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恋人未満、スキャンダル以上——これは恋じゃない。ホラーです。  作者: さくらしゅう
第七章 平穏の影

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第66話 陰口を伝えてくるな



 「じゃあ、またね」と、立ち話をしていた友人の去っていく後ろ姿を見送りながら、朱音はため息をひとつ吐き出した。ちょうど彼女が残していった『裏で朱音のこと結構色々言ってるよ』という言葉を頭の中で再生して、気が滅入ったところだった。いつもたくさんの友人たちから朱音のもとに色んな話が舞い込んでくるが、そんな話も一緒にやってくるのなんて意外性の欠片もない。


(やっぱねえ…、そんな気はしてたけど)


 ぽつりと心の中で呟くが、勝手に運ばれてきた情報に内部を荒らされた気分は変わらない。小晴を庇ったあたりから、少しずつ余計な一言、嫌な視線が増えてきたのは自覚していた。徐々に増していくサークルの中での立ち回りづらさを感じながら、テキトーに過ごしてきたがここら辺が限界点だったらしい。


(さすがにうまい具合にはいかないか…)


 前期に玲央と話したことが思い出された。冷静且つ本質的な玲央が揶揄した『都合の良い未来』は、やはり都合の良い未来でしかなかったみたいだ。


 陰口を教えてくれた本人に悪気がないのは分かっている。経験上、今までもずっとそうだった。だからといって、告げ口してほしいなんて思ったことはない。


(別に、教えてくれなくていいんだけどね)


 教えてもらったところで、朱音に働くメリットはほぼないに等しい。たぶんそんなことは、教えてくれる側の人間は想像もしていないのだろう。嫌われている空気があることをなんとなく分かっていても、事実として自分の悪口で盛り上がっている人間がいるなんて知りたいわけがない。相手方も自分に直接言ってきていないのだから、表立って事を荒立てたいわけでも、波風を立てたいわけでもないはずだ。ただ共通の話題で盛り上がってるに過ぎない――、と自分が思いたいだけなのは分かっている。


 だとしても、直接的な対立さえないのならこちらが気付かぬふりをして、スルーしていれば良い話だと、朱音は過去に思ったのだ。知らぬ存ぜぬで通せば、表面上は平和に生活ができるはずで、相手の気持ちさえ変わればまた元に戻る。経験上、悪態を吐く人間は、幸せになるとコロっと態度を変える。例えば、彼氏ができるとか、そんなこと。


 だから耐久レースだとでも思って笑って過ごしてればいいのに、何故かみんな良かれと思って陰口を言われている本人に教えてくれる。


「聞いちゃったら、余計気まずいじゃん」


 溜息が出て「どうしよう。これから」と呟く。また面倒くさいことになったと、過去の経験が勝手に思い出され、肩が下がる。


(ただ楽しく過ごしたいだけなのになあ)


 小晴を助けた一件を後悔したりは絶対にしないが、これだから人間関係は面倒くさいんだと辟易する気持ちは消えそうになかった。朱音はため息を飲み込んで、廊下の壁際で立ち止まっていた足を進めた。









 学生たちが集うフリースペースに顔を出すと、既に先に来ていた小晴を見つけた。温度を失っていた瞳を一度閉じて、短く息を吐く。 気持ちを切り替えて、朱音は小晴が待つテーブルに近寄った。


「おはよ〜、こは」

「あ、朱音ちゃん。おはよう」


 いつも通りに挨拶をすると小晴から柔らかな笑みを返されて、少し強張っていた気持ちが緩んだ。


「何してたの?」

「何も。私も今来たところなんだ」


 朱音は、小晴の返答に「そうなんだ」と返事をした。そういえば、最近、陽介と小晴が二人でいるのを見かける回数が減ったような気がする。


「陽くんは一緒じゃないの?」

「学祭で上映する動画の編集とかで忙しいみたい」


 気になって尋ねれば、すぐに答えは返ってきた。なんだ、そんなことかと一人納得する。


「そういえば、あの1年生。なんだっけ」

「遥生くん?」

「あ、そうそう。その子。最近見かけないね」

「ああ。うん。私がね、やること出来ちゃったからって申し訳ないけど見かけても見なかったことにしてもらってるの」


 申し訳ない感情をほんの少し滲ませているが、小晴のなんてことのないような発言に、朱音は呆気に取られた。パチパチと瞳を瞬かせてやっと、「そうなんだ」とだけ言葉を返す。


(なんか、え? こはって、そういうこと言える子だったっけ?)


