第47話 言いかけた言葉
ジェスチャーゲーム、○×クイズ、お絵描きリレー。3種類のチーム対抗のポイント制ゲームを終えて、十分に温まった空気のまま会は、飲み会へと移行した。全員に飲み物が配られ、みんなの前に乾杯の音頭取る人が立っている。
「今日はお疲れ様でした! 明日は撮影もあるので、各自楽しみつつ一致団結して頑張りましょう。かんぱーい!」
乾杯の音頭を皮切りに、ざわめきが広がりガヤガヤとした飲み会の空気に変わる。最初はレクリエーションのチームの中で乾杯し、少しずつチームを離れ、仲良い人、話したい人のところへ散っていく。
ワイワイと盛り上がっている飲み会も終わりに近い中盤に差し掛かった頃、さっきまでみんなと一緒にいた小晴は一人ポツンと会場の隅に座り、全体をぼーっと眺めていた。朱音は他の女の子たちに誘われて、玲央と陽介が大広間から一次離脱している。そんなタイミングで、ふいに声を掛けられた。
「小晴ちゃーん、ひとり? 陽たちは?」
隼が隣に男子を連れて話しかけてくる。ほのかに頬が赤く、隼がアルコールを飲んでいるのがわかった。
「陽ちゃんは知らないけど、玲央くんは部屋になにか取りに行くって。朱音ちゃんは、向こうで飲んでるよ」
端的に伝えると、隼は少し力の抜けた目でへにゃりと笑う。平常時よりも柔らかさが増して、なんだか気持ちよさそうだ。
「じゃ、お隣失礼して。何飲んでんの? お茶?」
「ううん、一応お酒」
「お酒飲めるんだ。てっきり無理なのかと思ってた。昼間、お茶にしてたでしょ?」
まるく見開いた目は、リアクションとしては若干大袈裟だった。小晴は、昼間に飲んでいた飲み物を覚えられていたことに驚きつつ「うん」と頷いた。
「お酒の味そんなに得意じゃないから」
まだ飲めるようになって1ヶ月ちょっとしか経っていない小晴の飲酒経験としては、悠真と行ったデートが最後だった。
「でも、ちょっと雰囲気楽しみたいかなって」
せっかくのサークル合宿で飲まないのも勿体無い気がして、背伸びをしてお酒にした。けれど、やっぱりアルコールの味は独特で、さっきから同じものをちびちびと飲んでいる。やっと、それも終わりが見えてきた。
「そうなんだ。あ、てかさ。こいつのことわかる? 同じ2年なんだけど」
急に話が変わって、隼の隣にずっといた男子の話題に移る。
「う、うん。なんとなく、だけど」
小晴は、脳内をフル稼働させながら曖昧に頷いた。それから、やっとそれらしい情報を思い出して、隣の男子に目を向ける。
「前に朱音ちゃんたちと一緒に動画作ってた?」
外れていないかドキドキしながら、答えを待つ。
「あ、そうそう! え、嬉し〜! 認識されてる!」
正解だったみたいだ。小晴は、ホッと胸を撫で下ろした。
「俺、椿さんと話してみたいと思ってたんだよね。小晴ちゃんって呼んでいい?」
前触れもなく急に近づいた距離にびっくりして、反射的に体が1センチほど仰け反った。
「あ、ごめん。俺、涼矢」
悪気はないのか、すぐに元に戻った涼矢は自己紹介をしてくれた。ぺこりと頭を下げる。少し沈黙ができて、小晴はおずおずと口を開いた。
「えーっと、涼矢くんって、呼べばいい?」
確認するように聞くと、ニコニコ笑顔で頷かれる。
「おい、いきなりすぎ。ごめんね、小晴ちゃん。こいつ、まじで調子いいんだわ」
「う、ううん。大丈夫だよ。ちょっとびっくりしてるだけ」
当たり障りないように小さく微笑む。しかし小晴の心臓は、サークル合宿という非日常にいつもよりドキドキとし始めていた。そんな小晴の内部事情などつゆ知らず、隼が「うわあ」と顔を覆った。びっくりして見ているとガバリと顔を上げた隼と目があった。
「まじで小晴ちゃん優しいわ。今まで喋ってなかったのもったいなさすぎた。勝手に喋りにくいって思ってた」
「そ、そんなことないよ。隼くんが喋りやすいだけだと、思う」
突然の告白は、随分と過大評価されていて、喋りにくいと思われていたショックも相まって、否定しながら段々と語尾が小さく尻つぼんだ。
「つかさ、今度俺らとも遊ばね? 2年生同士仲良くしたいじゃん」
「いいね! 俺も小晴ちゃんと仲良くなりたいかも」
「え、あ、…うん。予定合ったら…」
