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恋人未満、スキャンダル以上——これは恋じゃない。ホラーです。  作者: さくらしゅう
第二章 沈黙が横たわる夜

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第46話 言葉にしなかったこと



 宿に着いたのは、15時過ぎだった。バスが停車して、静かだった車内にゆっくりと音が戻ってくる。


「ふわぁ…、もう着いたの?」


 隣に座る朱音が、眠たそうな目を薄く開いてパチパチと瞬いた。


「おはよう。うん、着いたみたい」

「こは寝てないの?」

「ちょっとは寝たよ」


 午前中にみんなでゴムボートに乗って、川の激流を下るラフティングを楽しんだ後、サークルメンバー全員でBBQを満喫した。お酒を飲める人たちは飲んでいたから、朝の集合も早かったし、どっと疲れが出たのだろう。昼食後のバス移動は、ほぼ全員夢の世界に旅立っていた。


 ゾロゾロとみんなでバスを降りてチェックインを済ませた後、各自振り分けられた部屋へ荷物を置きに行く。夕飯までの時間は基本自由時間だったけれど、ラフティングを楽しんだ小晴たちは全員早めのお風呂時間として順番に効率よく回していた。


 大人が15人程度入れるくらいの大浴場は、広々としていてそれなりの人数で入ってもゆったりと足を伸ばせた。長距離移動で疲れていた体には心地よく、心身ともにじんわりとほぐれリラックスすることができた。

 一日かいた汗をシャワーで流して部屋着に身を包んだ小晴は、さっぱりした気分で暖簾をくぐった。ゆったりとした大きめのTシャツにカジュアルなズボンといったラフな服装は、寝間着というよりちょっと近所を散歩できるくらいの格好だ。まだお風呂上がりで火照った体は、ほんのりと赤く色づき、高めに結った髪から落ちた後れ毛が首筋に張り付いている。

 時間はまだ17時前。夕飯の時間までは、まだ余裕がある。


「なんか向こうで男子、UNOやってるらしいよ」


 少し遅れて暖簾の向こうから朱音が顔を出した。


「そうなんだ。朱音ちゃんは行くの?」

「こはも行こうよ。荷物置いてから」

「邪魔じゃないかな」

「なわけないじゃん。ほら決定。はやくいこ~」

「あ、待ってよ」


 小晴は先に歩き出した朱音の後を、慌てて追いかけた。








 一度小晴たちは、荷物を置きに部屋に戻った。スマホだけを持って談話スペースに行くと、既に廊下まで楽しそうな声が響いている。朱音と顔を見合わせて笑った。どうやらみんなでUNOに熱狂しているらしい。二人が男子らの輪の中に入る寸前、勝ちを確信した宣言が反響した。


「うっわ、また負けた〜」


 緊迫した空気が瓦解し、勝者以外の敗者たちが項垂れる。


「何で役持ちカードばっかなんだよ、俺」

「マジでドロー4連続はきびいだろ」


 それぞれが口々に不満を吐露する。それだけにカードゲームひとつで相当な白熱が、ここにあったことがわかった。


「やっほー、お疲れ!」


 タイミングを見計らって、朱音がひょっこりと顔を出す。


「あ、きたきた」


 天井を仰いで悔しがっていた一人が、座っていたソファから身を乗り出すように体勢を立て直した。


「おー、二人とも可愛いじゃん」

「でしょー?」


 男子の上滑りのような褒め言葉に、朱音はさして気にした素振りを見せずに軽い口調で返す。


「ふたりとも、いつもより雰囲気あるね」


 ゲームの王座を勝ち取った陽介は、勝利の余韻に浸るでもなく変わらぬ様子で二人に声をかける。


「なにそれ」


 小晴は、ほんの少しの気恥ずかしさを隠すように笑った。拓也に可愛いと思われたかった気持ちを見透かされたように思えたからだ。


「あ、二人とも座れば?」


 今日一日を通して仲良くなった、同学年のしゅんが席を譲ってくれる。朱音のちょうどいい遠慮のなさと気さくさが、場を和ませる。お礼を伝えつつ、小晴は陽介の隣に腰をかけた。


