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恋人未満、スキャンダル以上——これは恋じゃない。ホラーです。  作者: さくらしゅう
第九章 青春は制御不能

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第71話 波乱の展開



 学祭まであともう1週間ほどのことだった。図書館に隣接された学生たちの集いの場となっているフリースペースに小晴たちはいた。今日、久しぶりに拓也と会える。今までであれば、朝から気持ちが浮ついて、フワフワと夢見心地な気分でいた。しかし実際は、嬉しい反面少し前からそわそわと落ち着かない気持ちが、小晴の胸に居座っていた。


(タクくんは、噂のこと知ってるのかな…)


 少し離れた場所に三年生の先輩たちといる拓也をちらりと伺う。最近の拓也は、専らサークルの代表組とよくいた。談笑に花を咲かせていることもあれば、一人黙々とタブレットと睨めっこしていることもある。たぶん忙しいんだろうということは、彼の言い分だけでなく醸す雰囲気から察せられたから、他の人と楽しげに話すことをあまり気にはしないようにしていた。


 しかし、最近広がっている噂に嫌な考えが浮かんでは消えて、小晴の中に暗雲が立ち込めている。きっとサークルメンバーで噂を知らない人の方が少ないんじゃないだろうか。


(私にもう飽きたのかな…)


 ここ2週間ほど、ほとんどプライベートで拓也と顔を合わせられていない。電話はしている。LIMEだって。

 でも、以前より少しやり取りが減って返信速度も遅いような気がした。ネットで調べて知ったのは、男の人はそういうことをしないと気持ちが冷めてしまうらしい。でも、拓也は小晴にキス以上のことを求めてこない。キスだって、しても軽いものばかりだ。


(私に魅力がないせいなのかな…)


 もう何度も問い直してきた疑問がまた浮かんだ。同時に、気も落ち込む。朱音ちゃんみたいに美人だったら、美沙さんみたいに大人っぽかったらなんて、ないものねだりばかりの最近だ。こんなこと誰にも相談できない。みんなが絶賛する拓也の元カノは、一体どんな人なのだろうか。


 本当に、拓也が自分と別れて元カノと付き合うことになったら、立ち直れない気がする。拓也と会えることが楽しみなはずなのに、モヤモヤした気持ちばかりが大きく育っていく一方だ。


(こんな気持ちで会いたいわけじゃないのに)


 小晴は、膝の上に置いた手をキュッと小さく窄めた。



 *



 何だか今日の小晴さんは、いつにも増して元気がない。ふと覗く暗い顔は、ここ数週間、時折り見かけていたが今日はより一層悩んでいるように見えた。


 大丈夫だろうか。遥生は、小晴の視線を追って拓也に目を向けた。相変わらず拓也は三年生の集団の中にいて、悩みの一つもないといった爽やかな空気を発している。小晴が自分のことで思い悩んでいることも知らないと言った風体だ。いつの間にか拓也を睨んでいるかのように、眉間に皺が寄っていた。刻んだ皺を取り払うように軽く頭を振る。それからまた小晴へ視線を戻した。


 彼女の周りには、相変わらずいつもの見慣れた顔が並んでいる。控えめな彼女が共にするには、やや派手なようにも思えるサークルでも一目置かれた面子だ。


 男子からの人気が高い結城朱音に、顔立ちの良い如月玲央。それからサークルの良心などと言われるほど人望がある成瀬陽介。彼らといるからか小晴のことを認知している人間は多いが、彼女自身に興味のある者がどれだけいるのか遥生は知らない。


(陽さんは、あのまま何もしないつもりなのか?)


