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恋人未満、スキャンダル以上——これは恋じゃない。ホラーです。  作者: さくらしゅう
第十三章 紫陽花の罪

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第37話 溶けかけのままで



 大学構内にあるコンビニでアイスを買った二人は、近くのベンチに腰を下ろした。二人の間に置かれたコンビニの袋からそれぞれアイスを取り出す。


「今日も暑いね〜」


 少し移動しただけなのに、ぶわっと汗が滲んでいた。


「アイス溶けちゃうね」

「ほんとに」

「テストお疲れ様」

「はるちゃんもお疲れ」


 お互い笑い合って、買ったばかりのアイスに視線を戻す。小晴は、黄色の包装をビリビリと破って、パクりと食べた。ミルクの濃厚さとパリパリとしたチョコの食感が口の中を満たす。テスト終わりに食べるアイスは、どんなご褒美より贅沢に感じた。


 隣でバリッとビニールを破る音が鳴る。二つのうちの一つを取って、口に咥える。特徴的なプラスチックの容器も、自分たちと同じように汗をかいていた。


「はるちゃんはさあ」


 アイスを啜っていた陽介が、おもむろに口を開いた。


「テストどうだった?」


 一瞬ドキッとして、拍子抜けた。


(なんの心配してるんだろ、私)


 ドキドキと鳴る心臓に、若干の嫌悪感が覚える。二人のことでも聞かれるのかと思った自分が憎い。


「まあまあ、かな」


 小晴は、ドギマギと返答しながら、困ったような苦笑いを浮かべた。目敏い陽介に挙動不審な様子をツッコまれたら、と少しばかりの心配が過る。


「今日のさ、問5のあれ。何て書いた? あれさあ、なんの予告もしてなかったじゃん。メモ残してるか残してないかギリギリで、流石にちょっと焦ったんだけど」


 けれど、小晴の心配を他所に、陽介はさっき受けてきたテストの話題を振ってきた。それだけで、ホッとする。


「うん。確かに。あそこさ、授業中はサラッと流してたのに、めちゃくちゃ書かせてきたよね。私もテスト中焦ったよ」


 問5の問題を思い出して、小晴もくしゅっと顔を歪めた。


「え、だよね。まじで焦るよね。あれ」

「うん、メモ残しててほんと助かった」


 テスト終わり特有の、どうでもいい話題をあーだこーだ言い合う時間の何て素晴らしいこと。チョコとミルクのコーンアイスを頬張りながら、小晴はもう自然と笑えていた。


「はあ~。ほんとテスト頑張った。明日から夏休みだよ」


 ベンチの後ろ側に両手を置いた陽介が、天井を見上げた。口に咥えたアイスは、まだ半分ほど残っている。


「なんか終わってホッとしたけど、夏休み、毎日会えるわけじゃなくなるから、ちょっと寂しいね」


 そんな陽介を見て、小晴はぽつりと呟いた。手元のアイスに視線を落とす。溶け始めたバニラアイスが、とろりとチョコレートに絡んでいた。


「ほんと、ほぼ毎日顔合わせてたもんね」


 気配を感じて顔を上げると、顔だけこちらを向いた陽介と目が合う。お互いの口元に柔らかな笑みが浮かぶ。


「うん」


 一拍置いて頷いた。それから、また小晴の視線は溶けかけたアイスへと落ちる。


「なに、どうかした?」


 アイスを見つめる小晴を、陽介は怪訝気に思ったのか、後ろ体重だった体勢を元に戻す。小晴の方へ前のめりになって、顔を覗き込むように見た。


「変なこと聞くよ?」


 ちらりと一瞬、陽介を横目で見る。


「え、なに。こわ」


 陽介の顔が、ちょこっと嫌そうに歪んだ。


「……恋って、なに?」


 小晴は、意を決して尋ねてみた。喉の奥がきゅっと縮む感覚と、胸がぎゅっと掴まれたような感覚がして、アイスを掴む手に力がこもる。


「恋? え、恋? 急に? それってなにかのなぞかけ? それとも哲学の話?」

「ちがうよ! いいから答えてってば」


 バッと勢いよく陽介の方へ身体ごと向く。真剣な表情の中に、仄かな赤を差し込んでいた。


「え、えー。恋かあ…。うーん。なんだろうな」


 小晴から視線を逸らした陽介は、困ったように頬を掻いた。二人の間に沈黙が落ちる。しばらく黙って考え込んでいた陽介が、何かに気が付いたみたいに顔を上げた。小晴は、じっと陽介の横顔を見つめていたから、すぐに目が合った。


