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剣は名を持たない誓いを抱く  作者: StoryTellingMusic


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14.封印の手順と、救う速度

 夜が明けても、王都は眠たげだった。


 広場の石畳には、まだ人の気配が残っている。

 昨夜、倒れていた者たちは運び出され、毛布が掛けられ、簡易の寝台が並べられていた。

 だが、完全に静かにはならない。


 寝言が、途切れ途切れに漏れる。

 苦しむ声ではない。

 それでも、聞いていて胸の奥がざらつく。


 「……ごめん……」

 「やめて……」

 「……戻らないで……」


 どれも、言葉の芯に同じものがある。

 何かを許してほしい声。

 許せない自分を、どこかに置いてきたままの声。


 レオンはそれを真正面から見てしまうと、自分の中にも霧が入り込む気がして、視線を外した。

 外しても、耳は塞げない。

 だから、呼吸に意識を戻す。


 吸って、吐く。

 足の裏の感触を確かめる。

 現実に留まるための、小さな作業。


 ガルドは、広場の端で腕を組んでいた。

 護衛のように立っているというより、場の空気の流れを読んでいる。

 誰が来るか。何を言うか。誰が動けば場が崩れるか。


 エリシアは、学院から呼び出された使いの前で、淡々と状況を説明している。

 声は平板だが、指先が落ち着かない。

 爪が掌に食い込むように握られている。


 「核は半分裂けました。残りは地下に残存しています」

 「霧状の残滓が地上へ流れた。……これが再発の引き金になる可能性があります」


 使いの男は頷き、短く答えた。


 「封鎖と封印の準備を進めます。学院長も動きます。あなたは同行を」


 「……はい」


 そのやり取りを、少し離れた場所から救済同盟の男が見ていた。

 昨夜、地下で一度だけ刃を合わせずに済んだ相手。

 今も同じだ。敵意は薄い。だが距離は縮まらない。


 男が口を開いた。


 「準備、ね」


 声が穏やかなぶん、刺さる。


 「準備してる間に、また倒れる」


 エリシアの目が鋭くなる。


 「闇雲に壊せば、暴発する。王都の地下は古い水路で繋がっている。流れが読めない」


 「封印なら読めるのか?」


 救済同盟の男が首を傾げる。


 「読める前提で進めるのが、あなたたちのやり方だろう。……間に合わない」


 言い返そうとするエリシアの息が、ひとつ詰まった。

 理屈の正しさはある。

 けれど、それを“速度”に変えるのは難しい。


 レオンは二人の間に立つ気にはなれなかった。

 どちらかを否定すれば、もう一方の正しさが死ぬ。

 ここで死なせたくない。


 ただ――現実がある。


 毛布の下で眠る人の指が、小さく震えた。

 誰かの名を呼び、口元が歪む。


 「……今、できることをやる」


 レオンがぽつりと漏らすと、ガルドが視線だけでこちらを見た。

 肯定でも否定でもない。

 だが、立ち止まるなという合図に近かった。


 学院は朝から慌ただしかった。


 石造りの回廊に、長衣の魔術師たちが行き交い、封印札の束が運び込まれていく。

 普段なら静かなはずの中庭には、臨時の結界柱が立てられ、薄い光の膜が張られていた。


 「王都でこんなに動くなんて……」


 エリシアが呟く。


 その声には驚きと苛立ちと、わずかな安心が混じっていた。

 学院が動くということは、認められたということでもある。

 昨夜の異常は、彼女の錯覚ではない。


 応接室に通されると、白髪の老魔術師が待っていた。

 学院長――その名は知っていたが、こうして対面すると空気が違う。

 柔らかい声の奥に、決して譲らない硬さがある。


 「エリシア・フェルミア。報告は受けた」


 老人の視線は、魔術師のそれだった。

 人ではなく事象を見る目。


 「核が裂けた……ではなく、“裂かれた”可能性は?」


 エリシアが瞬きをする。