 あんなに近くにいてわからない筈もないのに、と何もしていないように見える陽介に対して不満が溜まった。自分が彼女の隣で憂いを取り除けたら、という淡い思いが一段と増すばかりだ。


 そんな風に軽い思想のような想いに耽っているタイミングだった。いつか見た電話の彼女が現れたのは。



 *



 やっと念願だった小晴に二人きりで会えると気分良く過ごしていた昼休みだった。


「拓也」


 はやく全ての講義を終えて小晴に会いたい一心の中、声を掛けられた。嫌な予感がしながら顔を上げた。視界に入った瑠華の姿に一瞬、感情が消えた。


「……なに? なんか用?」


 1、2秒の沈黙の後、ゆっくりと口を開く。我ながら瑠華に対して無感情すぎる様に内心呆れてしまう。


「ちょっと顔貸して」


 瑠華の言葉に周囲に細波が立ったように思えた。たぶん最近の煩わしい噂のせいだ。知らないふりで通してはいるものの、だいぶ元カノとヨリを戻す云々の噂が巷に広がってしまっていることは把握している。


 小晴にだけは届いていなければいいと思う。そして、たぶん小晴は噂を知らない。彼女に問いただされていないことが今の自分には唯一の救いで、このアンビバレントな感情の最後の砦だった。


「……なんで?」


 拓也は、瑠華に問い返した。一緒にいるサークルの代表組たちは、何も言わないが、耳だけ大きくしているのは見なくてもわかる。それはたぶん周りも同じで、また変な噂でも立てられそうで嫌になった。どうして今日に限って、この場にサークルに所属する人間がいつもより多く集まっているのだろうか。


「話したいことがあるの」


 瑠華のストレートな言葉が、拓也からさらに温度を奪った。


(小晴もいるんだから、勘弁しろよ)


 しばしの沈黙が落ちる。考えるように瞳を伏せ、もう一度瑠華を見る。


「ここじゃ駄目なわけ?」


 これまであんなに牽制してたのに、それを無視してまさか告白とかしてこないよな、という意味合いを十分に込めたつもりだった。


「拓也の方こそ、ここでいいの?」


 自信に満ち溢れたと言えばいいのか、虚栄に塗れたその顔を目にして小さく肩を落とした。


「……わかった」


 拓也は、仕方なく席を立った。


「どこ行けばいい?」

「二人で話せるとこ」


 短いやり取りを終えて、やっと耳をそば立てている友人たちを振り返る。


「ちょっと席外す」

「ほーい」


 次の展開を楽しんでる軽い返事だった。白目でも剥きたくなったが、ここでリアクションを返すとさらに面白がられそうなので止めた。視界の端で美沙が不安そうに瞳を揺らしている。この状況の面倒くささにすでに卒倒しそうだ。美沙のことは見なかったフリをして、視線を外した。それから、さりげなく小晴のいる方を見た。

 瑠華の背中越しに彼女の表情が、不安そうに揺れていた。


(あー、もう。まじでいい加減にしてくれ)


 憂いの塵ひとつだって、小晴には与えたくないのに――。

 どう彼女にこの状況を無駄な情報を与えずに説明しようかと、拓也は頭を捻った。








 拓也と瑠華が連れ立って去った後、周囲は押さえ込んでいた動揺を解放したようにざわめいていた。拓也と一緒にいたメンバーも無言のままお互い目を合わせてニヤついてる。そんな中、立ち去る際に瑠華としっかりと目が合った美沙だけは、周囲の空気から外れ下唇を噛んでいた。美沙を一瞥した彼女の瞳は、見下げるような勝ち誇ったような温度だった。


 そして、その現場を遠くから見ていた小晴もまた拓也の元カノである一ノ瀬瑠華の美貌に圧倒されていた。離れていてもわかるお人形のような整った顔立ちに絶望さえ抱いた。


 だって、見た瞬間にわかってしまったから。彼女が前に付き合っていた人だって。


(タクくんの元カノって、あの人なんだ…)


 瞬間的に勝てないと思った。勝てるはずもないことを思い知らされて、打ちのめされた。あんな綺麗な人に到底自分が及ぶはずがない。朱音たちは心配そうに小晴に目を向けていたが、それに気がつく余裕はなかった。


 小晴を抜いた三人は、お互い目だけで会話をして、今はそっとしておくことに決めたようだった。



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