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恋人未満、スキャンダル以上——これは恋じゃない。ホラーです。  作者: さくらしゅう
第十三章 紫陽花の罪

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第34話 密室で、視線を奪われる



 テスト期間、第一週の中日。小晴は、教授棟のエレベーター前に立っていた。誰もいないピンと張り詰めたフロア。教授棟は、普段いる講義棟と漂う空気から異なっている。通り抜けるだけでも、背筋が伸びるような場所だ。


 そんな場所に今日は通り抜けるために来たのではなく、ちゃんと用事として来ているから尚更緊張感が違った。ただ期末課題のレポートを提出しにきただけで、教授に会う予定はない。しかし普段立ち寄らない場所に行くのは、なかなか緊張するイベントだった。


そんな風に、静かな胸の鼓動を抱えていた小晴のそばに近づく足音が遠くの方から聞こえた。

 コツコツコツ、と静かな空間に音が広がる。エレベーターを待つ場所で、ぴたりと足音が止まった。どうやら足音の主は、小晴同様上の階に用事がある人のようだ。


「おはよ」


 誰だろうと思った矢先、声がかけられる。小晴は驚いて、後ろを振り返った。


「…っ拓也さん、」


 やや斜め後ろに立っていたのは、思いもよらない人だった。名前を呼んだ声が少しだけ上擦った。見上げた先にいた拓也に、勝手にドクンと心臓が高鳴った。


「ここで会うなんて珍しいよね。課題提出とか?」


 小晴の動揺など一切気が付いていないかのように、拓也は自然な流れで小晴に会話を振った。


「はい。レポート出しに」


 少し遅れて、小晴は言葉を返した。


「そっか。偉いなあ、ちゃんと課題やってて」


 自然と拓也が小晴の横に立つ。それだけなのに、なぜか胸のドキドキが大きくなる。


「そんな、偉くないですよ…」


 ただエレベーターを待っているだけなのに、どうしてこんなに胸が高鳴ってしまうんだろうか。ふいうちの拓也は、心の準備が出来ていなかったせいか、平静を保つのがいつもより難しい。


 ポン、とエレベーターが小晴たちのいるフロアに着いた音が鳴った。誰も乗っていない小さな箱。開いた扉の中に先に拓也が入って、ボタンを押して招いてくれる。招かれるまま中に入ると、足元の質感が変わった。教授棟のエレベーターは、他の棟と違ってクッション性の高いふわふわとしたマットが敷かれているのだ。内装も落ち着いていて上品な雰囲気があり、緊張感を高めるには十分な装いをしている。


「何階?」

「あ、えっと。12階で」

「ん」


 拓也が降りる階と思わしき8階のボタンと一緒に、12階のボタンも押してくれる。なぜか拓也の指先に視線が奪われた。自分より大きくて長い綺麗な指。


(男の人の手――)


 エレベーターが閉まった。ハッとして、慌てて拓也の指から視線を外す。落ちた沈黙。ただの移動であるはずなのに、扉が閉まった途端エレベーターという密室に二人きりという状況を小晴は強く意識してしまった。


(息って、どうやってするんだっけ)


 吸いこんだ息を、うまく吐けていない気がする。小晴は、きゅっと肩にかけたバックを掴んだ。


「最近どう?」


 沈黙を破るように、拓也の声が上から降ってくる。


「ど、どうって?」


 小晴はどもりながら、聞き返す。ここ数日、悠真のことばかり気にしている自分を見透かされたような気がしてドキッとした。


「ん? 課題とかテスト勉強?」


 拓也の落ち着いた柔らかい声。


「あ、そっち…」


 思わず、ホッとする心の声が口から出た。


(わ、ばか…)


と、自分の失態に気付いたが既に遅い。


「そっち?」


 案の定、拓也に聞き返されてしまい小晴は慌てた。


「や、なんでもないです。一応…、はい。順調です」


 順調なんかじゃない。全然。心の中が、ごちゃごちゃしてて、余裕なんてなくて。でも、それを悟られたくなくて、つい視線を逸らした。一呼吸分の間。追いかけるように向けられた視線が刺さる。


