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恋人未満、スキャンダル以上——これは恋じゃない。ホラーです。  作者: さくらしゅう
第八章 入り乱れた感情の行く末は

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第70話 勘違いしていたのは私



 ある噂がところかしこで囁かれるようになって数日。朱音は、今日も耳にした話にうんざりした気分になっていた。


(拓也さんが元カノとより戻すわけないじゃん)


 本人に確かめたわけではなかったが、朱音には妙な確信があった。だって、あんなに一人の女の子に熱をあげている拓也を朱音は見たことがないからだ。


(まあ、拓也さんのことそんなに知らないけど…。流石に前期のアレ見てたら、噂が嘘としか思えないだよなあ)


 あの普段温厚な目から穏やかさが抜けた拓也を忘れたりなんかしない。捕食者のようで焦っているような、余裕の皮を破りかけた男の顔は、本気なんだと直感で思った。

 だから、たぶん多少の願望も込み込みで、噂は嘘だと信じている。

 と言っても、手に入ったら飽きる男なんて存在もいるわけで――。


(まじでこはのこと傷つけたら許さないんだから)


 付き合う前までのあからさまなアプローチが消えて、事情を知らない側から見たらギリギリ先輩と後輩に見える関係性だ。飲み会の時の自主的な隣キープも彼の意思ではなく、義務でしていたなら正義の鉄槌だ。最近やっと恋らしい恋の反応をし始めた小晴を思い、朱音は母親のような気持ちで少々心配げな表情を浮かべた。


 きっとこの後のサークルでも、拓也の背後であらぬ噂がヒソヒソと囁かれるだろうから――。


(付き合ってからも心配事多いって、やっぱり月9なのでは?)


 ちょっとだけふざけてみて、恋の当事者の立場で思い直す。状況は、わりと最悪だ。それは、どっちの立場に立って見ても言えることで可哀想な気持ちになる。小さく息を吐きつつ、朱音は待ち合わせしている場所に向かった。コツコツと歩くたびに床が鳴る。階段を降り、曲がり角を曲がって、開放的な場所に出る。


 大きなフロアの白い床には、一面に並んだ窓ガラスから光が差し込んでいた。憩いスペースのように置かれたソファ、四人用の丸テーブルのそばに自販機が3台ほど並んでいる。空きコマなのか、すでに今日の講義を消化し終わったのか、数人の学生グループが点在し談笑している。


 何気なく彼らを見回した朱音は、その中に自分がいま一番会いたくないと思っていた知り合いを見つけてしまった。軽快だった足取りがぴたりと止まる。一瞬、音が消えたように感じたが、それは自分の息が詰まったせいだと呼吸が苦しくなったことで気がついた。


(うわ、最悪。どうしよ)


 たぶんまだ、知り合いの二人はこちらの存在を認識していない。何の話をしているのかは知らないが、いま出て行ったら確実に気付かれるだろう。自分の陰口でも盛り上がっている最中なら尚更気まずい。でも通らないわけにも行かないし、と葛藤が生まれた。


(いつも通り…、いつも通り…)


 偶然を装って顔を見て、挨拶して、普通に振る舞って通り過ぎればいいだけの話。少しでも向こうの悪意に気付いていたり、気を遣った顔をしたらアウト。朱音は持っていたバッグの取っ手をぐっと握りしめた。心臓がドクンドクンとうるさい。そして覚悟を決めるように、一度瞳を強く瞑った。「私は女優だ」と自分に言い聞かせて、止めていた足を一歩前に踏み出す。平然とした顔でその場を取り繕おうとした時だった。


「あ! 朱音ちゃん!」


 急に降ってきた、いつもの数倍明るい大きな声。一瞬誰だろうと思ったほど、フロアに響き渡らせようとでもしているような大きな声に肩が跳ねた。開けた中庭方面の自動ドアから歩いてきたのか、小晴は朱音を見つけて足早に駆け寄ってくる。横目に映った知り合いが、一瞬口を閉じたのが見えた。彼女たちの目配せが、単身で出ていかなくて良かったことを伺わせる。


 そんなサークル仲間の無言の合図など知る由もない小晴は、二人の前を颯爽と通り過ぎ、朱音の目の前にやってきた。小走りで来たせいか、小晴の息は少し弾んでいたが、いつも通り柔らかな空気で「おはよう」と笑った。


 同じサークルとはいえ、小晴に知り合いは少ない。朱音の陰口を言う知り合いのことだって、存在を認知しているのかも怪しい。だから、その前を通り過ぎたことになんら可笑しな点はないのに、何故か朱音には小晴が彼女たちをあえて無視したような違和感があった。