「玲央は?」


 着席してすぐに、朱音がこの場にいない「いつメン」の所在を尋ねる。珍しくサークルの集まりのほとんどで、ペアのように一緒にいる玲央の姿が陽介の隣になかった。


「夕飯まで部屋で寝てるって、風呂上がって速攻布団引いてたよ」

「なーんだ、くればよかったのに」


 朱音が残念そうに唇を尖らせた。


「あれあれあれ、朱音さん。さみしいんですか〜?」


 揶揄う調子のいい男子に、朱音は笑って「ウザ」と言い捨てた。そのやりとりにクスッと笑う。隣の陽介も似たように笑っていて、自然と目があった。


(玲央くん、大人数で騒ぐのそんなに好きじゃないもんね)

(昼間でだいぶ疲れてたからね)


 何も言っていないのに、会話は成立していて、お互い目を見合わせて微かに微笑んだ。








 悠真は大浴場からの帰り、たまたま談話スペースの横を通りかかったところだった。1学年下の2年生たちが集まって、楽しげにゲームをしている場面に出くわす。わいわいと盛り上がっている声につられて視線を向けた。


 男子ばかりの中に女子が二人、合宿中によくある光景だ。けれど、その中の一人に悠真の視線を自然と吸い寄せられた。一瞬、目を奪われ足が止まる。気がつけば、楽しそうに笑う小晴か視界のど真ん中に位置していた。もう諦めたはずなのに、彼女の笑顔が色鮮やかに映る。悠真は、視界から小晴を消すように瞳を伏せた。


(フラれても未練がましいのが一番ないって思ってたのに、なんだこれ)


 ジクジクと痛み出した胸に、どうしようもない感情を覚える。


(つうか、無防備すぎ。なんだよ、うなじはダメだろ。しかも男子に囲まれて。って、あー。もう、忘れる予定)


 すでに小晴は、拓也のものだ。勝負に負けた自分が出る幕はない。そうわかっていたから今日一日避けていたのに、予想外の目撃をしてしまった。まさかここで一切の頑張りを無に返されるなんて思っていなかった。まるで、辛酸を舐めさせられた気分だ。


 軽く舌を打ち、無理やり意識をズラす。しかし彼らの笑い声が耳を引っ張るように、もう一度目を向けたくなった。


(ほんとに、どうでもいい奴だったらこんなに気にならねえのに)


 くだらない未練も感情を全て遮断して、悠真はその場を後にした。








 夕食の時間が来て、そのままの流れで談話室からぞろぞろと移動した。それぞれ二人同士で肩を並べ歩く中、小晴は陽介の隣を歩いていた。


「それ、たっくんのために頑張ったの?」


 誰にも聞かれないようにこそっと、陽介が耳打ちしてくる。やはり、さっき見透かされている気がしたのは間違いではなかったようだ。改めて言葉にされて、小晴はサッと頬を赤らめた。


「たっくんイチコロだね」


 初々しさを楽しんでいるみたいに、陽介が瞳を細める。そんな彼を小晴は横目でジトリと睨んだ。


「陽ちゃん、楽しんでるでしょ」

「応援してんの」

「うそだ〜」

「ほんとほんと」


 陽介は、嘘が本当かわからない口振りで、小晴の追及をなんなく躱す。さほど談話室から大広間まで距離もなく、すぐに食事をする場まで到着した。陽介との会話もそこで終わる。大広間に順に足を踏み入れた小晴は、すでに集まっている人たちの中からすぐに拓也を見つけた。


 しかし、拓也は他の先輩たちと楽しくふざけ合っていて、こちらに気がつく様子は一ミクロもない。流れるように席についたところで、小晴はガックリと肩を落とした。隣に座った陽介が、呆れた顔で笑った。


「あからさまだな〜」

「な、なにが?」


 慌てて表情取り繕うが、陽介の目は全てを見透かしていた。


「落ち込んでるのわかりやすいよ」


 悪戯気に瞳を細めて、意地悪な顔をする。


「っ、うるさいな!」


 小晴が怒ると、陽介は楽しそうにケラケラと笑った。ちょうどそのタイミングで、寝起きみたいな顔をした玲央がふらっとやってきた。髪も服も乱れているのに、顔だけは相変わらず嫌味なほど整っている。


