3.弱さの自覚と、決意
次の町は、街道沿いに築かれた小さな交易町だった。 石壁も低く、見張り台も簡素で、外敵に対して強いとは言えない。
それでも人は集まり、荷は動き、生活は回っている。
レオンは、町の中に足を踏み入れた瞬間、わずかな安堵を覚えた。
――人がいる。
それだけで、胸の奥が少しだけ軽くなる。
だが、その感覚は長く続かなかった。
町の中央で、怒鳴り声が響いていた。
「だから言ってるだろ! このままじゃ商いにならねぇ!」 「魔物が出るたびに道を塞がれちゃ、荷が腐る!」
集まっていたのは商人たちだった。 話を聞けば、町の近くに棲みついた魔物のせいで、街道が使えなくなっているらしい。
レオンは、思わず一歩前に出た。
「俺が……行きます」
言葉は、口をついて出ていた。
守りたい、という自覚があったわけではない。 ただ、何もしないまま立ち尽くすことが、ひどく落ち着かなかった。
――何か、しなきゃ。
それだけだった。
ガルドが、横目で一瞬だけこちらを見る。 何も言わない。
それが、余計に背中を押した。
レオンは一人で、魔物の棲み処へ向かった。
洞穴の奥から現れた魔物は、二体。 連携するように、左右から距離を詰めてくる。
――まずい。
頭では分かっていた。 だが、体が追いつかない。
一体に意識を向けた瞬間、もう一体が背後に回る。 反応が遅れる。
刃が弾かれ、体勢を崩した。
「っ……!」
倒れ込む直前、衝撃音が響いた。
次の瞬間、視界の端で魔物が吹き飛ぶ。
ガルドだった。
大剣が、地面を抉る。 残りの一体も、間を置かずに斬り伏せられた。
終わりだった。
レオンは、何もできなかった。
町へ戻る道すがら、二人はほとんど言葉を交わさなかった。
胸の中で、何かが静かに沈んでいく。
悔しさとも、恐怖とも違う。
――選べなかった。
それが、一番近い感覚だった。
行くと言ったのも、自分。 戦おうとしたのも、自分。
だが、状況が崩れた瞬間、 何も選べなかった。
逃げることも、 踏みとどまることも、 誰かに任せない選択も。
夜。 町外れで焚き火を起こし、二人は向かい合って腰を下ろした。
火の爆ぜる音だけが、沈黙を埋める。
しばらくして、ガルドがぽつりと言った。
「……さっきの判断、遅い」
それだけだった。
「……はい」
短く答える。
否定も、反論も、浮かばなかった。
その夜からだった。
レオンは、戦闘中のガルドを、意識的に見るようになった。
剣の振り。 足運び。 視線の置き方。
次の戦闘で、レオンは試した。
ガルドが一歩下がる。 自分も下がる。
踏み込む間。 剣を出す角度。
完璧には程遠い。 だが、動きは確かに変わっていた。
数日後。
魔物との小競り合いのあと、ガルドが足を止めた。
「……真似してるな」
不意に言われ、心臓が跳ねる。
「見てたら……やらない理由が、なかった」
それは、言い訳ではなかった。
ガルドは、しばらくレオンを見つめていた。
戦場で、何度も見た目だ。 何も分からないまま立ち尽くし、 それでも目を逸らさなかった若者の目。
ガルドは、静かに息を吐いた。
「……いいだろ」
短い言葉。
「次からは、教える」
それだけ言って、歩き出す。
レオンは、深く頭を下げた。
胸の奥にあったのは、 誰かを守りたいという大きな誓いではない。
ただ一つ、はっきりした感覚だった。
――力がなければ、何も選べない。
選べないということは、 世界に関わる資格がないということだ。
それだけは、嫌だった。
弱いままでは、終われない。
そう思った夜だった。




