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恋人未満、スキャンダル以上——これは恋じゃない。ホラーです。  作者: さくらしゅう
第一章 波乱の始まり

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第44話 見えてしまう距離



 バスに揺られながら、小晴はふと視線を感じて隣に視線を向けた。通路を挟んだ隣の席の1年生の男子と目が合う。なんだろうと思ったあと、すぐに「あれ?」と首を傾げた。


「遥生くん」


 小晴は目を瞬かせた。確か、前期の講習会でちょこっとだけ話したことがあった子だと思い出す。


「え、覚えててくれたんですか?」


 小晴に名前を呼ばれた橘遥生たちばなはるきは、純粋に驚いた顔をした。


「うん、覚えてるよ」


 たしか学部学科も同じだった気がする。


「うわ、めっちゃ嬉しい。小晴先輩かなって思ってガン見しちゃって、すみません」


 くしゃった笑った顔は、人懐こい犬のようでくすりと笑えた。


「ううん、平気だよ。久しぶりだね、話すの。サークル慣れた?」

「はい! 小晴先輩のおかげで!」

「ええ、そんな大袈裟だよ。私何もしてないって」


 手を横に振って、小晴は慌てて否定した。


「いやいや、まじであの時助かったんで! 嘘じゃないッス」

「それなら良かったけど」


 そんな大したことをした覚えはない。若干腑に落ちないでもなかったが、そこまで言ってくれる遥生に悪い気もせず小晴はそれ以上否定するのはやめておいた。


「あ」


 会話が一旦着地したタイミングで小晴は短く声を上げた。自分の真後ろに陽介がいることを思い出して後ろを振り返る。


「陽ちゃん。覚えてる? あの時の遥生くん」


 隣の男子と話していた陽介が顔を上げる。小晴と目が合ったあとに、「うん」と頷いた。


「覚えてるよ。久々〜」


 陽介は小晴から遥生に視線を移して、いつも通りの人当たりの良い笑みを浮かべた。


「陽さんも、あの時はありがとうございます」


 遥生が律儀に頭をぺこりと下げる。


「僕はなーんにも。はるちゃんのお手柄だから」

「なになに〜。こはが1年と仲良いとか聞いてないんですけど〜?」


 ずいっと朱音が小晴に寄りかかるように身を乗り出した。ニヤニヤと揶揄うつもり満載の顔をしている。


「仲良いってほどじゃ。ただ講習会の時に、少し話しただけだよ」

「知らない間にこはが大人になってる」

「ちょっと朱音ちゃん。私もう成人してます!」

「そういう意味じゃないもーん」

「じゃあ、どういう意味!?」


 朱音と小晴の楽しげなやりとりが後部座席に響く。当然、このあとバスの後方組でお喋りの花をみんなで咲かせていくのである。








 後部座席組1、2年の盛り上がりが、バス前方の運転席側のところまで聞こえていた。きゃっきゃっと騒ぐ楽しそうな声に、最前列に座る拓也たちの会話も一旦止まる。


「後ろの方、盛り上がってるね」


 拓也の隣に座る同じサークル代表の美沙みさが小晴たちを話題にする。頷いたあと、拓也は後ろの声につられるように後方をちらりと振り返った。楽しそうにゲームしている後輩が視界に映る。

 だが、当然拓也の視線の先は小晴だ。楽しそうに無邪気に笑っている小晴を捉えて一瞬、目を細めた。


「つか、たけのこニョッキとか懐かしすぎん?」


 通路を挟んだ向かい側に座る男、隆哉たかやが口を開く。隣に座る圭太けいたもバスレクの定番だと頷く。そこに美沙も便乗して、去年の自分たちの思い出を懐かしそうに話した。