「玲央おはよ」

「お〜」


 陽介の挨拶に返したいつもより間延びした低い声は、先ほどまで寝ていたことが明白だった。


「玲央もきたらよかったじゃん」


 朱音が小さな子供のように不貞腐れた顔で文句を言う。


「眠かったんだから、仕方ないじゃん」

「ダメでーす!」

「何が」


 くしゃりと玲央の顔が歪み、吹き出す。当然の如く朱音の隣に座った玲央は、斜め向かいに座る小晴に目を止めた。


「あれ、なんか小晴気合い入ってる?」

「は、入ってないよ!」

「へ〜、」


 意味深に笑われて小晴は、再び顔を赤く染めた。


(ばれてる…)


 いつものメンバーには、どうやら何もかもお見通しのようだった。








 一方拓也は、小晴たちが大広間に来たところを遠目ながら、しっかり確認していた。


(楽しそうだな)


 一応、いつものメンバーで卓を囲んではいるものの、小晴の隣には今まで交流の薄かった同学年の男が座っている。確か、記憶が正しければ、というより確実にバスの最後尾に陽介と玲央と並んで座っていた2年生だ。パッと見ても小晴たちは、今日のバス、ラフティング、BBQで絡んでいた面々で座っているのがわかる。唯一救いなのは、女子が小晴と朱音以外にもいることだが――。


(なんで彼氏の俺が隣じゃないの、おかしくない?)


 さりげなく見ているつもりだが、その眼力は強い。


(玲央と陽以外の男とも話してるしさあ…、まじで全部意味わかんねえわ)


 不貞腐れたように視線をスマホに落とす。バスの中の1年しかり、陽介と親しい2年しかり。


(俺との関係バレたくないって言ったのそっちのくせに、距離とったら取ったでこっち見てきたり、じゃあどっちなんだよって話なんだけど)


 若干苛立ちながら、小晴のLIMEに当たり障りなく返した自分の言葉を読み返す。


(で、他の男とは普通に喋るってどういうことだよ)


 小晴の考えがさっぱりわからないだけに留まらず、まるで試されてでもいるかのような景色を見せられて、拓也の胃がキリキリと痛む。


 てか、かわいいな。くそ。

 他の奴ら、俺の彼女を視界に入れんなよ。


 拓也は、無邪気に笑う小晴を視界に入れて舌を打った。



 *



 結局拓也と目が合わないまま夕食は終わり、レクリエーションの時間がやってきた。一度解散して少しの時間を開けてから、もう一度全員が集合する。夕食時に配られた紙に書かれていた数字ごとにグループ分けがされ、チーム対抗のレクリエーションが行われるらしい。小晴は見事に朱音たちとはチームがバラバラで、少しの不安を抱えていた。


(大丈夫かな、打ち解けられるかな)


 数字の書かれた手のひらより一回り小さな正方形の紙の端を、両手できゅっと握りしめながらキョロキョロと辺りを見回した。そんな小晴に声を掛けてくれたのは、隼だった。


「あ、小晴ちゃんだ。小晴ちゃんもここ?」

「うん。隼くんも?」


 顔見知りがいて、少しだけ緊張がほぐれる。あからさまにホッとした様子を見せる小晴に、隼はおかしそうに笑った。


「そう。なんか俺ら、今日やけに一緒にいるね」

「確かに」


 バスの中でも、レジャー体験の時も、BBQも。ずっと同じグループ内にいたから、ほぼ丸一日一緒にいたような気持ちだ。


「なんか、小晴ちゃんといっぱい喋れてて嬉しいかも。今まで接点なかったから」

「え、や。その、こちらこそ、です」


 不意に投げられた好意的な言葉に、胸がふわっと浮く。真正面からのストレートな好意に、思わず照れた。泳いだ視線が手元の紙に注がれる。


「なんそれ、うける」


 弾かれるように視線を戻せば、隼は照れて萎縮した小晴を馬鹿にするでもなくカラリと笑っていた。


(さすが陽ちゃんの友だち。気さくな人多いなあ)


 小晴は、控えめな笑みを口元に浮かべて、気恥ずかしそうに視線を外した。



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