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恋人未満、スキャンダル以上——これは恋じゃない。ホラーです。  作者: さくらしゅう
第五章 噂の元カノ

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第59話 波紋



 スマホの画面を見ているだけなのに、口元が勝手に緩む。


(今日も俺の彼女が可愛い)


 拓也はニヤニヤと気持ち悪い顔で、たったいま来た文字を眺めた。


(は~、可愛すぎて死ねる)


 感情を抑え込もうとした結果、スマホを握りしめる力が増して画面に電源OFFを選択するボタンが表示された。慌てて画面を戻して、溜息を吐く。


(俺、やばいな)


 胸中で呟いた独り言が、より自分の気持ち悪さを際立てているようで尚更肩を落とした。それでも画面に視線を戻せば、口元がだらしなく緩む。


「おーい、朝から顔が溶け切ってますけど~?」


 後ろからそれとない衝撃とともに、聞き慣れた声がした。


「んだよ、お前かよ」


 振り返って顔を見て、一瞬前までのテンションが急降下する。


「俺で悪かったな。つうか、まじで恋愛脳爆発したみたいな顔してんじゃん」


 珍しさなど欠片もない見慣れた悠真が立っていた。悠真は茶化しとも嫌味ともとれる悪口を言いながら、隣の席に荷物を放る。ドカッと雑に席に座った男は、呆れた顔で拓也の顔を覗いた。


「うっせえな」


 自分でもおかしいと分かっていることを悠真に指摘されるのは、この上なく癪だった。


「で? 肝心のお姫様には追いつけたわけ? って、その顔が既に物語ってるよな。は~あ。こっちはあの後、死ぬほど詰められたってのに。お気楽でいいですねえ、うちのサークルの王子様は」


 悠真はわざとらしくため息を吐く。


「それは…、悪いとは思ってる」


 言いたい放題の言われようではあるが、確かに文句を言われても仕方ないことをした自覚はある。拓也は言われるがまま一昨日のことを思い出し、バツの悪さを覚え言葉を濁した。


「いや、それは完全に思ってねえ奴の顔だなあ」


 拗ねた子どものような顔をした拓也を悠真は鼻で笑った。


「~っ、悪かったよ!」

「うん。まじでなんか奢れ?」


 間髪入れぬ肯定と、据わった瞳を向けられ拓也は忌々し気に舌を打ち鳴らす。


「なにがいいんだよ」


 半ばやけくそに言葉を吐き捨てる。悠真は待ってましたと言わんばかりに口笛を吹いた。


「拓也さん太っ腹じゃん。物は試しに言ってみるもんだな」

「やっぱなし」

「は、ねえよなあ?」


 細められた瞳が怪しく光り、形のいい唇が三日月の形に上がった。その猫のような皮肉さは、拓也の反抗心をぽっきりと途中で折るには十分だった。拓也が交渉を放棄した態度に勝ちを確信した悠真は、ご機嫌な様子で鼻歌を歌い「なに奢らせようかな」と、愉快げに呟く。


「…うぜえ」


 拓也は、一連の悠真を横目に小さく毒づいた。


「おーい、拓也くん。誰のフォローで今うまく言ってるかわかってんの?」

「あー、はいはい、俺が悪かったよ!」


 いい加減しろよ、とでも言いたげな瞳とかち合い、すぐに白旗を振る。


「わかれば良いんだよ、わかれば」


 乾ききった笑いに加え冷たい視線を投げられ、流石に拓也も少しだけ反省する。そんなタイミングだった。


「あれ? 拓也に悠真?」


 女子特有の甲高い声がふたりの名前を呼んだ。その声に、ほぼ同時に声の方を振り返る。


(は? なんで?)


 そこにいたのは、俺が最も会いたくなかった女だった。



 *



「相変わらずだね、二人とも」


 なぜか隣に腰を下ろしたそいつは、きゃっきゃっと楽し気に調子の良いことを言っている。


「そういう一ノ瀬(いちのせ)さんだって、相変わらずの美人じゃない。つうか、もっと磨きかかったんじゃない?」


 一応、相手の話に乗っている悠真だが、貼り付けたような笑みはわかりやすく目の奥は笑っていない。ちらちらと拓也を気にしながら、表面だけでこの場面を乗り切ろうとしているのが見て取れた。