 「……術師が意図的に?」


 「可能性の話だ」


 学院長は机に指先を置き、淡々と言った。


 「目的は混乱ではない。混乱は手段だ。魔王軍が王都で求めるのは――もっと正確なものだろう」


 レオンは、その言葉に昨夜の黒衣の男の笑い声を思い出した。

 “燃える”。

 “よく燃える”。


 あれは悪趣味な比喩じゃない。

 何かを“集める”者の言い方だった。


 学院長の視線がガルドへ移る。


 「戦士……護衛か?」


 ガルドは無言で頷く。

 余計な飾りを足さない態度が、この場ではむしろ強い。


 次に視線が、レオンへ。


 「君は……剣を持っているな」


 レオンは背筋が固くなる。

 聖剣は今、沈黙している。

 だが、見られるだけで胸の奥がざわつく。


 「……旅の途中です」


 学院長はそれ以上踏み込まなかった。

 代わりに、指示だけが落ちる。


 「地下水路入口を封鎖する。結界を張り、残存核は“封印”する。破壊は最後だ」

 「救済同盟にも協力を求める。だが主導は学院が握る」


 その瞬間、部屋の外で足音が止まり、扉がノックされた。


 「学院長。救済同盟の代表が――」


 老人は眉一つ動かさずに言う。


 「通せ」


 扉が開き、昨夜の男が入ってきた。

 礼はする。だが、頭は下げない。

 慣習よりも目的を優先する人間の動きだ。


 「封印、ね」


 男は開口一番、それを口にした。


 「あなた方はいつも封印だ。長期で見れば正しい。だが――今倒れている人間にとって、長期は遠い」


 学院長は穏やかに返す。


 「壊して終わるなら、誰も苦労はしない。王都は王都だ。地下の流れは複雑だ。暴発すれば、地上が巻き込まれる」


 「巻き込まれている」


 救済同盟の男が言う。


 「今この瞬間も」


 言葉は静かだ。

 それなのに、室内の空気が一段冷える。


 エリシアが口を開く。


 「あなたたちは、止めるだけでいいんですか。再発したら、また誰かが倒れる」


 「だから、今止める」


 男は淡々と返す。


 「再発のことはそのあと考える」


 「……その“あと”が、いつ来るか分からない」


 エリシアの声が硬くなる。


 救済同盟の男は、わずかに目を細めた。


 「あなたは賢い。だから遠くを見る。だが、遠くを見るほど、足元で手が止まる」


 言い方はきつい。

 しかし、ただの煽りではなかった。


 レオンは二人を見比べた。


 封じること。

 止めること。


 どちらも正しい。

 だが、正しさは一つにまとまらない。


 そのとき、ガルドが一歩前へ出た。


 「喋ってる暇があるなら、動く」


 それだけ言って、学院長を見た。


 「地下へ入るのか」


 学院長は頷いた。


 「結界の柱を設置し、封印の場を作る。戦闘が起きる可能性は高い」


 救済同盟の男が言った。


 「俺たちも行く。封印の準備をしてる間、倒れている人間が増えないようにする」


 学院長は目を細める。


 「……勝手は許さん」


 「勝手はしない。目的が一致している間だけだ」


 救済同盟の男は平然と言い切った。


 エリシアの手がきゅっと握られる。

 嫌悪ではない。焦燥だ。


 「……行きます。私も」


 学院長は静かに頷いた。


 「許可する。現場の判断は……お前に任せる部分もある」


 その言葉に、エリシアの目が一瞬だけ揺れた。

 責任の重さに耐える顔だ。


 レオンは、自分がここにいる理由を確かめるように息を吸う。


 戦士でもない。

 魔術師でもない。

 ただ剣を握って立っているだけだ。


 それでも昨夜、足を止めずにいられた。

 それだけは、確かな手触りとして残っている。


 地下入口の封鎖は、すでに始まっていた。


 学院の結界柱が四本、広場の石畳に打ち込まれ、淡い膜が入口を覆う。

 その内側に入ると、空気が一段冷たくなる。


 霧が薄く漂っている。

 昨夜より弱い。だが、消えてはいない。


 「……残ってる」


 エリシアが呟く。


 「残滓が、地上にも縫い付いてる」


