15.核へ至る道と、譲れない線
通路を曲がっていくうちに、足音の反響が変わった。
狭い壁が近かった音が、少し遅れて返ってくる。
空間が開ける前触れだ。
ガルドが先に止まり、掌で合図を作った。
進め、ではない。――“ここから先は段取りで動け”という合図。
エリシアが小さく息を吐く。
「……近い。核の脈が、下から響いてる」
レオンには脈は聞こえない。
けれど、空気が妙に張っているのは分かる。
薄い膜を踏んでいるみたいに、足の裏が落ち着かない。
救済同盟の男が、肩越しに後方を見た。
遅れてついてきていた学院の魔術師たちが、ようやく追いついてくる。
長衣の裾が擦れ、金具が鳴り、息が乱れている。
彼らの手には、柱――結界の支点になる器具があった。
「ここから設置だ」
エリシアが言った。
「柱は四本。核を囲む位置に打ち込む。封印陣は、その間を繋ぐ形で組む」
救済同盟の男が即座に返す。
「何分かかる」
「……地盤次第。早ければ数分。でも、崩落の危険がある」
「数分で、倒れる人が増える」
救済同盟の男の声は責めていない。
ただ現実を机に置くように言う。
エリシアの口元が僅かに硬くなった。
「闇雲に進めば、暴発する。核は裂けてる。刺激の仕方を間違えたら、霧が一気に――」
「分かってる。だから、稼ぐ」
救済同盟の男は、それ以上議論をしなかった。
自分にできる仕事を、最初から決めている。
ガルドが一歩前に出る。
「俺が前を抑える。お前は柱を打て」
学院の魔術師が頷き、慌ただしく準備に入る。
金属の杭を地面に当て、槌を構える。
レオンは自分の位置を探した。
前に出るな。
それは変わらない。
だが、何もしないで立つのも違う。
この場で“自分の手が届く距離”を作らなければ、また置いていかれる。
「……俺は、繋ぎ目を見ます」
言うと、救済同盟の男がレオンを見る。
測る目だが、嘲りはない。
「見えるのか」
「見えません。でも、張りは分かる。切れたときの感触も……覚えてます」
エリシアが短く補足した。
「位置は指示できる。薄いところなら、通るはず」
ガルドがレオンを見ないまま言う。
「勝手に遠くへ行くな。巻き込まれたら、拾えねぇ」
許可だった。
柱の一本目が打ち込まれた瞬間、空気が震えた。
レオンは反射で剣を上げる。
音ではない。波だ。
胸の奥に、冷たい指が触れてくる感覚。
「……来るぞ」
ガルドが低く言う。
影が、奥の闇から滲む。
魔物が二体。いや、三体。
動きは鈍い。
それでも一直線にこちらへ来るのは、意思ではなく“引き”があるからだ。
「柱を守れ!」
学院の魔術師が叫ぶ。
槌を振る手が止まる。
止まれば設置が遅れる。
救済同盟の男が前へ出る。
短剣で、斬るのではなく――絡みを断つように動く。
レオンは一歩横へ回った。
魔物を倒すのは簡単だ。
だが倒しても起きる。なら、最初から“支え”を狙う。
「右の背後、張りがある!」
エリシアの声が飛ぶ。
レオンは剣を振る。
空を斬るだけの動き――なのに、確かな抵抗があった。
ぷつり、と何かが切れる。
魔物の脚が崩れ、前のめりに落ちた。
「……やっぱり、そこだ」
レオンの喉が鳴る。
恐怖より、手応えが先に来る。
ガルドがもう一体を叩き伏せ、救済同盟の男が最後の一本を断つ。
魔物が力を失う。
学院の槌音が再開する。
――二本目。
打ち込まれた瞬間、また空気が震えた。
今度はさっきより強い。
レオンの視界の端に、祠が滲んだ。
土の匂い、冷たい夜。
誰かの背中。
(……遅かった)
声が近い。
心臓の裏を、指先でこじ開けられるみたいに。
レオンは息を吐き、足元を見る。
石。苔。冷たい湿り。
現実に戻る。
ガルドが、横で体勢を変えた。
レオンを見ていない。
それでも、背中が“戻ってこい”と言っているようだった。
エリシアが唇を噛み、言う。
「……核が、反応してる。柱を打ち込むほど、向こうも動く」
救済同盟の男が即答する。
「なら、早く終わらせる。三本目、四本目まで――ここで踏ん張る」
その言葉が終わるより先に、通路の奥で重い音がした。
崩落ではない。
水門が、ゆっくり開くような音。
空間が、開く。
水門跡の向こうは、広間だった。
古い石造り。
中央に黒い塊――結晶の集積体。
核。
半分裂けた痕があり、それでも脈打っている。
心臓のように。
その鼓動に合わせて、床の細かな亀裂が光ったり消えたりする。
核から伸びるものがある。
糸――いや、もっと太い。筋。束。
壁へ、床へ、天井へと伸び、王都のどこかへ繋がっている。
救済同盟の男が息を吐いた。
「……これが、街を縛ってる」
エリシアはすぐに柱の位置を指示し、学院の魔術師が運び込む。
打ち込みは残り二本。
だが、核の前に影が立った。
黒衣の術師。
昨夜とは違う。
笑みはない。目が冷え、余計な温度が削ぎ落とされている。
「来たか」
救済同盟の男が一歩前へ出る。
「止めに来た」
術師は淡々と返した。
「止める? ……今夜は“止まった”だけだ。道は残った」
エリシアが眉をひそめる。
「道……?」
術師は核に手を当て、霧を撫でるように言う。
「王都は覚えた。次は、もっと簡単に裂ける」
レオンの背筋が凍る。
――だから、霧を残した。
――だから、揺れた場所に“結び目”ができた。
昨夜の混乱は終わりではなく、準備だった。
目的の半分。
置き土産。
ガルドが大剣を握り直す。
「今度は逃がさねぇ」
術師はわずかに口角を上げた。
「逃げる? 違う。――見届けるだけだ」
核が脈打つ。
束が一斉に張る。
広間の隅で倒れていた魔物が、ぎこちなく起き上がり始めた。
数が違う。
空気の重さも違う。
エリシアが叫ぶ。
「封印陣を完成させるまで、時間をください!」
救済同盟の男が言う。
「稼ぐ」
ガルドが言う。
「潰す」
レオンは剣を握り直した。
繋ぎ目を断つ。
核の脈を止める。
霧に引かれない。
できるかどうかじゃない。
ここで崩れたら、地上でまた人が倒れる。
それだけは、分かる。
レオンは一歩踏み出した。
核の鼓動が、耳の奥で鳴った。




