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恋人未満、スキャンダル以上——これは恋じゃない。ホラーです。  作者: さくらしゅう
第六章 噂の種が落ちるとき

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第63話 曝け出された嫉妬



 また今日も暇な時間に、タイミングよく遥生が声を掛けてくる。


「最近よく会うね。私たち」


 小晴が言うと、遥生は嬉しそうに笑った。


「やっぱり同じ学科だから、学年違っても行動範囲が同じなんスね」

「そうかも。確かに私、去年とほとんど歩いてる場所変わってないや」


 真向かいに腰を下ろしニコニコと愛想よく笑う遥生は、今まで会ったどんな人よりも素直で可愛い男の子だ。


(こんな素直な子、存在してるんだなあ)


 親御さんの育て方が素晴らしいんだろうと、何目線なのかわからない感想が浮かぶ。さっきだって、遥生はこちらが何かしてあげているわけでもないのに、服がお洒落だと褒めてくれた。


 小晴は今日、拓也と会う約束をしている。しかも拓也がいつもより早めに大学に来るからという理由で、珍しい時間帯だ。短時間だけでも拓也と会えるのが楽しみで朝から気分よく、服装にはいつも以上に気を遣ったが、第三者に褒められれば少なからず自信が持てた。


「俺、小晴さん見ると嬉しくなって毎回声掛けちゃうんですけど、迷惑じゃないですか?」

「え、全然。むしろ毎回私に気付ける遥生くんに感心してる」


 伺うような瞳を向けられ、そんなことを思っているのかと少し意外だった。軽く笑うと、今度は遥生は酷く驚いた顔をした。


「小晴さんのことは、たぶんどこでも見つけられる自信あります!」


 後輩として100点満点の気遣いに、小晴は「なにそれ」と笑みを溢した。

 大きな窓から差し込む陽光に照らされた学生たちが集うフリースペースで他愛もない会話を続けていると、小晴のスマホがブブっと音を立てて揺れる。明るくなった画面に目を落とすと、スマホは新着メッセージを知らせていた。遥生に一言断りを入れてからスマホを手に取る。LIMEを開くと拓也からだった。浮足立つ気持ちを抑えるのが難しく、口元がにわかに緩む。〈着いた〉という文字だけの短いメッセージが目に入った。小晴は弾かれたように顔を上げた。スマホを両手で持ったままキョロキョロと周囲を見回す。拓也の姿は見えない。


「ごめんね、もう着いたみたい」


 隣に置いていた鞄を掴むと、ガタガタっと音を立てて立ち上がる。


「話し相手になってくれてありがとう。この後、頑張ってね」


 一瞬、遥生の表情が翳りを帯びたが、拓也に会いたい一心の小晴の目には留まらなかった。ぎこちない笑みから晴天のような笑顔に変わる時間は瞬きほど。


「小晴さんも」


 柔らかな笑みと共に手を振られ、小晴も笑顔で手を振った。拓也に一足でも早く会いたい気持ちが、小晴の頬を仄かに上気させる。一度も振り返ることのない背中を見つめる青年の視線は、実に健気なものだったが、恋に浮かれる小晴には届かなかった。


 遥生と別れ、小晴はスマホを片手に目当ての人物を探した。しかしなかなか見当たらず、スマホに目を落とすと新しいメッセージがチャット内に表示されている。


〈人多いから、図書館で会おう〉

〈いつものとこでいい?〉


 画面を開いた状態ということは、すでに既読をつけているということだ。そのことに気が付き、小晴は慌てて返信を打った。


〈うん。わかった〉

〈今いくね〉


 まだぎこちないところはあるものの少し前から気持ちに変化が出てきたおかげで、少しずつだがやっと拓也と敬語なしでやりとりすることに慣れてきている。


〈先行ってる〉


 こんな簡単なやりとりでさえ気持ちが浮き立ち、会えるだけで胸がドキドキする。小晴はスマホを鞄にしまうとすぐ横にある図書館へと向かった。


 学生証をかざし中に入る。急く気持ちと常識の狭間に揺れながら、歩いているにギリギリ収まるくらいの速さで目的地へ急ぐ。階段を降り、図書館の中でもほとんど人が寄りつかない奥のコーナーに辿り着いたときは、少しだけ呼吸が早くなっていた。


