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恋人未満、スキャンダル以上——これは恋じゃない。ホラーです。  作者: さくらしゅう
第十三章 紫陽花の罪

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第32話 失われたかもしれない未来の話



 陽介と小晴が、それぞれ席を外したタイミングで、朱音は実に盛大なため息を吐き出した。


「んだよ、いきなり」


 玲央が横目で朱音を見る。


「いきなりも何もないって。どんだけこっちが溜め込んでると思ってんのよ」


 机に突っ伏した朱音は、腕の隙間からキッと玲央を睨んだ。


「そりゃ、聞いてほしいって合図ですか?」


 もう朱音の対応に慣れきっているのか、玲央の顔はどこか呆れている。


「〜〜、そうに決まってるでしょ!」


 朱音が吐いた息は小さな爆発を起こして、玲央に真っ直ぐ向けられた。


「そもそも、なんでこんなことになってるわけ!?」


 テーブルを叩く勢いで、朱音の溜まりに溜まった鬱憤が炸裂する。


「俺に聞くなよ」


 感情を爆発させる朱音と対照的な、玲央の冷静さと呆れを混ぜた静かな返答だ。


「じゃあ誰に聞けってのよ!」


 少しも収まらなそうな朱音の暴走モードに、玲央は小さく肩をすくめた。


「普通さあ。オーソドックスなセオリーの話、 デートは3回するのが定石でしょ。なんであの人たち一回目のデートで決めてこようとしてんの。おかしくない?」


 玲央が思った通り、朱音の口から出たのは、拓也と悠真に関する苦情だった。


「溜まってんねえ」


 苦笑いを浮かべながら、憤る朱音を見る。


「前からフルスロットルだなって見てたけど、昨日のはなに? 頭おかしいんか、あいつらは!」


 仮にも一つ上の先輩に対して、容赦なく火を吹くところを見ると、相当朱音の堪忍袋の尾に、火が付いてしまっているみたいだ。


「こはが全く悪くないって言ってるわけじゃないのは、大前提として。二人からしたらめちゃくちゃ優柔不断に見えちゃってたり、ヤキモキさせられる気持ちはわかるけどさ。でもこはだって、こはなりに考えて選んで、迷ってるんだよ。そこをさあ。あいつらはさあ。昨日のなんて、どう考えてもおかしいじゃん! なんであいつらは待てないわけ? 躾のなってない犬かよ!」


 小晴のようなタイプも珍しいけれど、悠真と拓也を犬呼ばわりできる女子もなかなかいない。


「まあ、どっちかっていうと狩猟中だから」


 朱音の言葉にツッコミつつ、彼女の表現のおかしさに、つい笑いそうになる。


「誰が上手いこと言えって言った!」

「ごめん」


 鋭いツッコミが朱音から発せられ、我慢できず玲央は笑ってしまった。多少睨まれたが、それどころではない彼女からそれ以上のツッコミはない。


「好きなら少しは、こはのこと考えてよ」


 少し勢いが削がれた朱音が、恨みがましい声で呟く。


「まあ、でも、男のプライドってのも、やっぱあるしさ?」


 一応、言われすぎてしまっている年上二人の、そうなってしまう男側の意見として、フォローを入れておく。必死だからこそ、余裕がなくなって、カッコ悪くなってしまう可哀想な男側の意見を――。


「プライドで、好きな女傷つけていいってのかよ」


 手痛い意見だ。


「まあまあ」


 朱音の虫ケラでも見るような睥睨した目を受けながら、玲央はひとり苦笑した。玲央の苦笑いを目にして、朱音も思うところがあったのか、今まで止めどなく吐き捨てていた言葉を止める。「…、ごめん」と、朱音の口から小さな謝罪が返ってきた。


「あんたに言っても仕方ないのに」


 少し反省の色が宿った、影を伴った瞳。言い過ぎたと思っているのか、唇が窄んでいる。


「いや、朱音の怒りはもっともだよ。二人のやり方が間違ってんのは本当だし、謝んなくていいから」


 朱音が自分勝手に怒っているわけじゃないことは、知っている。大事にしている友だちが巻き込まれて、黙っている女の子ではないことも、1年以上の付き合いからわかっていたことだ。

 朱音の口から、また重たいため息が漏れた。


「ただでさえ微妙なバランスで成り立ってたのにさ。昨日ので台無し」


 独り言のように、朱音はぼやいた。


「私のLIMEに何件、『小晴ちゃんってやっぱり陽介くんと付き合ってるの?』とか『悠真さんと拓也さんって小晴ちゃんのこと好きだったりする?』とか、探りまくりのメッセきたと思ってんだよ。まじでふざけんなよ。こっちの苦労も、陽くんのことも少しは考えろよ。ばーか」