小晴は急な誘いに、どう返したらいいかわからなくて曖昧に返事をした。誘いに乗るのは拓也に悪い気がした。でも、まだ彼氏という単語を出せるほどの勇気はなかった。ここに朱音がいたら、きっと角の立たない断り文句の一つや二つすぐに出てくるに違いない。
「えー。そこは予定合わそうよ」
涼矢に苦笑いをされてしまう。
「あ、じゃあ朱音も誘って2:2は? そしたら小晴ちゃんの気まずくない?」
「えっと…、うーん。どうかな。朱音ちゃんも忙しいし…」
改めてされた提案にも曖昧な返事になる。気まずい空気を誤魔化すように小晴はお酒を一口飲んだ。
「てかてかー、小晴ちゃんってどんな人タイプなん?」
「タイプ?」
涼矢の質問に首を傾げる。
「そうそう。あ! うちのサークルだと誰? やっぱり小晴ちゃんも悠真さんか拓也さんファン? それとも、玲央か陽介だったりして」
最高の質問を思いついたと言わんばかりに、涼矢の瞳がキラキラと輝く。答えづらい質問に小晴の目が揺れた。だけど涼矢は期待のこもった目で小晴を見ていて、答えないと終わらない空気が周囲に充満している。
「…、陽ちゃんと玲央くんは友だちだから、そういう風に見たことないかも」
拓也と悠真のことには一切触れず、小晴は苦し紛れに事実だけを伝えた。
「あ、へ〜」
空気が一瞬、止まったようなリアクションだった。
「え、じゃあどんな人タイプ?」
まるで意外と言われているような、妙な空気を感じて、小晴は少しだけ戸惑いを覚える。追い討ちをかけるような質問は、小晴を困らせた。
「え、うーん、」
脳内に思い浮かんだのは、拓也だった。答えられるわけもなく目が泳ぐ。
「優しい、人かな」
少し考えて、そう答えた。拓也を思い返している自分がなんだか恥ずかしくて、照れたように笑った。
「そういえば、前に拓也さんと悠真さんに同時に名前呼ばれてた時あったよね? あれ、なんだったの?」
心臓がザワっと揺れた。一瞬動きが止まって、誤魔化すように笑顔を浮かべる。
「そんなこと、あったっけ? ごめん。覚えてないや」
「え、覚えてないの? 結構みんなに衝撃走ってたよ。あれ」
「へー…、そう、だったんだ」
動揺してることを知られたくなくて、お酒で口元を隠そうと缶を傾ける。いつの間にか飲み干していて、口の中にアルコールの香りだけが注がれた。肩透かしを食らったような気持ちで、缶を口から離す。
「でもさ、さっき陽は友だちって言ってたけど。本当の本当はどうなん? めっちゃ仲良いじゃん。実際付き合ってないの」
Uターンして戻ってきた陽介の話題に、流石の小晴も苦笑いを浮かべた。空の缶を片手に持ちながら、隼を見る。
「ほんとに、ただの友だちだよ」
納得してくれたのか、隼はあっさりとこの手の質問から手を引いた。
「じゃあさじゃあさ、俺とかどう? 可能性ある?」
涼矢が自分のことを指差して、グイグイと詰め寄る。
「え、いや。そんな急に言われても」
「小晴ちゃん困ってるって、酔いすぎ。まじごめんね、こいつデリカシーなくて」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
勢いに気圧されて困っていたら、隣から隼が諌めてくれる。申し訳なさそうな顔をしている隼に首を振りながら、ドキドキと脈打つ心臓を宥めすかす。
「あ、お酒追加する? もうないでしょ、それ」
「え、あ、…うん」
いつ気がついたのか、話を切り替えるように隼が小晴の手の中にある缶を指差した。
「甘いのなら飲める?」
「あ、ありがとう」
本当はもうお酒はやめておこうと思っていたのに、断りきれずに頷いてしまった。
「持ってくるね。待ってて」
空き缶も回収して、隼は立ち上がった。小晴と涼矢を残して、行ってしまう。隼がいなくなったことで、小晴の中の気まずさの矢印が急速に上を向いた。何を話そうかとオロオロしていると、涼矢の方から口を開いてくれた。
「つかさ、小晴ちゃん手ちっちゃいよな。指超きれーなんだけど」
「え、」
急に手を取られ、ビックリする。涼矢を信じられない瞳で見たが、彼の視線は手に向けられていて、小晴の様子に気がついていない。
「ほら、俺の手見てよ。ちっちゃ〜。かわい〜。めちゃくちゃ女の子って感じ」
「え、…、わ、ほんとだね」
ニコニコと悪気のない顔で言われ、さらに困ってしまった。悪意があるわけでもない涼矢に対して、急に手を引っ込めるのも悪い気がして、でも触られるのも嫌で。どうしたらいいかわからなくて周囲を見回す。だけど、仲の良いみんなは誰も近くにいない。
