【完結・短編】孤児の少女が盗んだ魔法書。その持ち主は、彼女に一生片想いすることになる第二王子でした。
この作品は『レグニア王国物語』の前日譚のスピンオフ短編です。
独立した、一話完結の短編になっていますので、本編を未読の方でも気軽にお楽しみいただけます。
「恋は叶わなくとも、一途な愛は相手の人生に深く届く——」
のちに勇者パーティの大賢者となる少女ヴァレリアと、彼女の自由のために生涯を捧げた男の、切なくも救いのある愛の物語です。
ひとつの恋の結末と、彼女たちの原点の物語をどうぞお見守りください。
「あっ……!」
貴族らしい少年が声を上げた瞬間には、ヴァレリアはその手から分厚い本をもぎ取り、王都の石畳を全力で蹴っていた。
(もらった……! 警護の奴らは、主君の身の安全が第一!だから追ってこられないはず!)
目論見通り、少年の近くに立っていた護衛は少年を守るように駆け寄り、こちらを追っては来ない。
手に伝わる重み。背表紙に刻まれた黄金の文字。
——間違いなく、本格的な『魔法書』だ。
希少品で、売ろうにも目立ちすぎて足がつく。金にはならない。だが、ヴァレリアはどうしてもこの本が欲しかったのだ。
———
魔族の襲撃で故郷を滅ぼされ、両親を殺された。
王都の貧民街にある孤児院へ押し込められたものの、満足に食事も支給されない過酷な日々。
自分より幼い子どもたちに少しでも多くのパンを食べさせるため、ヴァレリアは、スリや盗みで日銭を稼ぐしかなかった。
そんなヴァレリアが、換金できない魔法書を盗んだのは、「魔法使いになって、両親を殺した魔族どもを打ち滅ぼす」という叶わぬ夢を、諦めきれずにいたからだ。
……だが、彼女の誤算がひとつ。
狙った相手がただの貴族ではなく、お忍び中の『第二王子』だったことだ。
遠巻きに配置されていた熟練の護衛たちにあっさり退路を塞がれ、ヴァレリアは石畳の上に組み伏せられた。
「……なんで魔法書を? こんなもの、盗んでも売れないだろうに」
石畳に押し付けられ、拘束されている泥まみれの少女に、本を奪われた少年——第二王子ジュリアスが、不思議そうに尋ねてくる。
「……この魔法書で勉強して……魔法使いになるためだ……っ」
悔しさに唇を噛み締めるヴァレリアを、周囲の護衛たちが「庶民出の魔法使いなど聞いたこともない」と鼻で笑った。
だが、少年だけは笑わなかった。
「……それ、読めるの?」
「読める!! 私は……私は……っ!」
「黙れ! この盗人がっ!」
護衛が叫び返すと、ヴァレリアの怒りが限界を突破した。
「誰のせいだ!! お前ら貴族が!! しっかり国を守らないから!! 私みたいなガキが盗人をやらなきゃいけなくなったんだろうが!!」
静まり返る路地裏。ヴァレリアは顔を真っ赤にし、涙を浮かべながら叫び続けた。
「あたしの家族は、辺境で幸せに暮らしてたんだ!だけど…父さんも、母さんも!町のみんなも!魔族に殺された! 」
「王都に来てからだってそうだ!孤児院に突っ込まれたあとは、ろくに食事ももらえない!! 小さい子たちに少ない食事を回すために、あたしらは自分で食い扶持を稼ぐしかないんだ!!」
もう誰も、彼女を笑おうとする者は居なかった。
「安全な王都なのに!貴族にはこんなにたくさんの警護が居て! ……誰も辺境の町なんか守る気が無いんだ……! だから!! あたしが魔法使いになって、みんなを守るんだ!!」
静寂の中、少年は静かに片膝をつき、ヴァレリアと目を合わせた。
「……君の言う通りだ。私たち貴族は、その務めを果たせなかった。申し訳ない……」
少年は深く頭を下げると、慌てる護衛たちを制して静かに言った。
「その魔法書は君に譲ろう。どうか魔法使いになって、国を守るのを手伝ってほしい」
