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恋人未満、スキャンダル以上——これは恋じゃない。ホラーです。  作者: さくらしゅう
第七章 平穏の影

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第68話 美人なあの子



 周りの盛り上がりに乗じて、最初の気まずさなどなかったかのように話しかけてくる瑠華に少々うんざりしながら、拓也は既にタブレットを閉じて机に置いていた。


「拓也は、なにかするの?」


 友人に対するオロオロした態度も計算だったんじゃないかとすら思える。


「まあ、全体の管理とか、そんなこと」

「ちゃんと代表っぽい」


 口元を軽く握った手で隠して、クスクスと笑う。それは、自分の可愛さをよく分かっている人間のしぐさだ。


「いや、代表だから」


 昔、付き合う前に大いに勘違いしていた自分を思い出した。勘違いしていたというより、この美貌の前に騙されてもいいかと見て見ぬふりしていたというほうが正しいかもしれない。


「あ」


 急に瑠華が拓也から視線を外し、真向いに座る美沙を見た。


「なんか急にきてごめんね? 邪魔だったよね」


 たぶんわざと美沙に話しかけたんだろう。


(ほんと、よくやるな…)


 もう別れているはずだが、瑠華の発したものは明らかに嫉妬や所有欲といった類のそれだった。そういうのが嫌だったんだと、また勝手に脳みそが思い出す。今一緒にいるのが小晴じゃなくて良かったと、心底思った。


「いやいや、邪魔なわけないじゃん!」


 美沙でも拓也でもない、空気を読まない第三者の声が割り込む。美沙の冷たい視線が圭太に注がれた。


「でもほら、勝手にきちゃったし。話し合いの邪魔したら悪いからもう行こうよ」


 圭太に庇われ満更でもない顔をしながら気の利いた人間の顔をする。


「えー、まだ話し足りない」

「そうそう」

「も〜、みんな! 拓也、ほんとにごめんね! ほんとにいつも勢いだけすごくて」


 体裁だけの謝罪にまた一つ嫌な思い出が蘇る。


「あ、じゃあさ、今度飲みいこうよ。ここと、こことで」

「もうやめてってば。ほらいくよ!」

「え~、仕方ないなあ。学祭遊びにいくね!」

「奢ってよね~」


 やっと去っていった三人に、やっと息が吐けた。まだ名残惜しそうに瑠華たちを見送っている男たちに、やや呆れた視線を向ける。


「近くで見たの初だけど、瑠華ちゃんたちまじで可愛すぎる」

「あんな子と付き合ってたとか、お前ほんとにズルいんですけど」

「てか、なんで別れたの?」


 大佑に圭太、隆哉が立て続けの言葉は、世間で言うバカな男たちそのものだった。


「まあ、色々」


 最初から説明する気もない拓也は、便利な言葉でその場を濁した。


「いや、今ならワンチャンあるくね?」


 隆哉の不愉快な言葉に眉根が寄る。


「ないでしょ」


 嘆息とともに答えると、今度は圭太が反論の声を上げた。


「えー、あれはあるって。絶対あった」

「つか、ないなら俺らと瑠華ちゃん繋いでくれ。パイプしろ」


 それを一拍も置かずに大佑が覆い被せにくる。


「お、みんなで飲み行く?」

「いや、それこそないから。俺はパス」


 乗り気の友人たちに、拓也は溜めていたため息を吐いた。


「悠真、どうにかしてくれ!」

「いや、流石に元カノはきついだろ」


 呆れた態度の悠真のおかげで、なんとか話が鎮火する。拓也は美沙と倫子に「瑠華がごめん」と小さな声で謝った。



 *



『あの、ね。ひとつお願いがあるんだけど』


 昼下がりのテラスで、実に言いにくそうに彼女は唐突に切り出した。その時、ものすごく嫌な予感がして体に力が入ったのを覚えている。


『最近、ちょっと課題が増えちゃって…、忙しくなりそうなんだよね。だから、私のこと見かけても見なかったことにしてもらえると助かるというか…。や、あの、迷惑とかじゃなくて、本当に。話しかけてくれるのも、話すのも楽しいんだけど、要領悪くて…。あはは。ほんとにごめん、私の都合で振り回しちゃって』


 乾いた笑いと泳ぐ視線。頬を意味もなく掻く様子は、必死に言葉を探しているように見えた。遥生が好きになった人は、優しくて気遣いばかりする、嘘をつくのがたぶんものすっごく下手くそな人だ。ついこの間のことを思い出して、遥生の顔が苦虫を噛み潰したように歪んだ。


 彼女が、サークルの代表でみんなから慕われている片倉拓也が好きなことは、わかっている。少なからず二人に関係性があることも。拓也に言われたのか、自分から距離を取ろうとしたのかはわからない。だけど、それなら何故陽介は許されて、自分は許されないのだろう。小晴に拒絶された絶望感と当たり前のように隣にいる陽介に対する嫉妬で、ここ最近は何をやっても憂鬱だ。


