第51話 見送られる背中
撮影部隊が戻ってくるのを待つ間、借りたフェイスタオルから派生して遥生の好きなバンドの話になった。意外と話が盛り上がり、楽しそうに話す遥生ににこやかに相槌を打っていたら、ポケットに入れていたスマホがブッーブッーと震え始めた。スマホを取り出したところで、自然と会話が止まる。画面には、陽介の文字。カメラマンをしているはずだが、何かあったのだろうか。小晴は、通話をオンにして耳に当てた。
『あ、出た』
四角い精密機器から聞こえた陽介の第一声は、それだった。
「どうかしたの?」
なにかトラブルでもあったのかと思いながら尋ねる。
『そっちにカメラのバッテリーの予備ある?』
背後では、撮影中のざわざわとした音が聞こえた。陽介の質問に小晴は、後ろを振り返った。みんなの荷物が置かれた中央に、撮影用機器類の荷物が鎮座している。
「待ってね。確認する」
スマホを肩と耳で挟んで、斜めに傾いたまま四角いアタッシュケースを掴んだ。引き寄せて中身を確認しようとした時、横から手が伸びて小晴のスマホを掴む。驚いて目だけを向けると、遥生がスマホを支えてくれていた。口パクで「ありがとう」と告げて、素早くケースを開ける。カチャッと留め具の金属音が鳴った。
「あ、あるよ」
すぐにバッテリーは見つかった。
『うわあ、良かった〜』
スマホの向こう側から心底安堵した声が聞こえた。
「バッテリー切れそうなの?」
ケースからバッテリーを取り出しつつ、遥生からスマホを受け取る。
『うん。完全に充電されてなかったみたいでさ。慌てて電話してみた。ほんと助かった、ありがとう』
「私はなにもしてないよ」
大したことないトラブルで良かった。小晴は陽介とのやりとりに僅かに笑みを溢した。
「それで、どうしたらいい? そっち持っていこうか?」
『ごめん、お願い』
申し訳なさそうな声。見えていないのに今、陽介がどんな顔をしているのか簡単に想像がつく。
「わかった。今持っていくね」
通話を切って、小晴は遥生を見た。
「ごめん、遥生くん。バッテリー届けなきゃいけなくなったから、ちょっと行ってくるね。ここ任せてもいい?」
元々、ここは自分の持ち回りだったのに、一人任せてしまうことに些か悪いような申し訳なさが立った。
「全然。行ってきてください」
しかし遥生は、まるで小晴の罪悪感を吹き飛ばすように、一寸の嫌味もない笑みを浮かべた。
「…、ありがとう。行ってきます」
ほんの少しだけ躊躇うような間のあとに、小晴は眉を下げて控えめに笑い返した。遥生に見送られ、陽介たちのいる場所へ駆け出す。相変わらず太陽の光は容赦がなかったけれど、出来るだけ早くバッテリーを届けなくちゃという使命感があった。蹴り出した音が、茹だる暑さの中に溶けて消える。
そんな小晴の後ろ姿を遥生がとても眩しそうに見つめていたなんて、当人は知る由もなかった。
*
過密なスケジュールの一日をこなし、なんとか全チームが夕食までに作品を完成させることが出来た。大広間には、チームごとに夕食の席が設けられ、色彩豊かな料理が並んでいる。和気藹々とした空気が流れるなか、この後に控えた映像作品発表にみんなのドキドキとワクワクが一緒に詰め込まれている。去年の流れと同じであれば、夕食の後半に前方に設置された大きなスクリーンに各チームの映像が流れて、優勝作品を投票で決めるはずだ。どこのチームも朝時点より一致団結したワンチームのような空気を纏っている。
小晴たちのところも、仲間意識のようなものが芽生えていて全員が優勝を狙っていた。みんなで完成した映像を確認したときは、達成感が凄かった。みんなで協力して作ったというのもあるし、あの灼熱地獄の中で頑張ったというのも、かなり要素として大きい。あとは優勝だけだ。
なんとなく3年生、2年生、1年生の並びになっている席に腰を下ろす。小晴の真向かいに座った隼と陽介は、相変わらず仲良さそうに喋っていて、ずっと二人でカメラと編集談義に明け暮れている。
カメラに興味のある遥生をはじめ、他の1年生たちも興味津々そうに二人に視線を注いでいた。
「みなさん! 今日はお疲れ様でした!」
ざわついていた広間に、筋の通った声が広がった。まるで鶴の一声のように場が静かになる。全員の視線を集めながら、臆することなく堂々と立っているのは、拓也と同じ代表組の美沙だった。
「全チームなんとか作品が完成できて何よりです。各映像の発表は、この後19時頃に行います。投票は、グルチャに貼ったリンクの投票フォームから行うので、できない子は今申し出てください」
美沙の説明を聞きながら、小晴はあることを思い出していた。
(そういえば、美沙さんって拓也さんとチーム同じだったんだっけ)
昨日のバスでの仲の良さそうな光景を思い出して、心に靄がかかった。小晴が落ち込んでいる間に全体の話は、今後の流れから確認事項に移り、乾杯の音頭へと切り替わっている。伏せた瞳にまぶたを縁取るように伸びたまつ毛が影を落とした。「はるちゃん」と、小さな声で名前を呼ばれた。声の方を見てパチパチと瞬きをする。
「乾杯!」
鼓膜の中でその声が弾けるように聞こえたかと思うと、カチンとグラスが鳴った。小晴の周りでも口々に「お疲れさま〜」と言い合って、グラス同士が響き合う。小晴も慌ててグラスを掲げる。愛想笑いに近いぎこちなさで、みんなと今日という一日を労いあっていると、陽介のグラスが目の前に差し出され目が合った。「お疲れ様」という言葉と共に、にこりと微笑まれる。小晴の瞳の奥が僅かに煌めいた。
(なんで、陽ちゃんって全部わかっちゃうんだろう)
陽介の前で泣いてしまった時も、拓也と悠真のどちらも振ろうと決めた時もそうだった。小晴は何も言わなかったのに、陽介は最初から分かっているような顔をしていた。カツン、と小晴と陽介のグラスが鳴る。小晴のぎこちなかった口元が少し緩んで、いつもの笑顔が浮かんだ。