「そういえば、お前。去年の夏、彼女いなかったっけ?」


 懐かしい話に花を咲かせていたと思えば、急に圭太が思い出したようにとんでもなく迷惑な話題を口にした。


「あ、いたいた! 超美人な彼女」


 隆哉もまた余計な一言を喋る。


「たしかミスコン出てたっけ?」


 美沙も便乗して、もはや話題は拓也の元カノに移っていた。


「あれ? でもミスコン時期にはもう破局してなかった?」

「いい、いい。その話題」


 苦虫をかみつぶしたような顔で、拓也は煩わしげに片手を振った。


「触れられたくねえって顔じゃん」


 人の気も知らないで隆哉が笑う。


「でもあれからずっとフリーっしょ?」

「いいだろ。別に」


 彼女作るも作らないも、自分の勝手だ。誰かに後ろ指を指されるような覚えはない。


「もう彼女とか作らないの?」


 隣の美沙に一瞬だけ視線が落ちる。身長差で、自然と首を傾げた彼女の上目遣いを見てしまった。


「あー…」


 拓也は天井を見る。一瞬のうちに頭の中であらゆる思考をして、拓也は視線を美沙に戻した。


「内緒」

「なにそれ。秘密主義は嫌われるよ~」


 美沙が呆れた顔する。


「嫌われんの?」


 純粋に疑問が生まれて見つめ返すと、「うわ、最悪」と美沙にわざとらしく顔を顰められた。たぶん違った捉え方をされたんだと苦笑する。だけど否定する気も起きなかったから、拓也は誤解されたまま放置した。








 後方組でたけのこニョッキゲームが盛り上がる中、早々に一抜けた小晴は、ゲームの熱狂から少し距離を取って、さりげなく前方に視線を向けていた。


 代表組の3年生同士、楽しそうに話している。視線の先には、小晴があまり目にしたことがない、肩の力が抜けた楽しそうな拓也がいる。同じ代表の美沙とも親し気で、距離も近い。


(楽しそうだな…)


 拓也の隣で美沙が楽しそうに笑ったり、拓也がその距離を許してるだけで、チクチクと針で刺されているような痛みが胸の辺りでする。形式上、彼女になったけれど、小晴はまだ拓也とあの距離感では話せない。


(なんか、嫌だな)


 見ていたくなくて、小晴は瞳を伏せた。みんなで盛り上がってる楽しいバスの時間のはずなのに、心だけがずっとざわついていた。



 *



 高速道路に乗ってからしばらくして、バスはサービスエリアに到着した。


「15分後には出発するから、みんな遅れちゃだめだよ~」

「乗るバス間違えないようにな」


 代表組のアナウンスが響くと、がやがやとみんなが席を立ち始める。バスの出入り口には先に降りていた代表組の3年生のうちの二人が立っていた。拓也と美沙だ。降りるときに拓也をちらっと見ると目が合う。小晴の心臓がドキリと音を立てた。朝、小晴が目を逸らしてしまったから、今がちゃんと拓也と目が合っているかもしれない、と思う。


「朱音、遅れちゃだめだよ~」

「わかってますよ~」


 美沙と朱音が親しげにしている隣で、拓也が小晴にニコリと笑った。え、と声が出そうになって小晴は慌てて言葉を飲み込んだ。


「小晴ちゃんも、休憩ちゃんと取っておいでよ」

「っ、はぃ!」


 拓也に話しかけられるなんて、思っていなかったから声が裏返った。拓也が顔をくしゃくしゃにして吹き出す。小晴の顔が一瞬で赤色に変わった。


「ちょっと、も〜。拓也が急に話しかけたら大概びっくりするんだからやめなよ~。ごめんね、椿ちゃん」


 でも美沙の声で、一瞬で熱が引いた。


「い、いえ。びっくりしちゃって。変な声出してすみません」


 ちらっと拓也見て、小晴はすぐに視線を逸らした。

 だって拓也が柔らかな目で小晴を見つめていることに気がついてしまったからだ。ほんの少し耳が火照って、赤く染まる。


(やっぱり拓也さんの彼女は、私には身が持たないかも~…)


 不審に思われそうなほど、挙動がおかしくなりつつあった小晴を助けてくれたのは、ちょうどバスから降りてきた玲央と陽介だった。


「たっくんおはよ~」

「うちの代表今日も決まってんじゃ~ん」


 二人の茶化した挨拶に、自然とみんなの視線が向けられる。


「お前らも時間みろよ、ほんと」

「大丈夫だって~」


 玲央のウザ絡みをスルーした拓也に、陽介がニコニコと笑い返す。


「陽の大丈夫は全然信用ならないんだよなあ…」


 拓也はどこから遠くを見るような顔をしてから、胡乱げな目で陽介を見た。


「俺が見てるから大丈夫でしょ」


 怜央が、陽介をちらっと見る。


「怜央は、まあ安心だな。陽は怜央に任せるわ」

「任せてくださいよ」


 怜央が、ふっと嬉しそうに瞳を細めた。まるで弟みたいに得意げな顔をする。


「え、ちょ。二人してひどくない?」


 びっくりした顔をした陽介だけが、不服そうな声を上げた。仲良しな幼馴染たちの会話を聞きながら、小晴は誰にもバレないようにそっと拓也を視界に入れていた。


(今日もかっこいいんだよなあ、拓也さん)


 心の中でぼそりと密かに呟いた。



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