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恋人未満、スキャンダル以上——これは恋じゃない。ホラーです。  作者: さくらしゅう
第十三章 紫陽花の罪

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第30話 ズルを許した共犯関係



 1限目の講義終わり。


「私ちょっと呼ばれてるから、先行くね。次の講義の席だけお願いしてもいい?」


 講義が終わる少し前から机の上を片付けていた朱音が、教授の終了の合図とともに席を立ちあがる。顔の前で合わせた両手が鳴った。


「うん、わかった」

「席取ったらLIMEしとく」

「助かる~! ほんとありがと。じゃ、またあとで」


 小晴と陽介が頷くと、すまなそうな顔をさらにくしゃっとさせた。そして片手をあげて、まだ空いている教室の出入口を出ていった。


「誰からだったんだろうね」

「さあ。でもまあ、朱音ちゃん友だち多いから」


 机の上にまだ残っている勉強道具に目を向けて、小晴と陽介はのんびりと片付けを始めた。


「そういう陽ちゃんも友だち多いよね」

「え~。そうかな」


 小晴の言葉にしっくり来ていなさそうな返事だった。


「うん。二人とも私と比べると多いよ」


 謙遜込みの返答だと分かっている小晴は、あまり気にせず陽介の言葉を横へと流す。


「はるちゃん、地味に怜央のこと除外してるでしょ。あとでチクっとこ」


 片付けていた手を止めた陽介が、おどけた顔で小晴を見た。


「ええ、違うよ! 怜央くんは、気を許す相手を選んでるだけで!」


 予想外の返答に、小晴は目を丸くする。陽介がフッと吹き出しておかしそうに笑った。


「それおんなじ意味だって。それに僕も朱音ちゃんも、ちゃんと相手は選んでるよ」

「そんなのわかってるってば~。あ~、もう今何を喋っても誤解を生む気しかしない」


 陽介とは反対に、小晴は唇を少し尖らせる。小晴の拗ねた顔に、陽介はまた笑った。


「ほら僕たちも行こう」

「うん」


 すっかり片付いた机の上。おしゃべりを一旦中断した二人は、バッグを片手に混雑する教室の出入口へと向かった。


「あ」


 教室を出て、人混みから抜けたところで小晴は小さく声を上げた。


「どうしたの?」


 隣にいた陽介が立ち止まって、小晴を振り返る。


「悠真さんから電話」


 着信を知らせるスマホが小晴の手の中で震えている。


「出ないの?」


 一瞬だけスマホに視線を落とした陽介は、すぐに小晴へ戻して尋ねた。


「…、出るけど、ここじゃちょっと落ち着かないかも」


 小晴は、やっとスマホから陽介へ視線を向ける。


「うん。あっちのベンチ、空いてたよ」


 陽介がなんでもない風に廊下の奥を指差す。小晴はその意味をすぐに理解して、ふっと息を吐いた。


「ありがとう…」

「うん、あとでね」


 歩き出そうとした小晴の背中に、陽介が軽く声をかけた。


「席取っとくから」

「ごめんね」


 小晴は、申し訳なさそうに眉を下げて笑った。


「じゃあ、今度。ジュース、はるちゃんの奢りで」

「! うん、ちゃんと奢る!」


 少し沈んでいた小晴の顔に、ぱっと明るさが戻る。


「イェーイ」


 ナチュラルなダブルピース。小晴の口元がふっと緩んで、自然と笑えてしまった。



 *



「悠真さん、お待たせ、しました」


 悠真を見つけた小晴は、ちょっと小走りで駆け寄った。


「ごめん、呼び出して」


 椅子に座っていた悠真が、小晴を見つけて立ち上がる。


「いえ、全然」


 次の授業の教室に近い場所での待ち合わせだったから、特に問題はない。


「昨日のこと謝りたくてさ」


 唐突に切り出された話題に、小晴はぴしりと凍り付いた。まさか、悠真から改めて言われるとは思っていなくて小晴は素直にびっくりした。同時に気まずさも舞い戻ってくる。


「なんつーかさ。今まで小晴の気持ちちゃんと考えられてなかった、と思う」


 何て返事をしたらいいか分からず、小晴は服の裾をきゅっと握った。


「一人で突っ走ってさ、……、小晴のこと混乱、させたよな」


 二人の間に無言の時間が生じる。


「悪かった、まじで。ほんと、ごめん」


 揶揄いも冗談もない、真面目な謝罪だった。小晴は、首を横に振った。


「俺さ、小晴が思ってるよりまじで今、余裕ねえの。カッコ悪いからあんま言いたくないんだけど、結構必死。小晴に好かれたくて、超焦ってる」


 弾かれるように、顔が上がる。悠真と目が合った。情けない顔で苦笑する悠真にまた、驚いてしまう。


「でも、もう押し付けんのはやめるよ。昨日みたいに、小晴のこと追い詰めたりしないって約束する」


