2.いつもの揺れ
残暑が続く九月半ば。
仕事から帰宅すると、真っ先にテレビをつけた。一月以来、家にいる間はテレビをつけておくのが習慣になっていた。
適当なバラエティを流しながら夕飯を食っていると、LINEの着信音が鳴った。画面を見て、顔をしかめる。スルーしようと放置していたが、しつこかった。
耐えきれず、舌打ちして応答をタップする。
「もしもし?」
『いるなら早く出なさいよ』
初っ端からムカつく言い方に、思わず切りそうになる。
なんだって母親ってのは、いつも胸糞悪くなるところをピンポイントで突いてくるんだ。
「なんの用だよ?」
苛立ちを隠しもせず言う。
『所長さんに相談した?』
「してない」
『しなさい、って言ったでしょう?』
「そんな簡単じゃねーんだよ」
『あんたは、いつも、そんなこと言って!』
スマホを耳から離し、テーブルに置く。それでも漏れ聞こえてくる声に、うんざりしてため息をついた。
富士山が噴火する。
気象庁が、そんな発表をしたのは正月の気配も消えかけた、一月半ばのことだった。メディアもネットも連日の大騒ぎ。俺の会社も出社を見合わせ、大半の社員にリモートが命じられた。
富士山は見えても、ウチは百キロ以上離れている。
こんなところまで影響があるのかよ?
そう思いながらも富士山が目につく度、ぞわりと言いようのない感覚が体の中で蠢いた。
膨らむ不安に仕事も滞り、気分を変えるため実家に戻った。チーバくんの出ベソから耳の先へ。あれほど嫌だった海しかない風景に、心休まる日がくるとは思いもしなかった。
落ち着かないまま一月を過ごし、気が緩んできた二月。三月に入ると噴火警戒レベルは1に下げられ、俺のリモートも解除になった。
再び出ベソの街へ戻って、仕事に忙殺される日々。
母親が幾度となく電話をしてくるようになった。リモートで仕事が出来るのなら、アパートを引き払って実家に戻ってこい、と。
実家に戻っているとき、開放感から
『噴火して会社が潰れたら、親父のあとを継いで漁師でもしようかな』
なんて口にしたのが間違いの元だった。世間が噴火の危機なんて忘れたように、俺の発言も忘れてほしかった。
イライラと思い返していると、テレビから聞こえる笑い声に小さな電子音が重なった。目を向けると、地震情報が表示された。
【午後7時27分ごろ静岡県東部で地震が発生しました】
反射的に窓を見る。カーテンを閉めているし、もう外は暗い。なにも見えるはずがない。
スマホから、母親の声がひときわ大きく飛び出してきた。地震、富士山と繰り返している。スマホを取り上げると一言
「じゃあな!」
と、言い捨て通話を切った。そして、SNSを開く。
すぐさま『富士山』の文字が飛び込んできた。早くなった鼓動と同じテンポで、次々と情報が流れていく。不安と虚勢と心配と煽り。
震源が富士山直下との情報が出てくると、さらに加速した。
俺も、急かされるように投稿を読み続けた。一つひとつの投稿に感情が揺れて、世間の声に飲み込まれていく。
一月の、あの日と同じように。
そうして、気象庁の会見記事にぶらさがったやり取りを見つけた。
感情的な猫アイコンと、冷静な富士山アイコン。
火山が噴火したら、どうなるか。準備が、どれほど大事か。過去の噴火で発生したこと。
読んでいると猫アイコンが執拗に絡む気持ちが少し分かった。
正論過ぎてムカつく。なにひとつ間違ったことは言っていない。だから、自分の奥底にある怯えが引きずり出される。それが気に食わない。
富士山アイコンのプロフィールや過去の投稿を見ると高校生らしかった。それがまた燃料になった。
年下相手に説教されるほど、胸糞悪いこともない。
それでも、猫アイコンは大人げないと思った。
「ブロックすりゃいいのに」
呟いてから、自分もブロックすべきだ、とスマホから顔を上げた。いつの間にか十一時も近くなっていた。一瞬、防災グッズの確認をしようかとの思いが湧く。
けど、いつもの地震と変わらない。そう自分に言い聞かせ、食べ残していた夕食の後片付けに立ち上がった。
地震のことも、いつもどこかで繰り広げられているレスバのことも、そのまま忘れた――十日後。