 その言い方が、レオンの背筋を冷やした。

 縫い付けられる。

 外から剥がせないほど、薄く、深く。


 救済同盟の男が手早く人員を配置していく。

 倒れた者の見張り。

 結界の外側での誘導。

 混乱を抑えるための声掛け。


 動きが実務的だ。

 理念だけで走っていない。現場の匂いがある。


 「行くぞ」


 ガルドが言い、地下へ降りる。


 レオンは一歩遅れて続いた。

 暗い階段。湿った壁。

 足元を確かめ、呼吸を整え、現実に留まる。


 曲がり角を一つ超えたところで、空気が甘くなる。

 頭の奥がふっと軽くなり、視界が滲む。


 村の祠の匂いがする。

 土の匂い。木の匂い。


 レオンは奥歯を噛んだ。

 見ない。追わない。

 足の裏の感触に意識を落とす。


 前を歩く救済同盟の男が、ふっと声を落とした。


 「……怖いか」


 問いかけに聞こえた。

 だが慰めではない。確認だ。


 レオンは答えなかった。

 答えたら、霧に言葉を奪われそうだったから。


 代わりに、剣の柄を握り直す。

 硬い感触。冷たい金属。

 現実の重さ。


 エリシアが小さく呟く。


 「核の場所、分かります。……昨夜より、糸が増えてる」


 「増えてる?」


 救済同盟の男が問う。


 「人が多い場所ほど、結び目ができてる。広場……学院……市場……」


 エリシアの声が微かに揺れる。


 「昨夜の霧が、まだ編み続けてる」


 ガルドが一歩止まった。

 立ち止まるというより、空気の変化を待ち受ける体勢だ。


 「来る」


 次の瞬間、壁から影が剥がれた。


 魔物――いや、魔物の形をした何か。

 目が虚ろで、動きだけが鋭い。


 狙いはエリシアだった。

 術式を組む手を止めさせるように、一直線に跳ぶ。


 「――っ!」


 レオンの身体が先に動いた。


 理屈より速く足が踏み込み、剣が抜ける。

 迷いの余地はない。


 刃が魔物の胸元を斜めに裂き、黒い血が石に散った。

 魔物は叩き落とされるように床へ落ちる。


 ――倒した。


 そう思った瞬間だった。


 魔物の身体が、痙攣する。

 倒れた上体が、無理やり起き上がろうとする。


 関節の角度が、獣のそれじゃない。

 骨格を無視して、誰かが引っ張っているみたいに。


 レオンの喉が詰まった。


 (斬ったのに……動く?)


 エリシアが、低い声で言った。


 「糸……見えますか。あれで吊られてる」


 レオンには見えない。

 だが、空気の“張り”だけが分かる。

 魔物の背後に、何かが伸びている。


 「斬っても止まらない。肉体じゃなくて、魔力で動かしてる」


 ガルドが横から入り、柄で顎を打ち上げた。

 骨が鳴るような衝撃。

 それでも、糸は無理やり形を保とうとする。


 救済同盟の男が短剣を抜いた。

 刃先が光る。


 「本体じゃない。繋ぎ目だけ切る」


 言いながら魔物の背後へ滑り込み、首でも腹でもなく、空気を裂くように一線を走らせた。


 ぷつり、と。


 見えないはずの何かが断たれた感触が、空間に残る。


 魔物は崩れ落ち、今度こそ動かなくなった。


 レオンは息を飲んだ。


 (……切れるんだ)


 エリシアが視線を上げる。

 汗が額に滲んでいるのに、目は冷えていた。


 「核へ向かいます。……ここは前座です」


 前座。

 その言葉が嫌に現実的だった。


 ガルドが頷く。


 「行くぞ」


 霧の中を、歩き出す。

 正しさの議論ではなく、足音で前へ進む。


 地上の王都は静かに息をしている。

 眠りの残滓を抱えたまま、次の夜を待っている。


 レオンは思った。


 封印が必要なのは分かる。

 救う速度が必要なのも分かる。


 けれど、それを両立させる方法は、誰かが現場で形にするしかない。

 言葉より先に、手を動かし続けるしかない。


 自分はまだ弱い。

 それでも、足を止めない。


 それだけを胸に留めて。

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