第69話 男側の感情
「やっぱ、後輩止まりはやだ」
据わった目で遠くの一点を見つめる遥生は、どうやら不満が溜まっているようだった。
「お前、まだ諦めてなかったの?」
最近、分かりやすい突撃を止めた様子に淡い思いは散っていったとばかり思っていた友人は、呆れたと言わんばかりに遥生を見た。
「諦めるも何も、告ってないし」
「いや、遠回しに振られたんなら諦めろよ」
「別に付き合いたいなんて言ってないじゃん」
そうだ。もう別に付き合いたいなんて我儘は言わない。どう考えても今の自分には、スーパーモテ男の拓也に打ち勝つ術が一つも見当たらないからだ。
「はあ? でも後輩止まりは嫌ってさっき言ってただろ」
「だから~、好きな人にはなれなくても一番仲いい友だちみたいな、後輩とかじゃなくて一番頼りにされる存在になりたいっていうか」
「うっわ~…。お前、わかりやすく拗らせてんな」
「拗らせてない」
遥生の表情が、わかりやすくて拗ねたものに変わる。
「要はあれだろ? どうせ陽介さんの立場が羨ましくて仕方ないって話だろ」
ズバッと的確に本心を指摘され、遥生は反論も言えずに口をつぐんだ。拓也には勝てない。でも、陽介にならひょっとしたら勝てるんじゃないのか。最近、そんな考えばかりが浮かんで、頭から消えてくれない。
もし小晴さんが遠くない未来に失恋をしたとき、きっと一番傍で支えるのは陽さんで、それが喉から手が出そうなほど羨ましくて仕方がない。
その場所が俺ならいいのに、と願っているだけだ。
*
パチパチとキーボードを叩いていた怜央がふと手を止めて、顔を上げた。なあ、と短い言葉で目の前で編集作業をしている陽介に声をかけた。
「なんで俺らよりあの二人の方がモテるんだと思う?」
「え、なにそのどうでもいい質問」
陽介がびっくりした顔で、怜央の綺麗な顔をまじまじと見つめ返した。
「いや、どうでも良くない。昔から思ってる」
少し眉間に皺を寄せた顔も美しい。というより、迫力が増した。
「えー、だって答えは明白っていうか、怜央だってわかって言ってるでしょ?」
長年隣にいるせいか陽介に臆した空気は一切なく、慣れた調子で呆れた声を上げる。
「わかってたまるかという気持ちではある」
「まあ、気持ちはわからなくもないけど」
軽く笑った陽介を怜央はただ静かに眺めた。
「でも、理屈じゃないし。あと、たぶん怜央よりは僕の方がモテる」
「は? いや、ないないない。絶対ない」
真っ向で否定しながら、流石に陽介に対して失礼極まりないかもしれないと思った。だがしかし、やっぱり彼の主張に意義は申し立てたい。
「だって、怜央って不特定多数にモテるタイプじゃないもん」
「なんだよ、じゃあそう思う理由言ってみろよ」
「言っても傷つかないでよ」
「傷つかない」
どうせ分かってるくせに、と言いたげな胡乱な目で見られたが、怜央は知らないふりをした。自ら語らない以上会話が続かない空気を察してか、陽介は渋々と口を開いた。
「…隙がない、話が面白くない、真面目すぎる、デリカシーがない、面倒くさい、ちょいちょい張り合ってくるところ」
「流石に言い過ぎだろ!」
さっきの自分を棚に上げて、玲央は勢いよくツッコんだ。指を一つ一つ折りながら淡々と上げられた理由は、思いのほか滑らかな語り口である程度を覚悟していた玲央も少し動じた。
「ほら~。だから先に言ったじゃん。傷つかないでねって」
「それにしたって限度があるだろ」
剛速球を近距離で受けたような衝撃だ。一瞬、くらっとするほどの眩暈を覚える。
「もうほら、そういうところ。あと、真面目なのも面倒くさいところも僕は好きだよ。言葉がストレートすぎる時は、ヒヤヒヤしたりもするけど、僕は好き」
「……俺、だいぶ良い男だと思う」
ぼそりと不貞腐れたような言葉が出た。まず、好きになったら一途だし、絶対に浮気なんてしないし、顔だってそれなりに良い。
と言いつつ、人から好かれるという点で何が足りないのかは、陽介の言う通りなんとなく理解はしていた。
「まあ、誰が見ても怜央はイケメンだしね。でも、モテるのは僕だと思う」
陽介がさらっとつけた注釈を、あえて怜央は聞かなかったことにした。あの二人の次にモテるのは、自分だと心の中で呟く。朱音がそばに居たら、「あんたは顔だけ天井」だとかなんとか、ヲタク用語で言われるのだろうと想像がついた。
(どう考えても良い男だろ、俺は)
今日も相変わらず平和な午後だ。
*
黙々とひとり自宅で机に向かっていた拓也は、急にガクッと肩を落とし天井を仰いだ。背もたれに体重を預け、大きなため息を吐き出した。腕がダランと落ちて、反動のままに頭を机にぶつける。ゴツっと鈍い音が響いた。
「うっわ。んだよ、急に怖いんだけど」
勝手に家に来て、人の部屋でテレビゲームを堪能していた男が驚いた声をあげる。
「もう無理。もう限界」
ぶつぶつと呪文のように呟く言葉は、本当に誰かを呪いそうな空気を発している。
「小晴に会いたい…」
「うわ、きも」
コントローラーを握ったまま、虚ろな男を訝し気に見ていた悠真は、その小さな呟きを聞き逃さなかった。耳にした瞬間に眉間に皺を寄せ、明らかに引いた顔を浮かべる。
「今すぐ抱きしめたい。匂い嗅ぎたい。キスしたい。なんでこんなに会えねえの? 小晴が不足してる…」
「うわあ…。ガチきもじゃん。なんで俺に言うん。拓也君って、恋バナ好きなタイプでしたっけ?」
すでに興味が削がれたのか、悠真は白けた目でテレビに視線を移していた。
「つうか、それならはやく関係隠すのやめろよ」
リスタートしたテレビゲームの画面を追いながら、器用にコントローラーを操る。もうゲームに集中し始めた悠真の背中に視線を向けた拓也は、不貞腐れたように頬杖をついた。
「…、小晴の意思は尊重したい」
葛藤まみれの声は、ところどころに不満を貯めていることを伝えている。
「それならもうちょい我慢したら? 頑張れ~、俺はまだ応援してる」
どうでもいいと言いたげに悠真の声は抑揚もなく、最高値の棒読み加減を叩きだす。
「まだって言うな。まだって!」
まるで応援するのも期限付きだと言っているみたいだ。いや、みたいじゃないことは知っている。だが改めて言われるとフラストレーションばかりの心にさらなる重しとして焦りが乗っかった。
「だって、本当のことだし」
いつものごとく軽い口ぶりであっけらかんとしているのに、やっぱり悠真の言葉には重さがある。色んな感情が暴発しかけて、拓也は息を飲み込んだ。どいつもこいつも、と言いたくなる気持ちにどうにか蓋をする。
「…我慢しすぎていつか爆発しそう」
代わりに、地の底を這うような声が出た。
「お前、暴走だけはしないでおけよ」
いつの間にか拓也を振り返っていた悠真の目は、ものすごく呆れていた。その視線すら今の拓也には刺さりに刺さって、さりげなく視線を横にずらす。
「………、善処する」
そして、囁くように小さな声で頷く。
「うわ~…、こわ~~…引くわ~…」
声まで呆れ果てた男に虫けらでも見るような目で見られ、拓也は弁明する余地もなく静かに口を噤むほかなかった。