 今までに見たことがないほど真剣な顔を、どういう気持ちで見返したらいいか分からなくなる。だって、私はまだ何も答えを出せていない。


「だからさ、まだ俺頑張ってもいい?」

「…っ、」


 なんて、答えるのがいいのだろうか。

 悠真のために、ノーと言えばいいのだろうか。

 でも、ズルい私は言いたくないと思ってしまう。

 じゃあ、イエスと言えばいいのか。

 それも、自分のことしか考えていない答えで、言葉にならない。


「それとも、もう俺のこと嫌いになっちゃった?」


 今度は、すぐに首を横に振った。そして、やっと重たかった口を開いた。


「昨日のことは、その…、私にも原因あるというか」


 どう伝えたら、ちゃんと真っすぐこの気持ちを伝えられるのだろうか。傷つけたいわけじゃない。でも、傷つきたくないから言葉が濁る。ここ最近矛盾ばかりを抱えていて、誰にでも良い顔をしていたいズルくて浅はかで自分本位な私とずっと顔を突き合わせているような心地だ。もういっそのこと嫌われた方が楽なのかなって思うのに、嫌われたくない私がそんな私を止める。


「うん」


 続きを促すような悠真の柔らかな声は、小晴の矛盾を丸ごと包んでくれたみたいに思えた。


「自分が卑怯なことしてるの分かってますし、まだ答え出せてないのに、悠真さんに気持ち向けてもらえる資格あるのかな…、って…」


 言葉にする勇気を出してみて、でも「やっぱり」と自分に落胆する。結局、全部ズルい言い方だ。悠真の優しさを利用しているズルい自分の言葉でしかない。


「俺がしたいからしてる。小晴に資格あるとかないとかの話じゃないって、わかる?」


 ほら、また。こんな風に言わせているのは私だ。昨日の謝罪も全部、みんなそう言うしかない行動を取ってるのは私。


「でも私、悠真さんのこと傷つけて、ますよね? ずっと、今も…、」


 チクリと胸が痛んで、でもズルい自分にしかなれなくて、小晴は下を向いた。嫌われたくない、という恐れに近い感情を自分の中で処理できていないせいで、他人に感情の処理を任せている。傷つけていることは確実なのに、こんな言い方しかできない。


「それなら、俺も小晴のこと傷つけてるよ。そんな俺に資格ない?」


 俯いていた顔が上がった。真剣な眼差しに、ぎこちない自分が映る。小晴は言葉に詰まった。他人に資格を与える権限を持つほど、自分は偉くない。でも――、自分には資格がないように思ってしまう。

 これもきっと逃げたいだけのズルい私の言葉だ。


「傷つけてごめん」


 何も言えなくなってしまった小晴の葛藤が伝わったのか、静かに聞いていた悠真が口を開いた。


「でも俺、けっこうマジだから。嫌われてないんだったらつけ込みたいし、可能性ちょっとでもあるなら引く気はねえよ。小晴のこと幸せにする自信超あるしさ」


 目を逸らせない強い視線に、小晴は少し圧倒された。

 きっと悠真さんは、ズルい私のことに気付いている。それでも欲しい言葉をくれる彼の優しさとズルさに、返事を迷ってしまう。流されてしまいたい気持ちと、流されたくない気持ち。ズルい自分を許すのか、許さないのか。全部自分だけのために悩んでしまう情けなさ。


「だから、可能性がゼロじゃないんだったら、俺と仲直りしてくれる? ズルくていいし、そういう人間味があるほうが俺、好きだよ」


 それを丸ごと包み込むような言い方に、小晴は少しだけ泣きそうになった。


「悠真さんって、いっつものズルいです」


 それから八つ当たりのように、呟いた。こんなにズルい自分がいるなんて、知りたくなかった。こんなに自分が誰かに求められたいなんて浅ましい願望があるなんて、認めたくなかった。


「知ってる。俺、ズルいの得意なの。だからいいじゃん。仲直り、しよ?」


 悠真がふわりと笑う。まるで甘い言葉を囁く悪魔みたいだ。だけど、全部を許された気がした。気のせいだってわかってるけど――。


「…、じゃあ、昨日のことは許し、ます」


 そして、最後までズルい言い方しかできない自分は健在だ。悠真が、くくっと喉を鳴らした。小晴を見透かした目と、笑い飛ばす口元がやけに輝いていた。


「さんきゅー。小晴が寛大で、俺超ラッキーだわ」

「そんなんじゃ…」

「うん。今日からは、無理やりじゃなくて、ちゃんと小晴のこと振り向かせるから」


 だから、そうやって、私のこと甘やかさないでよって言えたらよかったのに。

 結局、小晴は全ての言葉を飲み込んだ。


「あ、もうこんな時間じゃん。授業遅れたら俺が陽たちに怒られっから、話はおしまい」


 手元の時計に視線を落として、悠真が話を切り上げる。ぽんっと悠真の手が頭に落ちた。


「ちゃんと来てくれてありがと。教室行けよ。んじゃ、またな」


 爽やかに笑った悠真に、小晴は小さく頷いた。




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