。それは火傷によって、目の辺りの皮膚がただれ繋がってしまったためだ。右足の方は、怪我の悪化による皮膚の壊死が原因で、太ももの中部から下を切断された。
僕は今まで、この姿で生きてきた。それはきっと、父と母の尊い命を代償にして生き長らえた対価なのだろう。僕はこの夢を見る度に――この記憶を思い出す度にそう思う。
「……なんで僕だったのかな……」
なんで僕が生き残ったのか。何故、父や母が犠牲になってしまったのか……そんな答えの解らぬ問いを自分に問う。そして分からないと呟く。
「……今、何時だろう」
僕はそこで考えるのを止め、部屋の掛け時計を見た。……時計の針は紛うことなく、正確な時間を示していた。
「……9時!?」
時計の針は9時丁度を示していた。それを見た僕は驚き青ざめた。まずい。2時間だけ寝るはずが、かなり寝てしまった。レポートはまたできていない。
「クッ!」
僕は起き上がって、一本足で机の方まで行き、パソコンの電源を入れた。レポートの提出期限は今日の正午。……今からやって、はたして間に合うのだろうか。
「……あれ?」
僕はパソコンの画面を見て、キョトンとする。そして自分の目を疑った。確か、レポートは半分しか出来ていなかった。それなのに……
「レポートが……できてる?」
パソコンの画面には、最後まで文字が打ち込められたレポートが映っていた。おかしい。まだレポートは、半分しか出来ていなかったはず……それなのになんで、レポートが出来ているんだ?
「誰かが……やってくれた?」
そうとしか思えなかった。でも、誰かが部屋に入ってきた、パソコンを触った痕跡はない。
「……まあ、いいや」
なんでレポートが出来ていたのか気になるが、それより今はこのレポートを提出するのが先だ。僕はレポートのデータをパソコンからUSBメモリーへと移す。
「よいしょっ」
一旦、僕はベッドへ戻り、腰をかけて寝間着を脱ぎすてた。そしてその辺にあった服を取って着替える。着替え終わると、近くにあった包帯を手に取って、それを右顔に巻く。
「さて」
僕は側にかけたあったエナメルバッグを肩から下げ、床に倒れていた松葉杖を取って机の方へとまた行く。そしてパソコンから、レポートのデータが入ったUSBメモリーを引き抜き、それをエナメルバッグの中へと入れた。
「早く行こう」
そう言って僕は部屋を出て行った。外に出ると、秋らしい風が吹いていた。
僕の住むマンションから大学までは、約1時間くらいかかる。マンションからちょっと離れた駅まで向かい、後は電車を2回乗り換えて大学へと向かう。
それはいつもしていること。別になんの意義もないことだ。
そう言えばさっき、電車の中で僕を見ながら、クスクスと笑う女たちがいた。怪奇な目で僕を見る人もいた。きっと、僕を見ての事だろう。
僕は別になんとも思わない。だって、いつものことだもん。何か思うだけ、時間と思考の無駄だと思う。笑いたきゃ笑え。怪奇な目で見たければ見ればいい。僕には関係のないことだから。
ま、そんなこんなで先程大学に着き、今さっき教授にレポートのデータが入ったUSBメモリーを提出したところだ。
「失礼しました」
僕は教授の部屋から出て頭を下げる。そして部屋のドアを静かに閉めた。
「……はぁ」
ドアを閉め終わると、僕は深いため息をつく。レポート、間に合って本当によかった。これでとりあえず留年する心配はなさそうだ。
「さて」
僕は一度バッグをかけ直し、ゆっくりと歩き出す。
レポートは提出し終わった。今日は休日のため講義もない。つまり、今からフリータイム。
「何をしようかな」
疲れたし、早く帰って寝ようか。それとも、図書館に行って本でも読もうか。何をしようか迷うな。
『ピロン♪』
「ん?」
何をしようか迷っていたとき、携帯の着信音が鳴った。誰からだろ。僕はズボンのポケットから携帯を取り、画面を見る。……また蓮子さんからか。僕は携帯のボタンを押して電話に出る。
「はい。もしもし」
『やあ、桜花! 元気?』
電話に出ると、相変わらずの明るい声で蓮子さんが出てきた。
「ええ。元気ですよ。昨日の夜もそう言った気がします」
『ああ。そう言えばそうだったね』
蓮子さんはケラケラと笑いながらそう言った。そう言えばじゃないよ。昨日の今日で元気かと聞くとか、蓮子さんはやっぱりちょっとずれてる。
『ま、そんなことより、レポートの方はどうかな? もし終わってないなら』
「ご心配なく。レポートはさっき提出しましたから」
『あ、やっぱり?』
「ええ……ん?」
やっぱり?