 そして、愚痴っている途中で怒りが再び沸々と湧き上がってきたのか、最後らへんは二人への悪口に変わっていた。


「まあ、小晴はちょっと可哀想だよな。逃げ道最初からないもん。あんな熱量でこられたらさ」


 玲央も、ほんの少しだけ朱音の意見に賛同した。


「ほんとだよ。あんな良い性格した奴らに狙われたら、こはが無視できるわけないじゃん。最低最悪、ばーかばーかばーか」


 やっぱり、悠真・拓也に対する朱音の評価は、赤点レベルで悪いらしい。言い返すこともできずに、玲央はただ取り繕った笑顔を浮かべた。


「はあ。私は、こはと陽くんが結ばれる未来があると思ってたんだけどな」


 朱音の口から飛び出たとんでもない発言に玲央は一瞬体を硬直させた。


「おーい。それ、言わない約束だったやつ」


 まさか、そっちにまで点火されるとは思っていなくて慌てる。


「だってさあ〜。もうないじゃん。そんな未来。言わずにいられない私の気持ち!」


 ほぼやけくそ状態になった朱音は、言葉を選ぶのをやめたらしい。


「だとしても、言わない約束なんだよ。そこは!」


 明け透けな物言いに、さすがに待ったをかける。


「じゃあ、誰が言うのよ。あったかもしれない未来。二人が入ってこなかったら、もしかしたらあったかもしれないのに!」

「かもしれないだけだろ。他人がとやかく言うことじゃないし、普通に野暮だろ」


 そのラインは超えない約束だったはずだと、好き勝手に言い始めた朱音に内心で愚痴る。


「これだから真面目くんは。あんただって、少しは期待してたくせに」


 玲央は肯定も否定もしなかった。それが答えになってしまうのは、わかっていた。しかし、玲央の出した答えは無言だった。


「今からでも遅くないから、陽くんにすればいいのに。二人よりよっぽど良い男だよ」


 何も言わなかった玲央に、朱音は何も言わなかった。その代わりに、自分が望む未来を語る口は閉じない。


「無理でしょ。流石にもう。陽もそんな気ないし」


 玲央も朱音の口を閉ざすことは、諦めた。


「分かってるよ。だから二人が良かったの。そうなるまで見守りたかったの。私は」

「あっそ」


 悔しそうな顔で、もう絶対にないだろう未来を惜しむ朱音に、玲央はそっけない言葉で返す。


「なんでよりによってあの二人なのよ。他のどうでもいい奴だったら、まだ可能性あったかもしれないのに」


 朱音の呟きは、どうにもならない未来への嘆きだ。


「それも全部タイミングだろ。なんで当事者じゃないお前がそんなに未練たらたらなんだよ」


 呆れなのか、憐れみなのか。玲央の中の朱音に対する感情も、ふわふわと揺らいで定まっていなかった。


「わかるでしょ。私はこの4人の空間が好きなの。ずっとこうしていたかったの!」

「変わんないって」

「そうかもだけどさ〜…」


 玲央の言葉に、朱音は嘆息を漏らした。


「そんなことより、まずお前は自分のこと気にしたら?」

「私のことって、何が?」


 どんよりした空気を纏っていた朱音が、顔を上げる。その表情は、訝しげだ。


「ヘイト買って、どうするつもりなんだよ」


 玲央は、そんな朱音を見返して瞳を細めた。


「どうもしないでしょ。何もしなきゃ、さら〜っと流してくれるって」


 そんなことか、とでも言いたげな顔に変わって、朱音は肩をすくめた。


「ま、それが一番都合の良い未来だな」


 深く考えるつもりがないらしい朱音に、玲央は、ちょっとした嫌味を返した。


「いいの、私は。あれは、ちゃんと分かってて動いたんだから。納得済みだからいいの」


 玲央が発した言葉のニュアンスを正しくキャッチした朱音は、食い下がる。


「まあ、いいならいいけど」

「なに、その含みだらけの言い方。嫌な感じ〜」


 戦いの土俵に上がる気がない玲央が、朱音からしれっと逃げる。そんな玲央に、朱音は瞳を細めて軽く笑い飛ばす。意地悪な顔で笑った朱音を、玲央は真っ直ぐ見つめた。


「あの時、お前が飛び込まなかったら、小晴は潰れてたもんな」


 びっくりしたのか、朱音は目を丸くさせた。それから、体から力を抜くようにふっと笑った。


「あたし、かっこよかったでしょ?」

「うん。バカみたいに、かっこよかったよ」


 朱音からしたら、茶化して終わる予定だったであろうところを、玲央はあえて真面目なトーンで返した。一瞬固まってから、朱音の肩が少しだけ、震えた。


「……あんたが言うと、変な気持ちになるからやめてほしい」


 ボソッと呟かれた言葉は、まるで愚痴のような音をしていた。


「泣いても誰も見ないけど」


 もう朱音から視線を外した玲央が言う。


「ばーか。泣きそうなんて誰も言ってないから」


 いつもの気安いやりとり。


「はいはい」

「うっざ」


 朱音の悪態を聞いて、玲央は少しだけ口角を上げた。

 あの二人がどんなに暴走しても自分たちがいるから小晴は大丈夫なんだとは、口にしないでおいた。たぶん、また烈火の如く怒り出すだろうから。




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