「……貴族の施しなんか受けるもんか……! これは……借りるだけだ!! この魔法書! 全部覚えたら、お前に返しに行く!! 絶対にだ!!」
自尊心を傷つけられたように突っ張る少女を見て、少年は少しキョトンとした後、気持ち良さそうに笑った。
「はは! この魔法書を全部覚えられたら、魔法学校でもトップ合格で特待生間違いなしだ。数年後、僕も魔法学校に通う予定なんだ。…魔法学校で会おう!」
「絶対返すからな!! お前も絶対、魔法学校に来いよ!!」
あの日、王都の石畳の上で交わされた少女の叫びは、第二王子である少年の胸深くへと突き刺さっていた。
城に戻った王子ジュリアスは、すぐさま王家へ働きかけた。
ずさんだった孤児院の管理体制は是正され、子どもたちに温かい食事が行き渡るようになる。
ヴァレリアがひとりで背負っていた「幼い子どもたちのためのスリ」という過酷な責務は、完全に消え去った。
生きるための日銭を稼ぐ必要がなくなったヴァレリアは、得られた時間のすべてを、あのとき少年から「借りた」一冊の魔法書の読破と理解へと捧げた。
——それから、数年後。
形骸化していた「平民向け特別奨学制度」の鉄の扉を、史上初となる【完全満点合格】という圧倒的な知性の暴力でもって叩き割った赤髪の少女が、首席として壇上に立っていた。
周囲の貴族出身の生徒たちが大きくざわめく中、ヴァレリアは誰よりも誇らしげに、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
特等席からその姿を見つめていた第二王子ジュリアスは、苦笑しながらも、胸の奥からこみ上げてくる熱いものを抑えきれずにいた。
「……あんた、王子様だったんだね」
入学式の後、ヴァレリアは第二王子に前まで歩いて来ると、そう話しかけた。
「約束通り、全部覚えたわよ」
あの時の魔法書を差し出す。
ジュリアスは受け取るのを拒むように両手を胸の前で開いてみせた。
「その魔法書は君が持っててよ。きっとその方が世界の役に立つ」
ヴァレリアは返答代わりに本をぽんと投げて寄こした。
「ほんとにいらない。その本から学ぶことはもう無いの。全部暗記してるから、物理的にも必要ないし」
「……まさか、本当に全部覚えているのかい?」
絶句する王子に向かって、赤髪の少女は胸を張り、不敵に言い放った。
「そう約束したでしょ?私はもう、その先にいる。その本より……いえ、この世界の誰より先に、私は進む! これからは、私が書いた魔法書を、世界が学ぶことになるんだ!」
あの日、泥まみれで叫んでいた少女は、いまや歴史を変える天才魔法使いとして目の前にいた。
勝ち誇ったように笑う彼女を見て、ジュリアスは降参したように微笑んだ。
「……参ったな。君には一生、敵いそうにないよ」
この少女が将来、世界を救う『大賢者』と呼ばれることになるのを、彼はまだ知らない。
そして——どれほど時が流れ、どんな立場になろうとも、自分のこの恋心が報われることは決してないのだということも、王子はまだ知らなかった。
すべての始まりは、一冊の魔法書と、二人の不器用な約束。
どこまでも眩しく前だけを見つめる少女と、彼女の影として寄り添い続けることを誓った王子の、長い長い物語の幕が上がった。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
※本作は『レグニア王国物語』の前日譚です。
孤児だったヴァレリアが「大賢者」と呼ばれるまでの足跡。
彼女に生涯を捧げた第二王子ジュリアスの真意。
そして、世界を救う勇者パーティのもう一つの物語は、本編(完結済)にて描かれています。
よろしかったら、こちらからどうぞ。
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