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剣は名を持たない誓いを抱く  作者: StoryTellingMusic


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17.幕間 王都を出て、数日

 王都を離れて三日目。


 石畳はいつの間にか土に変わり、行き交う荷車もまばらになった。

 代わりに増えたのは、風の音と鳥の声と――ガルドが当然のように選ぶ野営地の“良さ”だ。


 「ここ」


 川沿いの少し高い場所。

 足元は乾いていて、風が通り、背後に木立がある。


 レオンは一瞬だけ「いい場所だな」と思ってから、すぐに気づく。


 (……俺、こういうのまで気にして見るようになってる)


 王都の地下に降りる前は、地面が硬いかどうか程度しか考えなかった。

 今は、周りの音や匂い、風向きまで自然と拾っている。


 エリシアはその動きを見ながら、淡々と口にした。


 「合理的です。風向きと、見通しと、逃げ道」


 「……よく見てるな、エリシア」


 レオンがそう返すと、エリシアは小さく頷いた。

 彼女は基本、評価を“事実”として置く。


 焚き火が落ち着く前に、ガルドがレオンへ視線だけを投げた。

 それは言葉より早い合図だった。


 ――構えろ。


 レオンは剣を抜く。


 ガルドは剣でも斧でもなく、足元の枝を拾った。

 嫌な予感がする。


 枝が飛んできた。


 「うわっ……!」


 避ける。が、遅い。

 枝が肩に当たり、地味に痛い。


 ガルドは枝をもう一本拾い、歩みを止めない。


 「今の、死んでる」


 叱るでもなく、淡々と“結果”だけが落ちる。


 レオンは頷いた。言い返す余裕がない。

 枝でも、間合いの外から入ってくるなら痛い。

 まして魔物の爪なら――考えるだけで背中が冷える。


 次の枝はわざと遅い。

 レオンは避け、半歩踏み込みかけて止めた。


 (踏み込んだら――)


 ガルドの肩が、ほんの少し沈む。

 その沈みが“次”だと分かる。


 レオンは角度を変える。枝が空を切った。


 ガルドは、鼻で笑ったようにも見えた。

 それ以上は何も言わない。けれど――良し、の空気だけが残る。


 レオンの胸が小さく熱くなる。


 避けるだけだった自分が、

 避けたあとに“次を作る”ことを考え始めている。


 ガルドは地面に線を引いた。


 「ここ」

 もう一本、別の線。


 「こっち」


 説明は少ない。だが、形にして見せる。


 「踏み込むのは、相手の届かない時だけ。届く時に行けば、持ってかれる」


 レオンは線を見つめ、昨夜の地下水路を思い出す。

 見えない境界を跨いだ瞬間、霧が意識を攫いにきた。

 あれも同じ、“線”だ。


 (攻めるって、踏み込むことじゃない)


 踏み込まないことが、攻めになる。

 その感覚が、少しずつ繋がっていく。


 夕方。


 エリシアが鍋を揺らし、香りが焚き火の周りに広がった。


 「今日は簡単なものです」


 「簡単って言う割に、良い匂いだな」


 レオンが素直に言うと、エリシアは一瞬だけ誇らしげに視線を上げた。


 「学院の購買で買える範囲です」


 「学院って便利だな」


 レオンが言うと、ガルドが肩をすくめる。


 「便利な分、金が消える」


 「必要経費です」


 エリシアが即答する。レオンは笑いかけ、器を受け取った。


 一口。


 「……美味い」


 エリシアは頷く。


 「当然です」


 その言い方が妙に真面目で、レオンはまた笑う。


 ……と、そこでエリシアが匙を止めた。

 目が、静かにレオンへ向く。


 「ところで」


 声の調子が変わった。


 レオンは、嫌な予感がした。

 だいたいこういう時、話題は自分に向く。


 「地下の戦いのとき」


 やっぱり。


 「あなた、私を呼び捨てにしました」


 レオンの口の中の豆が、危うく喉に入るところだった。


 「……え?」


 「『エリシア!』って。『下がれ』って。……呼び捨てでした」


 エリシアは淡々と言う。

 淡々としているのに、なぜか目が楽しそうだ。


 ガルドが、静かに器を置いた。


 「そういや、お前」


 レオンが嫌な汗をかく。


 「俺のことも呼び捨てだったな。『ガルド!』って」


 焚き火が、ぱちりと弾けた。

 妙に間が良い。


 レオンは、必死に記憶を探る。


 (呼んだ……気がする……)


 確かに、核の間で柱を守っていた時。

 束を断つ位置を教えてもらって、咄嗟に声を出した。

 その時――相手の肩書きだとか礼儀だとか、考えている余裕はなかった。


 「いや、その……」


 レオンが言い訳を探していると、エリシアが先に言った。


 「普段のあなた、丁寧に話しますよね」


 レオンは沈黙する。


 「村育ちだから、か?」


 ガルドが、半分冗談みたいな口調で言う。


 「……そういうのもあると思います」


 レオンが言うと、エリシアが首を傾げた。


 「でも、地下では違った。……意外でした」


 「意外って……悪い意味?」


 レオンが恐る恐る聞くと、エリシアは少し考えるように視線を外した。


 「悪くはないです」


 言い切ってから、少し間を置く。


 「切迫した状況で、必要な言葉がすぐ出るのは、能力です」


 褒めているようで、褒め方が論文みたいだ。


 レオンは苦笑した。


 「そんなに変だった?」


 「意外でした」


 エリシアは淡々と言ってから、少しだけ柔らかく付け足す。


 「悪い意味ではありません。……距離が近くなった感じがしました」


 その言葉に、レオンは少しだけ耳が熱くなる。


 「……今も呼び捨てだしな、俺」


 「ええ」


 エリシアは平然と返す。


 「呼びやすくなったんでしょう」


 レオンは返す言葉がなくて、匙を動かした。


 焚き火の音が一定に続く。

 会話の中で、相手の癖が見える。黙り方、視線の置き方、笑い方。


 ガルドは、二人のやり取りを聞いているのかいないのか分からない顔をしていた。

 ただ、必要なタイミングで枝を火に放り込み、火力を整える。


 ――言葉じゃなく動きで場を保つ人。


 レオンがそう思った時、不意にガルドがぽつりと言った。


 「次に修羅場が来たら、呼べ。遅いよりマシだ」


 “呼べ”の相手が誰か、説明はいらない。

 視線もないのに、ちゃんと自分へ届く。


 レオンは小さく頷いた。


 「……はい、ガルドさん」


 エリシアが鍋を見つめたまま言う。


 「私も観測を続けます。……ついでに料理も」


 「料理はついでなの?」


 「重要事項です」


 即答。レオンは吹き出した。


 危険はまだ遠い。

 遠いままではないことを、三人とも知っている。


 だからこそ、この数日の穏やかさが、少しだけ大事に思えた。

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