 一、二回ほど息を整えてから中を覗く。奥の棚の横に置いてある読書用ソファーに座った拓也を見つけた。相変わらずの格好よさ。こんな人が自分の彼氏だなんて、未だに信じられなくなる時がある。人の気配がしたのか、拓也は操作していたスマホから視線をあげた。


「タクくん」


 顔を綻ばせた小晴は、弾んだ声で名前を呼んだ。


「おはよ、小晴。隣来なよ」

「…、うん!」


 拓也に促されるまま隣に腰を下ろし、やや乱れた髪を撫でつけた。


「あ、あのね。その…、あ、会えるの、嬉しかった」


 もじもじと耳たぶを弄りながら小晴なりに素直な気持ちを伝える。そっと拓也の顔色を盗み見た。さきほどより何倍も拓也の目元が柔らかく解けて、見た瞬間に胸に甘い痛みが走る。


「うん、俺も」


 その言葉だけで簡単に心が躍った。今が人生の絶頂だと言えるくらい満ち足りた気分だ。一緒にいられるだけで嬉しくて幸せで会うたびに好きが増していく。こんな感情があるなんて知らなかった。小晴は際限なくニヤけそうになる口にきゅっと力を入れる。そんな小晴を愛おし気に見つめながら拓也は口を開いた。


「さっきさ、他の奴と一緒にいたよね」


 小晴は驚いて、拓也の顔を見た。


「え、見てたの?」


 まさかそんな近くまで拓也が来ていたなんて知らなくて純粋に驚く。


「うん。声かけたら駄目かなって思ってLIMEした」


 拓也の言葉にふと、小晴はこの前キスしてもらえなかったことを思い出した。そして改めて、拓也に気を遣わせてしまっているのだと気が付く。拓也は、関係を公にしたくないという自分の我儘を尊重してくれている。


「私がお願いしてるからだよね。ごめんね、ありがとう」


 小晴の中に生まれた感謝と申し訳なさが表情を曇らせる。頼りなげな笑みを向けると、拓也は首を振った。


「ううん。気にしなくていいよ。それより陽たち以外といるの珍しいよね」


 確かに拓也の言う通り、小晴の交友関係は一年生の頃からずっと一緒だ。


「たまに話すんだ。サークル一緒なんだよ、覚えてない?」

「そうなんだ、分かんなかった」


 あっけらかんと言う拓也に小晴は小さく笑った。


「タクくん3年生だもんね。それに皆の人気者だし」

「関係ないでしょ」


 今度は拓也が笑う。間髪入れない否定は、まるで彼が人気であることが取るに足らないことのように聞こえた。その態度が、まさに自分が今一番気にしている話題であるのにと、小晴を少々ムキにさせた。


「か、関係あるよ! 今、どうしたら変われるかなって悩んでるんだから」

「そのままでいいのに」


 拓也が小晴を溶かすかのように甘く笑う。


「駄目だよ! タクくんの隣にいたいもん」


 ここ最近、ずっと考えていたことだ。やっぱり拓也の彼女でいたいなら、どこかで変わらないといけない。さっきのやりとりでも、それをより強く感じたところだった。


「それって、彼女って周りにバレてもいいようにってこと?」


 さっきは甘ったるいほどに優しく笑っていたのに、今度は意地悪な顔をする。頬に拓也の指が触れ、顔が近づいた。この距離の近さは、何度経験しても慣れない。今にも丸め込まれそうな雰囲気に、小晴は慌ててそっぽを向いた。


「~っ、そ、そういえばね! この前、駅前にカフェができたって後輩の子が教えてくれたんだけど。すごく良さそうだったんだって」


 必死で違う話題を探し咄嗟に出てきたのは、先日遥生が話してくれたものだった。拓也と行けたらいいなと思って出した話だったが、これが大きな失敗だった。今の今まで甘い甘い空気が満ちていた二人だけの秘密の空間は、小晴が余計なことを口にしたことで一瞬にして胡散する。