 廊下に学生たちの楽しげな声がするが、遥生の耳にはぼんやりとした遠くの世界の音に聞こえていた。深いため息が口から出ていきかけた時、ふわりと甘い香りが遥生の鼻腔をくすぐった。香りに釣られるように面が上がった。香りの発生源は、通った道に匂いを残しながら前を通り過ぎ遥生の隣のベンチに腰を下ろす。何やら電話をしているようだった。やけに白くて細い人は、芸能人かと思うほどとても綺麗で目を奪われた。


(うっわ。こんな美人初めて見たかも…)


 向こうは、遥生の視線に気づく素振りはない。何やら夢中で電話の向こうの誰かと話している。話す声も女性らしい鈴を転がしたような音をしていた。あまりの美人に言い訳かもしれないが、勝手に意識が吸い寄せられる。どうも言葉の端々から復縁云々の話をしているみたいだった。こんなに綺麗な人でも同じように恋愛で悩むんだと、遥生は意外な気持ちになった。一瞬視線が合いそうになって、慌てて視線を逸らす。心臓がバクバクと音を立てていた。まだ見ていたい気持ちはあったが、流石に失礼だと惜しいような気持ちを飲み込んだ。


 気を紛らわせるために、ポケットからスマホを取り出す。ゲームに集中できる気もしなかったが、何かしていないとまた見てしまいそうでアプリを起動させた。いつもより起動時間が遅いような気持ちで、ローディング画面を眺めていたら、ふと隣から聞き慣れた名前が聞こえた。


「うーん。でもいま彼女いないんでしょ? 拓也」


 綺麗な女の人の言葉に思わず耳が大きくなる。


(え、拓也って、あの――?)


 いやいや、まさか、と思いながらも耳は綺麗な女性へ向けられた。電話の向こうの親しい誰かと、「やっぱり久しぶりに会ったら未練が出てきた」とか、「ずっと忘れられなかった」とか、「顔がドタイプ」だとか、「インターンで割といい企業に行ってそう」だとか、とにかくその”拓也”という人物がいかにいい男かを語っている。


 こんなに綺麗な人に思われるハイスペックな男がどんな奴なのかと想像してみるが、同じ名前のせいで頭に浮かぶのは自分の知る男の顔だ。


(本当に、俺の知ってる拓也さんだったりする?)


 ちゃんと拓也だと思って想像してみた。誰が見てもお似合いだと言いそうな美男美女のカップルが出来上がる。そこまで行くと、もう遥生の生きる世界とは別次元の話でしかない。


(いやいや、同姓同名の別人だって)


 もし、同一人物ならどんなに小晴を泣かせていたとしても遥生に勝ち目なんかない。頭を抱えてしまいそうだ。


 話が気になってチラチラと横目で見ていたら、流石に視線を感じたのか綺麗な人が遥生を見た。一瞬値踏みするような視線を向けられたような気がしたが、すぐに相手は困ったような可愛らしい笑みを浮かべた。その笑顔の破壊力が凄まじかった。勝手に遥生の頬がポッと赤く染まる。


 しかし綺麗な人は、相手の反応に慣れているのか特に気にした素振りもなくベンチから立ち上がって行ってしまう。歩く後ろ姿まで美しく、彼女が去っていく様子をただポーッと見ていたら、いつの間にか待ち合わせをしていた友人がやって来ていた。


「おつかれ〜」

「っ…あ、おつかれ」


 声を掛けられて、のぼせていた意識が戻る。


「どうかした?」

「いや、なんもない」


 不思議そうな顔をする友人に拓也のことを聞いてみようとしてやめる。代わりに遥生は陽介のことを聞いてみることにした。


「あのさ、陽さんって小晴さんのこと好きなのかな?」


 前後の脈絡もないまま突然質問をされた友人は、一瞬呆気に取られた顔をした。


「え、…さあ、友達なんじゃない?」


 思いのほかサッパリした返答だった。


「気になんの?」


 一拍おいて、質問を返される。


「そりゃ…」


 友人に顔を覗き込まれ、遥生は答えながら視線を外した。


(そもそも陽さんは、二人の関係性をどう思っているんだろう)


 拓也さんとは、昔からの仲だと聞く。あんなに小晴さんと親しくしているのに、彼女に他の男が近づくのは許せるのだろうか。

 遥生の答えは明確だ。別の友人も言っていたが、自分なら許せない。


 でも、そもそもの話。小晴が拓也を好きなことを、関係があることを、陽介が知らない可能性だってある。その場合、関係を知ったら何を思うのか。もしくは、知っていて見て見ぬふりをしているのか…――、と考えて思考をやめた。


(前みたいに、小晴さんと二人で喋りたい…)


 もはや、恋人じゃなくてもいい。一番仲のいい後輩、ひいては仲の良い友人になりたい。そんなささやかな願いだって、今は遥か遠くに感じる。


 自分だったら小晴さんの笑顔を絶対に守れるのに、と遥生は思った。



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