「あのさ、間違ってたら謝るけど。もしかして、どっちも断ろうかなとか思ってたりする?」


 え、と小晴の口から小さな音が漏れた。零れ落ちそうなほど見開いた瞳とぽかんと開いた口。小晴が答えを言わずとも、それら全てが如実に小晴の答えを物語っていた。


「…あー。はるちゃんって、ほんと分かりやすいなあ」


 苦笑する以外ないと言った様子で、陽介が気まずそうに笑う。


「まあ、それもそれでアリだとは思うけど。ほんとにそれでいいの?」


 視線を何度か宙に泳がせた後、真剣な瞳を小晴に向けた。どくん、と心臓が跳ねる。本当にそれでいいのかと聞かれると、自信はない。でも、それ以外の答えも見つからない。


「…、わかんない。でも、どっちかを選ぶって、なんか…」


 後に続く言葉が選べずに、小晴は言い淀んだ。たらりと、バニラアイスがコーンを伝う。慌てて小晴は、伝ったアイスを舐めて、一口齧った。


「うーん、そっか…」


 陽介は空になったアイスの容器を指の間でくるくると回しながら、何やら考え込む。


「じゃあさ。申し訳ないとか傷つけたくないとか。そういう考え抜きで、あの二人がはるちゃん以外の子にはるちゃんと同じことしてたらどう思う?」


 ほぼ溶けかけていたアイスを溢さないように必死に食べていた小晴に飛んできた陽介の問いかけ。「え?」と、思考が一度フリーズした。それからすぐに、質問の真意を理解しようと、混乱する頭で考える。


「どっちが他の人の取られたくないって思う? どっちが、一緒にいる想像がつく?」


 圧縮されたファイルを解凍するように、陽介が言葉を続けた。


「どっちも想像できないとかさ、明確に嫌だって思わないんだったらどっちも振っていいと思うけど、そうじゃないんなら、それが答えなんじゃない?」


 うまく言えないけれど、なんだか初めて小晴は自分の気持ちの解き方を教えてもらったような気がした。


「恋とか、好きとか、あんま言葉でうまく説明はできないけど」


 陽介の不安そうな顔を見ながら、小晴は少しだけ元気づけられた気持ちになっていた。ぱくっと、最後の一口を放り込む。


「…、LIME返してきていい?」


 ごくんと飲み込んで、小晴は立ち上がった。


「うん」

「ごめんね、いつも」

「別にいいよ。気にしてないし」


 陽介が、小晴を見上げて呆れたように笑う。


「返してくるね」

「戻ってこなくてもいいよ」

「戻ってくるよ!」


 頬を少し染めた小晴の反応に、陽介はケラケラと笑った。陽介に背を向けた小晴の背中は、今までで一番勇ましかった。







 小晴がその場を離れて一人ベンチに残った陽介は、溜め込んでいたものを全て吐き出すように息を吐いた。


「疲れた~」


 ぼそっと呟いて残り半分のアイスの蓋を取ると、そのまま口に突っ込んでちゅーっと吸い込む。ほぼ溶けたそれは、ジュースみたいだった。甘ったるくて、ねっとり絡んだ、チョココーヒーの味。なんだか、全てをやり切ったような、なにかを失ったかのような、変な気分だ。


 テスト終わりだからという理由には収まりそうもない喪失感。この気持ちの正体が一体何なのか、陽介にはよくわからなかった。意味も分からないまま、ただ押し寄せた空虚感に浸っていたところへ、講義を終えた怜央が姿を現す。


「あ、陽じゃん。つか、なんか疲れてる?」


 コンビニに用でもあったのか、ふらっと立ち寄った、そんな感じだった。


「怜央じゃん。お疲れ。テストは? 終わった?」

「うん、今ね。で、そっちは?」

「僕たちも終わったよ。で、僕はちょうど決めきれないいい子ちゃんの背中押してたところ」


 陽介は、アイスを片手に肩を竦めた。


「…お前、ほんと損な役回りだよな」


 怜央は、陽介の言葉で色々と察したのか呆れた顔をする。


「まあ、好きでやってるからいいんだけどさ」


 陽介の自虐に、怜央が「はあ~」とわざと息を吐いた。


「陽くんは相変わらず優しい、つうかお人よしですね」


 少しばかりの嫌味。本人が気が付いているのかどうか定かではないが、陽介は誰が見ても寂しげな顔をしている。


「そうでもないって。僕、ひねくれてるんだから」


 下がった眉の笑顔を見せられる方は、どんな感情でいたらいいのだろうか。陽介を見下ろす怜央の瞳が、一瞬だけスッと細められた。しかし、すぐに表情を切り替えた怜央は、やはり呆れた顔をした。「はいはい。知ってる知ってる」と、テキトーに相槌を打つ。


「どんだけ一緒にいると思ってんだよ」


 玲央の言葉に、陽介が吹き出す。あはは、と愉快な声が建物内に響き渡った。陽介はひとしきり笑った後、「はあ〜」と息を吐くと目尻に浮かんだ涙を拭った。


「理解してもらえて助かります。はるちゃん、どっち選んだかな」


 玲央に言葉を向けたあと、きっと誰に言ったわけでもない独り言をぼそっと口にする。


「さあな。ほんとに、小晴も陽も似てるからほっとくけどほっとけないわ」


 だから、玲央もテキトーな相槌でしか返さない。


「え、ほっとかれんの、僕!」

「は? 当たり前だろ。信頼ってそう言うもんだし」


 陽介の見事なツッコミを、玲央は涼しげな顔で打ち返した。



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