 元来、朱音が知っている椿小晴という人間は、人の噂話を知らない。興味がないというよりももっと手前の、彼女の耳に入らないという環境が勝手に整備されているような、人が集まればおおかた噂話が飛び交うことを知らないような、天然記念物みたい存在だった。だって――、つい最近まで自分と陽介の噂さえ知らなかったのだから。


 それなのに、そんな小晴がまるで相手にわざと気付かせるように、声を張り上げて朱音の名前を呼んだ。いつもだったらしないだろうと、入学式の頃から一緒にいる朱音は思う。


 たまたまかもしれない。偶然と片付けても問題ないくらい些細なことだ。だけど、と否定が浮かぶ。


 気のせいかもしれない。勘違いかもしれない。でも、もしかして小晴は全部を知っているんじゃないかと思った。朱音の陰口が囁かれていること、それを誰が言っているのか、なにがきっかけだったのか。知っていて、今までなにも知らないフリをしていてくれたんじゃないだろうか。事実のような噂を伝書鳩のように朱音に伝えることもなく、ただいつも通り隣にいることを選んでくれた。朱音が口を開くまで、詮索もせず、噂自体を知らせないように――。


 思い込みが過ぎるような気もしたが、この考えが的外れでも、答えからほど遠いものでもないように感じた。だって、いつもの彼女ならこんなことはしないから。


(なんか、私…勝手にこはのこと決めつけてたのかも)


 そう思った途端、目の前の世界の色が弾けて見えた。何かが自分の中で変わったような微かな違和感が生まれる。少し前にも似たような感情を小晴に抱いたことを思い出す。そして、対等だと思いながらもどこか対等に接していなかった自分に気がついた。


(私…。頼りにされたいくせに、頼りにしてなかった?)


 新たな気づきにまた、視界が弾けた。


 小晴は、基本的に何も言わない。周りの顔ばかりを伺って自己主張は少なくて、自分に対して相談も少ないし、あっても事後報告だったりして。だから、たまにお節介みたいに首を突っ込んで聞き出して、悩みを解決してあげてるようなつもりだった。頼りにされないことが少し寂しくて、陽介にちょっとだけ嫉妬もしていた。それ以上に小晴と陽介の関係に憧れていた。


(そうだ。私…、きっとこはに嫉妬してた)


 自分が小晴の1番の友達でいたかった。頼りにされたかった。必要とされている実感が欲しかった。だけどーー。


 椿小晴という人は、本当は私が考えるよりもずっとずっと強い人なのかもしれない。自信がなさそうに見えても、朱音みたいに色んな人に良い顔をして、自分を削ってまで人に合わせるような人ではなくて、どんな自分でいたいかを大事にする、そんな人なのかもしれない。だから、愛されるのだろうか。

 尊重されるのだろうか。

 大事にしてもらえるのだろうか。


 小晴の周りは居心地がいいと思う。どんな朱音も否定しないような気がするから。それは、陽介も同じだ。二人は、誰かを強く否定したりはしない。


 また頭の中に、玲央の言葉が浮かんだ。誰彼構わず良い顔をする自分に苦言を呈した顔を思い出す。今なら何となく聞こえる気がした。「そんなことしなくても大丈夫だろ」なんて言う鋭利な言葉の裏に隠れた不器用な優しさが。


(自分を大事にしてくれない人にまで、良い顔しなくてもいいのかな…)


 小晴に「おはよう」と返しながら、テーブルに着いている知り合いをチラリと見た。一瞬だが、ちゃんと目が合った。だけど、朱音はそのまま彼女たちと目が合わなかったことにした。いつもだったら向こうの悪意に気付いていてもつくり笑顔で挨拶なんかしていたくせに。


「行こっか」


 視線を戻し小晴に笑いかける。止まっていた足を動かした。なんだかいつもより世界がクリアに見えた。呼吸もしやすくて、今なら空を飛べそうな気さえする。視界の端で彼女たちは微妙な顔をしていたけれど、まるで取るに足らないことに思えた。


 自動ドアをくぐり中庭に出る。風が吹いた。建物と建物の間を通る隙間風がバタバタと二人の服をはためかせ、髪を巻き上げる。飛ばされそうな強さに押し負けないように身を屈めて、反射的に目を瞑る。風をやり過ごしてから、ゆっくりと目を開く。普段よりも半分ほど閉じた視界の中、見上げた秋の空はどこまでも青く透き通っていた。まるで、今の自分の心を写したようで少し眩しかった。


 時期はもう十月中旬。学祭まで、あと半月――。



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