 朱音の目の前にいるのは、自信がなさそうで、特別な気遣い屋で、遠慮がちないつもの小晴だ。纏う柔らかな空気も居心地の良さも何一つ変わっていない。なのにも関わらず、いま自分が対面している小晴は、何故か以前よりも少しだけ大人びて見えた。


(拓也さんと付き合って、内面に変化でも出てきたのかな)


 誰かと付き合うということは、少なからず相手から影響を受けるということだ。もしかしたら朱音が思っているよりも、小晴は前に進んでいるのかもしれない。勝手に小晴を知ったような気持ち――まるでずっと自分が先頭に立って導いてあげるんだみたいな気持ち――でいたことが、とてつもなく恥ずかしく思えた。

 そして、唐突に朱音の頭に少し前に玲央に言われた言葉が浮かんだ。


『周りに敵増やさないように良い顔しまくるから、やばい男しか寄ってこないんだよ』


 浮かんだ言葉は情景と共に思い出され、脳裏に焼き付く。あの時は馬鹿にされたようで心底ムカついたが、今は少しだけ違った響きを持っているように感じた。



 *



 最近、小晴に新たな悩みが増えた。

 拓也は元々付き合った当初から忙しい身ではあったもののここ最近、長期インターン、バイトに加えて学祭の準備が立て込んでいて、なかなか二人で会う時間がない。夏休み期間中は、周囲の目も大学の講義もなかったから割と会えていたんだと今更知った。


 少し、いやかなり寂しいが、小晴は一生懸命頑張っている拓也の邪魔はしたくなかった。それに、付き合っていると周りに秘密にしていたい小晴自身の願いが、二人で会える時間を狭めている原因だとも理解していたから余計我儘は言えない。拓也は忙しいなかでも、連絡はこまめにかかさずくれる。今はそれだけでも幸せだと、なんとなく寂しさを誤魔化しながら過ごしている。


 そんな中、先ほど朱音と話していてなんとなくわかったことがあった。それは、自分の恋の発展速度は遅すぎるわけではないが、だいぶ遅いほうらしいこと。特に相手が拓也だと考えると、やっぱり遅いみたいだ。


(まあ、でもそもそも忙しくて会えてないし…)


 全てが初めての自分に、拓也が合わせてくれているのかもしれない。

 ほんの少し、心に引っかかりを覚えながらも物理的に無理なら無理かと、無理やり結論付けておく。


(それより朱音ちゃん、なんかあったのかな)


 表情も雰囲気もいつもよりどこか固く、朱音の長所である明るくしなやかな魅力が翳って見えた。思い出すのは、女子トイレで耳にした陰口だ。もしかして、朱音もどこかで聞いてしまったのだろうか。もしそうなら、自分が朱音の味方であると伝えたかったが、余計なことを言ってしまう気がして、聞けずじまいに終わってしまった。


 朱音が陰口の存在を知らないなら、そのままがいい。下手に聞いて朱音に聞きたくもない話を伝えてしまえば、傷つけたのは陰口を言った人間ではなく自分になってしまう。それは、絶対に避けたかった。


(何かあったら相談してくれるかな)


 頼りないと思われている自分に、しっかり者の朱音が相談するだろうかと思うと、答えは決まっているような気がして小晴は嘆息した。


(そもそも、朱音ちゃんはあんまり自分の話はしないもんなあ)


 頼り甲斐があったところで、きっと朱音は人に心配をかけるようなことをペラペラと話す性分ではないだろう。


(知らないままでいてくれたらいいな)


 どうせ、あんなのやっかみなのだから――。


 考えすぎて結局何も出来ない自分は、何も悪いことをしていない朱音に伝わっていませんように、と願うしかなかった。



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