表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣は名を持たない誓いを抱く  作者: StoryTellingMusic


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/22

11.報告と、引かないという道

王都へ戻る道は、行きよりも短く感じた。


 夜の風は冷たいのに、皮膚の内側だけが熱を持っている。

 旧水路の石の匂い、黒衣の男の声、幻の残響――それらが、まだ息の奥に絡みついていた。


 レオンは歩きながら、何度も自分の足の運びを確かめていた。


 止まりかけた。

 揺れた。

 けれど、止まらなかった。


 その事実を、胸のどこかで何度も撫で直している。

 誇りではない。安心でもない。

 ただ、「次に同じ場所に立ったとき」のための、小さな杭のようなものだ。


 背後ではガルドが無言で歩き、少し前をエリシアが早足で進んでいた。

 いつもなら、人の歩幅に合わせるタイプではないのだろう。

 今は――早く、答えに辿り着きたいのだと分かった。


 学院の門は、夜でも開いていた。


 正確には、開いているのではない。

 開けるための手順が存在し、それを知る者がいるだけだ。


 エリシアが短い呪文を唱えると、門衛の視線が変わり、通用口へ案内された。


 建物の奥へ進むにつれ、空気が乾いていく。

 紙とインク、薬品、魔力の残り香。

 どれもが「整っている」匂いだった。


 ――ここは、戦場じゃない。


 レオンは、ふと自分の剣先を見た。

 欠けてもいない。血も拭われている。

 けれど、確かに剣を握った手だけが、まだ戦場の温度を覚えていた。


 応接室のような場所に通され、しばらくして学院側の人間が現れた。


 白髪混じりの男。

 年齢は分からないが、目が異様に澄んでいる。

 魔術師というより、書庫そのものが人の形を取ったような印象だった。


 「実地観測の報告を」


 男の声には、感情がなかった。


 エリシアは結晶片を卓に置き、状況を淡々と説明した。

 旧水路の魔力反応。拘束した魔物。黒衣の男。操りの“糸”。幻惑。

 そして、崩落寸前の魔法陣。


 話の途中、男の視線が一度だけレオンに向いた。

 測るような目。


 レオンは背筋を伸ばし、視線を逸らさなかった。


 ――ここでも、態度を決める。


 どう振る舞うか。黙るか。言うか。

 戦えなくても、ここでは言葉が刃になる。


 「あなたたちは、撤退を選んだ」


 男が言った。


 責めるでも褒めるでもない。事実の確認だ。


 ガルドが短く答える。


 「死ぬよりマシだ」


 男は小さく頷いた。


 「正しい。生きて戻ることが、情報になる」


 その言い方が、レオンの胸をわずかに刺した。

 まるで命が、情報の容器みたいに扱われている。


 ――救済同盟が言っていたことに、似ている。


 「結晶片は、こちらで封印保管します」


 男は手袋をはめ、卓の上の結晶片に触れた。

 瞬間、薄い光が走り、結晶片が小さな箱に収まる。


 「君、エリシア」


 「はい」


 「報告は以上か?」


 エリシアは一瞬だけ口を閉じた。

 理屈を選ぶ人間が迷うときは、理屈の外側に何かを見つけたときだ。


 「……もう一つ」


 彼女は言った。


 「幻惑は、感情を“引き金”にしていました。偶然じゃない。狙いがある」


 男の目が僅かに細くなる。


 「つまり?」


 「恐れ、怒り、後悔……そういうものを集めて、魔力に変える術式です」


 男は頷いた。


 「王都に適した術だな」


 その言葉は冷静だった。

 冷静すぎた。


 レオンの胸の奥に、熱いものが滲む。


 ――適している、って何だ。


 人が暮らしている。

 笑って、泣いて、眠っている。

 それが「適している」なんて、言葉で片付けられるものなのか。


 口に出しかけて、飲み込んだ。


 今ここで噛みついたところで、何も変わらない。

 ただ、怒りを吐き出して終わる。

 それは、前へ進むための行為じゃない。


 「……一点、確認したい」


 レオンは、静かに言った。


 男の視線が来る。エリシアが微かにこちらを見る。

 ガルドは何も言わないが、聞いている気配だけはある。


 「学院は、この件を……王国に伝えるんですか」


 男は即答しなかった。

 その沈黙が、答えの半分だった。


 「必要な範囲で、共有する」


 必要な範囲。

 誰が決めるのか。どの範囲が必要なのか。

 救済同盟の男の言葉が、耳の奥でよみがえる。


 ――結局は“上”が決めるんだろう?


 レオンは、返す言葉を探した。

 けれど、今はまだ足りない。今の自分には、その議論を支えるものがない。


 経験と、責任と、言葉。


 「……分かりました」


 それだけ言って、レオンは口を閉じた。


 エリシアが、わずかに目を見開いた。

 驚きではない。評価の揺れだ。


 (……噛みつかないんだ)


 そんな観測が、彼女の中で形になったのが分かった気がした。


 会合が終わり、廊下へ出たとき、エリシアが小さく足を止めた。


 「さっきの質問」


 唐突だった。


 「……はい」


 レオンが答えると、エリシアは言葉を選ぶように少しだけ視線を泳がせた。


 「あなた、感情で突っ込む人だと思っていた」


 悪意はない。むしろ正直な観測だった。


 レオンは苦笑する。


 「突っ込みたかったです」


 「……なら、なぜ」


 レオンは一瞬考え、ゆっくり言った。


 「あとに残る形にしたかったからです」


 「今ここで言ったら、たぶん……俺は気持ちよくなって終わるだけで。明日に繋がらない」


 エリシアは数秒黙った。


 (衝動を抑えるのが強さ? 違う。これは――整理だ)


 彼女はそう思ったが、口には出さない。


 「……あなたの動きも、似てる」


 代わりに、ぽつりと言った。


 レオンが顔を上げる。


 「前に出ないのに、退かない。あの距離の取り方。粗いけれど、狙いがある」


 評価は理性的だった。

 だが、そこには「見ている」という温度が混じっていた。


 同年代から向けられる視線の重さが、レオンの胸に落ちる。


 褒められたからではない。

 誰かが、自分の動きを“意図”として受け取ったことが、初めてだった。


 「……ありがとうございます」


 礼を言うと、エリシアは少しだけ視線を逸らした。


 「勘違いしないで。まだ全然、足りない」


 いつもの調子。

 だが、言い切る声がほんの僅かだけ柔らかい。


 そこへガルドが割って入る。


 「話は終わったか」


 「……はい」


 レオンが答えると、ガルドは短く言った。


 「王都に長居するな。臭くなる」


 「臭い?」


 エリシアが眉をひそめる。


 ガルドは肩をすくめた。


 「魔力じゃねぇ。人間の都合だ」


 その言い方は乱暴だったが、間違っていない気がした。


 王都には、三つの影がある。


 魔王軍の影。

 救済同盟の影。

 そして、王国と学院の“必要な範囲”という影。


 どれも、簡単に斬れない。

 斬れば、別のものが傷つく。


 レオンは宿へ戻る道すがら、自分の手のひらを見た。


 剣を握る手。

 言葉を飲み込んだ手。

 走って生きて帰った手。


 この手で、どこへ進むのか。


 まだ答えはない。

 ただ一つ、確かなことがある。


 ――立ち尽くす道だけは。


 もう、自分には似合わない。


 王都の灯りが、夜の向こうで揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