「え、他人行儀すぎない? みんなで結構遊んでたじゃん」


 悠真に一ノ瀬と呼ばれた女は、綺麗に整えられた眉をひそめて不満げな表情を浮かべる。


「確かにそうだけどさあ」


 ちらっと、また悠真は不機嫌そうな拓也に視線をやった。


「あ、私と拓也が付き合ってたから気まずいんだ」

「相変わらずドストレートにぶっこむねえ」


 笑い飛ばそうとして失敗した悠真は、絵に描いたような苦笑いを見せた。


「別に、もう別れて1年近いし気にしないでよ。友だちでしょ?」


 あっけらかんと言う彼女は、周りの微妙な空気など歯牙にもかけない。


「俺は気にする」

「えー、なにそれ。拓也気にしてたんだ。なんか可愛い」


 切り捨てるように吐いた拓也の言葉すら、彼女は可愛い戯れように笑った。拓也の頬を遠慮なく、指先でつんつんとつつく。


「触んなって」


 彼女、一ノ瀬瑠華(いちのせるか)の指を拓也が煩わしそうに振り払った。


「つい。ごめんごめん」


 温度差が違いすぎる二人に悠真は一瞬遠い目をした。


「つうか、この単位。瑠華んとこも取るやつなの?」


 地獄みたいな空気を変えるべく間に入って話を変える。


「ううん。今日は友達の付き添い。付いてきてってうるさいから」


 お姫様気質の性格は相変わらずのようだと思った。


「じゃあ、早く戻ってやれよ」


 拓也もここぞとばかりに席を離れるように言うと、瑠華の表情が変わった。


「えー。なんで? 久しぶりに口きいたと思ったら、結構ひどいこと言ってない?」


 まるで自分の扱いが不当であるかのような言い草だ。


「言ってない。つか、まじで講義始まるから戻れって」

「なんで、意地悪。せっかくだから一緒に受けようよ。もう席ついちゃったし、動くの面倒くさい」


 出た出た。お得意の面倒くさい、と吐き捨てるように悠真は心の中で呟く。もはや懐かしいまである。


「ほんと、そういうとこだろ」


 拓也も我慢ならなかったのか、ぼそっと呟いた声はしっかり音になっていた。


「なに? なんか言った?」


 空気が凍る。


「別に」

「…なにそれ。やな感じ。私やっぱり戻る」


 瑠華は興覚めした様子で、光沢を帯びた小さなエナメルバッグを掴むと席を立った。拓也を一瞥する瞳は、美人なのも相まって氷のような冷たさと迫力があった。


「あ、そうなの。じゃね、瑠華ちゃん」

「うん、またね。悠真」


 にこっと可愛らしく笑った瑠華に手を振りながら、悠真は「外だけは完璧なんだよなあ」とだいぶ失礼なことを思う。

 やっと拓也の元カノが去って、悠真の口から自然とため息が漏れた。


「相変わらずだったな、お前の元カノ」


 テーブルに肘をつきながら、黙ったままの拓也に呟く。


「ああ、お前の地雷だったっけ」


 何も反応がない相手を振り返り、複雑な表情をしている拓也に気が付く。


「別に。もう終わったことだから」


 素っ気ない返しは、考えたくもないという意味だろう。


「まあ、今は大事な彼女いるもんな」

「…、あの子に迷惑はかけない」

「だと、良いけど」


 もやもやとした感情が解消されないまま、講義が始まった。



 *



「小晴さーん!」


 食堂でひとり座っていたところ、すこし離れたところから名前を呼ばれた。


「? 遥生くん…!」


 ぶんぶんと大きく手を振る学生は、目が合うと満面の笑みでこちらに駆け寄ってきた。何か用なのかと驚きながらも、自分のところに辿り着くまでの間を見守った。


「どうしたの?」

「見つけたら、なんか嬉しくて来ちゃいました」


 すぐ傍まで寄った遥生に尋ねると、えへへ、と照れた様子で頬を赤らめて笑う。ストレートな言葉に少しドキッとしながら、後輩としてだろうと思い直して小晴は「そっか」と笑みを返した。


「今、何してたんですか?」

「特に何も。次の講義まで暇つぶし」

「今日は一緒にいないんですね、朱音さんと陽介さん」


 遥生は、二人の姿を探すようにキョロキョロと辺りを見回した。


「うん。二人は後から合流するよ」

「じゃあ、移動するまで話してていいですか?」

「え、あ、うん。…隣座る?」

「やった!」


 少し予想外だったが、光が弾けるように笑う後輩に悪い気はしなかった。隣に座った遥生からウキウキとした空気がダイレクトに伝わってくる。


「実は、この前の飲み会全然喋れなかったから。俺、ずっと小晴さんと喋りたいなって思ってて」

「そうなの? 確かに合宿以来かな」

「そう、だから今日は小晴さん見つけられてラッキーです」


 チョけるような片手Vサインを見せられ、思わず笑ってしまった。


「私なんかで良かったら、いつでも話し相手になるよ」

「あー! 言いましたね? 言質とりましたよ」


 なにがそんなに嬉しいのか、遥生の表情がさらにぱあっと輝く。


「言質って」


 ひとつひとつの言い回しが面白くて、小晴はクスクスと笑った。



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