「後輩?」


 小晴に伸びた手がぴたりと止まり、一言呟く。拓也から発せられた声は低く、小晴は無意識に身体を強張らせた。


「それ誰? 男?」


 すっと細められた瞳が、こんな恐ろしい色を放つなんて知らなかった。


「え、…あ。うん。男、の子…」


 小晴は、状況を飲み込めないまま恐る恐る質問に答えた。


「さっきの奴?」


 一つずつ聞かれる質問はまるで尋問みたいだと可笑しな錯覚を覚える。距離は変わっていないのに、拓也が急にうんと遠くに離れてしまったような気分だ。


「えっと…、そう。うん、遥生くん」


 遥生の名前を出すと、拓也の空気がより一層冷えた。ひゅっと静かに息をのむ。


「遥生“くん”ね。そっか。仲良いんだ?」


 目を合わせるのが、なんだか怖い。


「…う、うん。最近よく話しかけてくれて」

「へー…」


 視線をさりげなく外したところで、落ちてきた声に肩がビクリと跳ねた。


「そいつ、小晴に気でもあるんじゃない?」

「え!? ない、ないない。ないよ。やだなあ。タクくん考えすぎ」


 突拍子のない話が飛び出し、小晴の目が綺麗に丸く見開いた。遥生が自分のことを好きだなんて、そんなことはあり得ないと笑う。


「……、考えすぎね」


 歯牙にもかけない小晴の態度をじっと見つめた後、拓也が小さく呟いた。その声は普段の数段も低く、瞳も笑ってはいなかった。拓也の冗談だとばかり思っていた小晴も、なんだか雲行きがおかしいことに気が付き口角を下げる。瞳の奥が困惑と不安でゆらゆらと揺れていたが、拓也は一切そこには触れなかった。


「ふぅ~ん、そっか」


 短い沈黙のあと、考えに整理がついたのか拓也はやっと口を開いた。


「わかった。変なこと言ってごめんね」


 感情を隠すような単調な態度は末恐ろしかった。きっと一人で結論を出したのだろうが、どんな答えを導き出したのか小晴には分からない。形だけの謝罪は、足元から血の気を引かせるのに十分だった。


「それで、なんだっけ、駅前のカフェ? 誘われたら行くの? そいつと」


 最初に戻された会話は、比べられないほどに冷え切った温度を放つ。


「え…、い、行かないよ? それに、誘われてはないし…」


 どうしてそのカフェに遥生と一緒に行くのかもわからないが、小晴が出した話題が拓也の地雷を踏んだのは明白だ。


「私はただ、タクくんと行けたら楽しいかなって、思って…」


 段々と小さくなっていく声は、なんだか言い訳をしているみたいに聞こえた。


「なるほどね…」


 今度は深いため息が拓也の口から出ていく。また重苦しい沈黙が訪れ、小晴は胃のあたりがきゅうっと締めあげられるような感覚を味わった。逃げ出したいくらいの空気の中、何も言えずにただじっとしていると、おもむろに拓也がスマホを見た。そしてソファから立ち上がる。小晴の視線も自然と上がり、拓也を見上げる。


「そろそろ行こっか。講義遅れたら良くないし」


 まだ一緒にいたかったが、もう一緒に居られる雰囲気でもなくなってしまったため、小晴はせっつかれる様に頷いた。


「俺、先出る。小晴はあとから来なよ。周りにバレたくないでしょ?」


 彼の優しさであるはずなのに、目も声も言い方も全部が怖かった。まるで当てつけのようにも感じて委縮してしまう。


「またね。小晴」


 拓也は最後まで冷静だったけれど、纏う空気は氷点下のような温度だった。引き止めることも出来ずに、ただ去っていく拓也の背中を見送った。


(私タクくんのこと、怒らせた、よね?)


 もしくは、傷つけてしまったのかもしれない。朱音たちに引き続き、なにかやらかした自分の足りなさを自覚する。小晴は呆然としながら、なにか取り返しのつかないことをしでかしたと、漠然と感じていた。



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