表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

4.帰れる場所へ

『帰ってきなさい! いまなら間に合うから!』


 電話に出た瞬間、母親の切羽詰まった声が飛び出してきた。


「けど……」


 テレビの画面にテロップが表示される。富士山直下を震源とする最大震度5弱……火口上空5000mの噴煙。


 胃が落ちていくような感覚に、たまらず立ち上がって窓辺に立った。富士山上空の灰色の領域はじわじわと広がりを見せ、もう稜線を確認することは出来なくなっていた。雨雲とも違う、不気味な暗い境界がゆっくりと、しかし確実に迫ってきていた。


 胸の中で同じように不安も広がっていく。


 それでも頭の中で、問題ない、大げさな反応だ、そう別の自分が言っていた。

 ウチまで火山灰がくるとも限らないのに、ビビって逃げ出すなんて真似は出来ない。


「たいしたことないだろ」


『たいしたことがあってからじゃ遅いでしょう! なにもなければ、すぐ帰ればいいじゃない!』


 普段と変わらない断定的な口調に苛立ちが湧く。反射的に言い返そうした言葉を、聞いたことのない声が押し留めた。


『お願いだから……。帰ってきて』


 弱弱しく、かすかに震えを帯びた声音。スマホを握り締め、短くうなずいた。


 なにを持てばいいかも考えず、普段通りの荷物をバッグに詰めて家を出た。


 原付に乗って通りへ出ると、ひどい渋滞が出来ていた。歩道にも大きなバッグやスーツケースを手にした人たちが険しい顔をして足早に歩いている。


 みんな、どこへ行くべきか分かっているんだろうか?

 けたたましく鳴らされるクラクションの合間を縫って進みながら、向かうべき場所があることに心強さを感じた。


 行けども行けども続く渋滞。高速の入り口に差し掛かると、多くの車が立ち往生していた。数人に詰め寄られた料金所のスタッフは、引きつった顔で怒鳴り返す。

 ドライバーに求められて解放されるだろうか。

 様子を見るか迷ったが、強引に引き返していく車に追われて、その場から離れた。


 下道を行く。

 山間に入れば減るかと思ったが、上りも下りも車の流れは途切れない。いつもは静かな道にエンジン音とクラクション、そして怒声が満ちた。事故に巻き込まれやしないか、ビクビクしながら走った。


 ポケットに突っ込んだスマホからは、何度も緊急速報が聞こえていた。しかし、走りながらスマホを見るわけにはいかない。状況が分からないまま進み続けるしかなかった。


 どれほど走ったか、じわりと薄暗くなってきた。雲が出てきたのかと空を見上げる。

 雲は欠片もなかった。ただ黄砂が舞っているように空が白けて、ぼんやりとした幕の向こう側で太陽が光を滲ませていた。


 視線を前に戻しても、なぜかゴーグルの視界は悪いまま。くしゃみが出た。車に巻き上げられた砂ぼこりのせいだろうか。ゴーグルのレンズを指で拭う。砂ぼこりにしては細かく、なのに固いざらつきを感じた。


 息を吸うと、違和感を覚える。鼻がむずむずとし、口の中が砂っぽい。信号で止まった隙にマスクをつけたが、息苦しさにはぎ捨てては、呼吸の違和感につける。と、無意味なことを繰り返した。


 普段の倍以上の時間がかかり、ガソリンの残量が心配になった頃。霞の中に見慣れた看板を見つけた。体に染み込んだ記憶が波のように迫って思い出される。


 潮のにおい。波の音。狭い路地。馴染みの店。鳥居。ジャングルジム。船――。


 湧き起こってきた感情に唇を引き結び、速度を上げた。

 家に到着すると、勢いよく玄関を開け叫んだ。


「ただいま!」


 小学生以来のことだった。

 奥から母親が出てくる。

 開口一番、言った。


「やだ、汚い。あんた、なんでそんな白くしてるの」


 いつも通りの母親のしかめっ面に、帰らなくてよかったんじゃないか? と思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