7.王都と、新たな価値観
その夜。
宿の食堂は、王都らしい賑わいを見せていた。 旅人、商人、学生風の若者。 それぞれが、それぞれの話を肴に杯を傾けている。
レオンとガルドが腰を下ろしたのは、 空いていた隅の卓だった。
壁際で、視界が広い。 ガルドが無意識に選ぶ席だ。
食事が運ばれてきた頃、 隣の卓で、小さな騒ぎが起きた。
「だから、ここは私が使っていた席なんです」
抑えた声。 だが、芯がある。
視線を向けると、 昼間、魔法学院の門前で見た少女が立っていた。
エリシアだった。
相手は、酔った男たちだ。 人数が多く、声も大きい。
「空いてたから座っただけだろ」 「学生さんは、別のとこ行きな」
レオンは、思わず立ち上がりかけた。
だが、その前に。
「……やめとけ」
ガルドが、低く言う。
次の瞬間。
卓の上の杯が、かすかに震えた。
エリシアの足元に、 淡い光の魔法陣が浮かぶ。
火ではない。 威圧だけの、最低出力。
「これ以上続けるなら、 店主と学院に報告します」
男たちは、舌打ちしながら席を立った。
騒ぎは、それで終わった。
エリシアは一息つくと、 視線をこちらに向けた。
「……見ていました」
突然の言葉。
「昼間の戦いです」
レオンは、言葉に詰まる。
「街門近くで、魔物とやり合っていましたよね」
確かに、 王都に入る直前、 街道で小規模な戦闘があった。
レオンが前に出ず、 時間を稼ぎ、 最後にガルドが仕留めた戦い。
人目を避けたつもりだったが、 完全ではなかったらしい。
「無駄な動きが多い。 でも、踏み込みを我慢していた」
エリシアは、淡々と続ける。
「退路を残した戦い方でした」
それは、 レオン自身がようやく掴み始めた感覚だった。
「……あなた、剣士?」
改めて、エリシアが尋ねる。
「……はい。まだ、修行中です」
正直な答えだった。
「動きが粗い。でも、判断は悪くない」
評価は変わらない。 だが、 その根拠は、はっきり示されていた。
ガルドが、 鼻で笑う。
「よく見てるな」
エリシアは、 一瞬だけ視線を逸らした。
「戦いは、理屈です。 力の大小より、 見極めの精度が結果を決める」
その言葉に、 レオンの胸が、 小さく震えた。
――見極め。
彼女は、 自分が探してきた答えを、 別の場所から見ている。
「あなたは?」
エリシアの視線が、 今度はガルドに向く。
「戦士だ」
それだけ。
「理屈は?」
「生き残った方が、正しい」
短い答え。
だが、 二人の間に、 奇妙な緊張が走った。
理論と経験。
どちらが上でもない。
違うだけだ。
レオンは、 その間に座りながら、 はっきりと感じていた。
――見える景色が、増えた。
守るために強くなる。
踏みとどまれる自分になるために強くなる。
そして、 理解し、制御することで強くなる。
そのどれもが、 否定されていない。
王都の夜は、 長く、 賑やかだった。
だが、 レオンの胸の中では、 静かに、 新しい道が広がり始めていた。