「そっか。よかった」


 ふっ、と零れた拓也の声が、さっきより少しだけ低く甘く聞こえた。空気が、少し変わった。拓也の視線が、ほんの少しだけ鋭さを増して、息が止まる。


「テスト期間中さ、小晴ちゃんに会えると思ってなかったから、今日たまたま会えて俺、超ラッキーって思ってるんだけど。いま」


 えっ、と思う間もなく、すっと距離を詰められた。息が詰まる。心臓がバクバク言い出す。近い。匂いも、声も、顔も、何もかも。

 なのに、拓也さんは普通の顔して笑ってる。


「LIMEもさ、いつもより抑えめにして我慢してるんだよね。結構寂しいんだ」


 なんて言葉。どう反応すればいいかわからない。顔が熱い。きっと、赤くなってる。

――ずるい。そんな顔で、そんな声で言わないでよ。


「テスト終わったらさ、また遊びにいきたいな。夏休みとか。合宿も一緒に楽しみたいんだけど、いや?」


 真っ赤な顔で震えるしかない自分が情けない。だって、「いや?」なんて聞いておいて、私が絶対断らないって顔してる。


「本当は2人がいいけど、まあ合宿はさ、玲央とか朱音ちゃんもみんな一緒に、わいわいやろ。そしたら、小晴ちゃんも気楽に楽しめるでしょ?」


 優しさで包んで、安心させて、なのに目の奥は笑ってなくて。でも、嬉しいと思ってしまうのが悔しい。


「…。楽しみにしてます」


 どうにか笑って、言葉を紡いだ。拓也は、満足そうに笑う。ポンと響いた音、エレベーターが開く。密室が終わる。


「じゃ、お互いテスト頑張ろうね。またね」


 近かった距離が開いて、拓也が何事もなかった顔でエレベーターを降りた。

 でも、小晴は見逃さなかった。見逃せなかった。エレベーターが閉まるその瞬間まで、奪われてしまった。


 軽く手を振って、微笑んだ拓也の口の端が、瞳が、妙な色気を漂わせていたから。



 *



 ずっと悠真のことで頭がいっぱいだったのに、2日前のエレベーターの出来事から小晴の頭の中は拓也でいっぱいだった。

 だって、あんな目、あんな顔。今までの拓也さんは、一回だって見せなかったのに――。


(わー、ちがうちがう! ちがう!)


 小晴は、大学の図書館の扉を潜り抜けながら頭を横に振った。後ろで自動ドアが閉じて、スッと冷えた空気と、粛然とした静けさを纏う空間に包まれる。


 今日は、図書館に課題をやりにきたのだ。関係ないことで頭をいっぱいにしている場合ではない。セキュリティゲートを抜けて、レファレンスカウンターを通り過ぎる。大階段を降りて、小晴は一番下の階層へやってきた。PCデスクや自習スペースが設置されている1階よりも、地下1階はより多くの机が並んでいる。普段は、空席のほうが目立つ場所だが、テスト期間中の今、ほとんどの席を学生たちが埋めている。空いている席を見つける方が困難だ。


 小晴は、何人かが座れる大きなデスクではなく、端の方にいくつか並んでいる一人用の机のほうへ足を向けた。ちょうど奥まった、目立たない角のところ、誰も座っていない席を運良く見つけ、腰を下ろす。視界をさえぎる仕切りが両側にあるその席は、まるで自分だけの小さな個室のようで、周囲のざわめきから少しだけ切り離された気がした。


 そういえば――。以前、拓也と図書館で会ったことがあったことを小晴は思い出した。あれは、朱音の20歳のお祝いに乗じて参加した飲み会の次の日だ。小晴の穴場スポットだった図書館の奥まったところにあるソファースペースに、偶然拓也が仮眠を取っていたあの日。思えば、あの日から小晴の平穏だった大学生活の歯車が狂い始めたような気がする。


(…、眼鏡してたなあ。拓也さん)


 寝顔とか、初めて見たもんね。あの時。

 ふわっと脳内に広がった過去の記憶映像。それまで人気者ってイメージくらいしかなかったのに、軽い冗談と少しの意地悪な顔に、何かが小晴の中で変わってしまった。


 もしあの日、小晴が図書館に訪れていなかったら。

 拓也を見つけていなかったら。

 誰にも気づかれずに、あの場を去っていたら。

 今とはまったく違う現在を歩んでいたのだろうか。

 一年生の頃と同じく、朱音や陽介、怜央とただ4人で平和に過ごしている現在――。

 小晴は、ハッと我に返った。


(っ、だから! ばか! 違うってば!)


 気を抜くと、すぐにこれだ。小晴はすぐさま頭に浮かんでいた映像を脳内消しゴムで消した。そして、バックから必要なものを取り出すと筆記用具を手に取る。


(集中。切り替え!)


 無理やり頭の隅に追いやった考えが顔出す前に、小晴は強制的に自分の気持ちを切り替える。気が逸れてしまわないように、スマホは、バックの一番下の底へねじ込んでおいた。



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