(ど、どうしよう…)
相手を立てつつ、うまく切り抜けるには何が最善なのか。
「小晴ちゃんってなに好き? イタリアン? 和食? あ、パンケーキとか?」
なぜか手を離されないまま質問が続く。完全に困り果てていたタイミングで、誰かが「小晴」と名前を呼んだ。
「さっき陽が探してたけど。…あ、ごめん。なんか邪魔した?」
一瞬、時が止まった。目の前に現れた悠真に小晴の目が大きく見開く。小晴の手を掴んでいた涼矢もビビったのか、自然と手が離れた。
「いや、全然っす」
悠真にぎこちなく笑う涼矢は、酔いが覚めたような顔をしていた。
「そ? 俺、あっち戻るけど小晴も一緒行く?」
自然と悠真の視線が小晴に戻る。自分たちの間にわだかまりが何もないかのようなスマートな誘いを受けて、僅かに返事が遅れた。「あ、はい」とワンテンポ遅れて、頷く。
「ごめんね、涼矢くん。隼くんにもごめんねって言っておいて」
「うん、また話そう」
涼矢と解散し、悠真に連れられるように大広間から出る。出てすぐのところで悠真が立ち止まった。小晴も自然と止まり悠真を見ると、目が合う。
「大丈夫だった?」
開口一番の悠真の言葉の意味が、よくわからなかった。困惑する小晴を目前にして、悠真の顔が気まずげに歪む。視線が逸れて、何か知られたくないものがあるかのように、悠真は首を掻いた。
「あー…、陽が呼んでたっての嘘。困ってそうだったから」
言うか言わないか逡巡したと分かる時間を置いてから、結局小晴に説明してくれる。力なく笑った悠真を目にして瞳を丸くさせた後、小晴は力が抜けたような笑みを溢した。
「声、かけてくれてありがとうございます」
ちょっと泣きそうな、でも嬉しげな、なんとも言えない顔だった。ずっと避けられていたのは感じていた。でも仕方ないと思っていた。寂しさを感じていたけれど、そんなことを言うのは悠真の気持ちを断った自分が感じてはいけないものだったから、全部蓋をしていた。だから、悠真が助けにきてくれたことが嬉しくて、同時に苦しかった。嬉しいを表現するのが、良くないことだってことは、よく分かっていた。
悠真を直視出来なくて、小晴は揺れる瞳を見せないように伏せた。重たい沈黙が二人の間に流れる。唾を飲み込むのも躊躇われるような時間の中、悠真がおもむろに口を開いた。
「あいつとは? もう付き合ったりした?」
「え、…あ、」
悠真の軽口に何でもないこととして返せればいいのに、動揺して耳が真っ赤に染まる。それは、口よりも雄弁に全てを語っている。悠真は、何かを堪えるように瞳に力を入れた。
「……幸せそうで何よりです」
ため息を吐いたあと、死んだ魚のような目で遠くに視線をやる。選んだ話題を悔いているような、投げやりさがあった。
「俺じゃなくて、あいつが助けりゃいいのにな」
自嘲めいた悠真の言葉に、今度は小晴が息を詰まらせる。悠真には、バレたらダメなのに小晴の表情は非常にわかりやすかった。小晴自身も表情から空気、間に至るまで、自分が素直に反応してしまったことを後悔した。
なぜか二人の関係がうまくいっていないことを察知した悠真が、何か言いかける前に、勢いよく顔を上げる。
「い、一旦私お手洗い行ってきます! 陽ちゃんと口裏合わせなきゃ。助けてくれて、ありがとうございました!」
拓也が距離を置いているのは小晴のせいだ。だから、拓也が責められる点は一つもない。そして、悠真に伝えてしまうのが拓也に対しての一番の不義理だ。小晴は逃げるように悠真の前から立ち去った。
悠真は、ただそんな小晴の背を見送っていた。
お手洗い前までやってきて、小晴は足を止めた。少し上がった息を整える。ブブっと、ポケットの中のスマホが揺れた。スマホを取り出すとLIMEのメッセージが届いていた。送信元は朱音だった。
〈ごめん、気付かなくて〉
〈大丈夫?〉
小晴を心配するLIMEだった。〈大丈夫〉と返して、朱音のトーク画面を閉じる。もう少しで飲み会も終わる。一応、陽介に電話をしようとしたところで新着メッセージが飛んできた。朱音かと思い画面を見て、目を丸くする。
〈この後、会いたい〉
〈自販機のところ来れる?〉
短く送られてきたメッセージに心臓が高鳴った。




