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剣は名を持たない誓いを抱く  作者: StoryTellingMusic


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1.辺境の村と勇者の紋章

 レオンが育った村は、王国の地図の端にも載らないほど小さな集落だった。

 山に囲まれ、畑と牧草地しか誇れるものはない。だが彼にとっては、それが世界のすべてだった。


 朝は鶏の声で目を覚まし、昼は畑を耕し、夜は星を見上げて眠る。

 何も起こらない、何も変わらない日々。


 レオンは、その平穏を嫌いではなかった。


 ――このまま大人になって、誰かと家族を作って。

 ――父や母のように、この村で生きていく。


 それが、当然の未来だと思っていた。


 両親は、彼がまだ幼いころに村を離れたまま戻らなかった。

 魔王軍との戦いが激化していた時代、王国の徴集に応じて前線へ向かったのだと聞かされている。


 「誇りに思え」


 大人たちはそう言った。

 だが、レオンの胸に残ったのは誇りではなく、ぽっかりと空いた穴だった。


 ――もし生きていたら。

 ――もし、帰ってきていたら。


 そんな“もしも”を考えることすら、いつの間にか癖になっていた。


 村の中央には、小さな祠があった。

 石を積み上げただけの簡素な造りで、子どもたちの遊び場になることも多い。

 その奥に、一本の剣が祀られている。


 錆びつき、刃こぼれだらけで、とても武器には見えない剣だった。


 子どもの頃、レオンは長老に尋ねたことがある。


 「ねえ、この剣って何?」


 長老は少し考え、昔話を語るように答えた。


 ――昔、この地に勇者が現れた。

 ――世界が魔に覆われたとき、人々を守るために戦った。

 ――だが、剣は選ぶ。

 ――覚悟なき者が握れば、ただの鉄くず。


 「だから、誰も抜こうとしないのだよ」


 その話を聞いたとき、レオンはどこか安心したのを覚えている。

 選ばれる者など、遠い世界の話だと思えたからだ。


 その日も、いつもと同じ朝だった。

 村の外れで薪を割り、昼前には畑仕事を手伝う――はずだった。


 だが、空気が違った。


 風が止み、鳥の声が消え、耳鳴りのような静寂が広がる。

 胸の奥が、ざわりと嫌な感触を訴えた。


 次の瞬間、村の柵の向こうから黒い影が現れた。


 魔物だった。


 角を持つ獣型の魔物が三体。

 よだれを垂らし、鈍い眼光で獲物を探している。


 「逃げろ!」


 誰かが叫んだ。

 正しい判断だ。レオンも、そう思った。


 ――戦えるわけがない。

 ――自分は、ただの村人だ。


 それでも、足が動かなかった。


 魔物の一体が、転んだ子どもへと向かう。

 爪が振り上げられた、その瞬間。


 「やめろ!」


 叫びながら、レオンは薪割り用の斧を投げつけた。

 斧は魔物の肩に当たり、浅く肉を裂く。


 怒号。

 魔物がこちらを振り向いた。


 ――しまった。


 後悔したときには、もう遅かった。


 だが、その瞬間――胸の奥が、焼けるように熱くなった。


 祠の方角から、白い光が溢れ出す。

 地面に突き立てられていた、錆びた剣が震え始めていた。


 空気が、変わった。


 魔物たちが一斉に足を止め、低く唸る。

 まるで、本能が危険を告げているかのようだった。


 レオンは、祠へと走った。

 考える暇はない。


 剣に手を伸ばすと、不思議な温もりが掌に伝わる。

 重い。だが、振れないほどではない。


 ――選ばれた、のか?


 疑問が浮かぶより先に、魔物が襲いかかってきた。


 剣を振る。

 型も何もない、ただの力任せ。


 だが、剣から溢れる淡い光が、魔物を押し返す。

 爪が届かない。

 魔物は怯み、後ずさる。


 ――いける?


 錯覚だった。


 二体目の魔物が横から飛びかかる。

 避けきれず、肩を掠められる。

 痛みが走り、体勢が崩れた。


 ――甘い。


 頭では分かっていても、体がついてこない。


 それでも、剣の光が助けてくれた。

 魔物は完全に踏み込めず、間合いを保とうとする。


 レオンは必死に呼吸を整え、父から教わった断片的な動きを思い出す。

 踏み込む。

 振る。

 下がる。


 拙い。

 だが、止まらなかった。


 最後の一体が倒れたとき、レオンは剣を支えに立っていた。

 膝が震え、腕が上がらない。


 ――勝った?


 実感はなかった。

 あるのは、生きているという事実だけだった。


 戦いが終わり、村に静けさが戻ると、レオンはその場に膝をついた。

 吐き気が込み上げ、全身が冷たくなる。


 ――自分は、何をした?


 守れたという実感よりも、

 取り返しのつかない一線を越えた感覚だけが、胸に残っていた。


 その夜、村の長老がレオンを呼び出した。


 「お前には、“勇者の資質”がある」


 松明の灯りの中で告げられた言葉は、祝福ではなく、宣告だった。


 「魔王復活の兆しとともに、世界は再び戦乱へ向かう。勇者は必要なのだ」


 レオンは、何も言えなかった。


 祠に戻り、聖剣を見つめる。

 剣は、何も語らない。


 ただそこにあり、

 まるで「選ばれてしまった」と言わんばかりに、沈黙を守っていた。


 その夜、レオンは眠れなかった。


 翌朝、村外れの丘で、彼は星を見上げた。

 両親の言葉が、胸に蘇る。


 「強くならなくていい」

 「優しくなりなさい」


 世界は、その言葉を試すように、彼を外へと押し出していた。


 出立の日、村人たちは言葉少なに見送った。


 「無理はするな」

 「……生きて帰れ」


 レオンは一度だけ振り返り、深く息を吸う。


 勇者としてではなく、

 ただの一人の人間として。


 こうして、物語は始まる。


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