「やっぱりってなんですか?」
『さっきさ、メリーのこと桜花を見かけてね。それで、もしかしたらと思ってな。案の定、レポートを提出に来てたんだね』
「ちょ、どうしてそれを」
『後ろ見てみ』
蓮子さんはまたケラケラと笑ってそう言った。僕は振り返る。……振り返るとそこには、悪戯な笑みを浮かべた蓮子さんとハーンさんがいた。ハーンさんはこっちに向かって、小さく手を振っている。
『やっと気付いた?』
「……」
僕は電話を切って、携帯をズボンのポケットにしまう。そして2人のいる方へズカズカと向かった。
「ずっと後をつけてたのに、まさか気付かないとはね。相変わらず鈍」
「えいっ」
「!? いっだあ!?」
僕は2人に近づくと、蓮子さんの足を思い切り踏みつける。なんで踏みつけたのかは、言うまでもないだろう。蓮子さんは声を張り上げ足を押さえる。
「い、いきなり何するの……」
「言わなくても分かるはずですよ」
本当にこの人は……いつもいつも何かに付けて電話をしてくる。しつこいったらありゃしない。
「まったく……なんでいちいち電話なんてしてくるんですか?」
「いつつ……そりゃあ、決まってるじゃない。友人だからよ。ねえ、メリー」
「ええ。そうね」
2人はそう言ってクスクスと笑う。友達だから? ……理解できない。蓮子さんとハーンさんとは、先輩と後輩の関係。それに出会ったのは最近だ。出会ってまだ間もないのに、もう友人だとは……僕には言えない。
「……蓮子さん、ハーンさん」
「ん? 何?」
「何かしら?」
「どうして2人は僕にか……いや、なんでもないです」
僕は2人にある質問をしようとする。けれど、質問することを途中で止めた。だって、問いかけたところで返ってくる答えは分かっている。きっと、質問するだけ無駄だろう。僕はそう思った。
「どうしたの桜花? 最近、様子がおかしいわよ?」
「気のせいですよ。きっと」
様子がおかしい……か。確かに、最近の僕はおかしいのだろう。だって、今まで感じたことも、思ったこともなかった感情を知ったのだから。今までずっと独りだったから……その感情とどう向き合えばいいのか分からないから。
「……どう向き合えばいいのか分からないんじゃなくて、単に向き合えないだけなんだろうなあ……」
「え? 何か言った?」
「いえ、何も。それより、今更なんですがなんで2人はここに?」
確か2人は今日、博麗神社に行く予定だったはず。それなのに何故、2人が大学にいるのだろうか。
「え? ……あ、ちょっと色々とあって、博麗神社には行けなくなったんだ。ね、メリー」
「ええ。蓮子がもし桜花のレ」
「それは言わなくていいよメリー!」
ハーンさんが何か言おうとすると、蓮子さんは大声でそれを止めた。僕のレ? なんのこと? ハーンさんは今、何を言おうとしたんだろう。
「あらあら、顔赤くしちゃって」
「グッ……赤くなんかしてない! そ、それより桜花。この後、用事とかある?」
「いや、特には」
「ああ。それなら丁度いい。これからメリーとサークルの打ち合わせするために喫茶店に行くんだけど、桜花も」
「遠慮させてもらいます」
僕は、蓮子さんが言葉を言い切る前に断る。嫌だよめんどくさい。確かに、サークルには入ってるけど、基本的に僕は活動には関与していない。だから、一緒に行く必要もない。
「そうかー……残念だねメリー」
「そうね。残念ね」
「え?」
「今日から新作のパフェが」
「よし分かった。行こう」
「あら、切り替え早いわね」
「気のせいですよ」
そうか。ようやく新作のパフェが出るのか。それなら話は別だ。サークルの打ち合わせには参加しないが、パフェを食べについて行こう。
「それじゃ、決まりだね。早速、喫茶店に行こうか」
「ええ。行きましょうか」
「うん」
蓮子さんとハーンさんは、その場から歩き始める。僕も2人に続いて歩き出す。新作のパフェか……どんなのか楽しみ。
はろはろ。風心です。
やっと2話目が更新できました。
今回は桜花の過去に関する話と、秘封倶楽部のメンバーとの掛け合い?でした。
友人になんとなく電話をしたくなっちゃうときとかありますよね。蓮子の場合はちとあれですが。
後、作中に出てきた「感情」は皆さんも分かってるかと思いますが、恋愛感情ではないです。はい。だとしたら、あれしかないような……
ま、いいや。
それではまた。