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恋人未満、スキャンダル以上——これは恋じゃない。ホラーです。  作者: さくらしゅう
第十一章 罪のないフリが、できなくて

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第26話 境界線が消える音

 


 やや遅くきたサークルは、まだ人がまばらな状態だった。遅れてきたと思っていたけれど、どうやら思いのほか早かったみたいだ。まだ静かな教室に、小晴は少しの居心地の悪さと気まずさを覚える。そっと入口から中に足を踏み入れ、辺りを見回した。朱音たちは先に向かっていたから、もう教室内にはいるはず――。


 人がまだ少ないせいで和気藹々とした雰囲気とは言い難いが、編集したばかりの映像を確認しているグループもいれば、機材チェックをしているグループ、ただお喋りで盛り上がっているグループなど、教室内はまちまちだ。ただどこかいつもより少し浮ついた空気が漂っていて、全員がテスト前の最後を楽しみに来ているように思えた。


 少しだけ身構えた気持ちで来てしまったが、いつも通りのゆるい空気に小晴はどこかホッとして、小さく息を漏らした。


 さほど混んでいない教室内で、朱音、陽介、玲央を見つけるのは簡単だった。しかし、朱音は他のサークル仲間と盛り上がっていて、陽介は映像の確認なのか編集なのか作業組の中に混ざっていて、怜央はひとりぼーっとしているけれど、どうも数人の後輩の女の子の視線を集めているみたいで、忙しそうだ。三人と話すのはあとででいいか、と小晴は、教室の壁にそっと背中を預けた。


(みんな楽しそうだなー)


 人の波を観察するでもなく、ただぼーっと景色を眺めるように見ていた時だった。


「あ、小晴じゃん」


 ふいに名前を呼ばれた。驚きが混じった声の方向を見て、小晴は固まった。


「……あ、悠真さん。こんにちは」


 短い時間フリーズした小晴は、ハッとして慌てて挨拶をする。


「案外早いじゃん」

「遅いほうだと思ったんですけど」


 小晴は、少し視線をずらして微苦笑を浮かべた。


「そんな端っこいないで、こっちこいよ」


 流れるような自然体な悠真の誘いは、断るほうが目立ちそうな気がして、小晴が断る余地はなかった。悠真が話しかけてきたのは、小晴が一人で立っていたから気を遣って声をかけた、などという理由ではないのだろう。一番近くの空いていた席に促され、小晴は悠真と同じテーブルに着席してしまう。


(おわった)


 若干、小晴の意識が遠のいた。


「俺からのナンパ待ちしてたの?」


 白目をむきかけている小晴の気持ちなんかそっちのけで、悠真が変わらない軽口で話を始める。


「っ、なわけないじゃないですか」


 なんてことない冗談。でも小晴が上手に返せるわけがなく、大袈裟に思える反応が顔に出る。こんな調子では、悠真のことを意識しているのがバレバレで、気まずいを通り越して恥ずかしい。


「今日、正直こないと思ってた」

「来ますよ。前期最後なので…」


 真っ直ぐ見つめる悠真の視線から逃れるように、視線を斜め下に動かした。ちょうど何もない机の真っ白な板で視界が埋まる。


「ふーん」


 何を考えているのか分からない相槌。


「今日はもう、話したりとかしないかなって思ってました」


 チラリと悠真を見て、今度は自分の手元を見た。


「…、だから来たんだ?」


 意地悪な顔で悠真が笑った。図星を突かれて、黙り込む。


「相変わらず素直だなあ。小晴は」

「あ、や。別に話したくないとか、そういう意味じゃなくて」


 いや、そういう意味だ。そういう意味でしかない。でも、悠真を傷つけたいわけでもない。今の小晴には、荷が重いというだけの話で、悠真や拓也に害があるとかそういう話ではないのだ。


「うん」


 分かりやすい反応ばかりする小晴に、悠真の表情が緩む。


(うっ…、そういう顔が一番ズルい)


 現実の悠真も、夢の悠真も、小晴の心臓を騒がせるのが実に上手い。甘さを含んだ瞳が、空気が、全てが小晴には刺激的で、小晴は話題を変えようと頭をひねった。


「あ、えっと。悠真さんは、こんなところで油売っててもいいんですか? ほら、悠真さんと話したい人なんていっぱいいるだろうし、私なんかと話してても」

「俺は小晴と話したいから話してんだけど」


 柔らかかった悠真の表情が、小晴の発言でスッと元に戻る。甘さが消えたのは救いだったが、別のピンチが訪れて、小晴の脳が一瞬停止した。言葉選びを間違えたのは自分だが、はっきり言われると何て返したらいいのか分からなくなる。悠真の顔をまともに見れなくて、小晴は下を向いて押し黙ってしまった。噤んだ口も、彷徨う視線も、赤に染まった耳も、悠真からは丸わかりだ。


「なあ、朝逃げたやつさ。あれ、超かわいかったんだけど」


 ダメ押しのように、悠真が甘い言葉を囁く。


「~~、言わなくていいです」


 さらに赤が濃くなって、悠真の瞳が笑う。


「なんで、小晴っていちいち可愛いの」

「……かわいくないです」

「そういうところも全部可愛いのズルくない?」

「っう~…」


 逃げられない。絶対楽しんでる。全部、自分が原因なのは分かっていても、そういう反応しかできないんだからどうしようもない。


「つかさ。今日なんかやたら目合わなくね?」

「…っ、気のせいです」


 ギクリと、小晴の心臓が音を立てた。でも顔には、アリアリとバレたと書いてある。


「もしかして、意識しちゃってんの? 俺のこと」


 悪戯な顔で言った悠真の言葉に沸騰したのは、やっぱり小晴だった。羞恥で死にそうな思いをするのは、これで何度目だろうか。そのほとんどが悠真相手だと思うと、野放しにしていい男だと到底思えない。


「あ! そうだった!」


と、小晴は苦し紛れの言い訳を思いつき席を立ち上がった。ガタン、と椅子が鳴る。


「わたし用事あったの忘れてました。やっぱり今日帰ります! 悠真さんは、他の子と喋ってください!」


 荷物を抱えて、逃げるように背中を向ける。赤い顔が誰かにバレそうで、悠真に揺れていることを知られてしまいそうで、呼吸が浅くなる。だって、まだどっちなのか私はわかってないのに。


(朱音ちゃんたちには、あとで連絡すれば大丈夫な、はず!)


 小晴は、教室の外へ足早に向かった。ちょうど出入口の扉のところで、人にぶつかりそうになって慌てて一歩引く。


「ごめんなさい」


 小晴は相手の顔を見る前に謝った。


「小晴ちゃんこそ、大丈夫?」

「え、拓也さん」


 名前を呼ばれたことにも、ぶつかりかけた相手が拓也だったことにも、小晴は驚いた。


「あ、えっと。大丈夫です。すみません、ぶつかりそうになっちゃって」

「大丈夫だよ。それより来てたんだ」


 柔らかい笑みを向けられ、少しだけホッとした。しかし、ちょっとしたアクシデントも一旦落ち着くと、すぐに頭は悠真のことを思い出して、焦燥感が戻ってくる。


「あ、でも。その、野暮用思い出して」


 視線を右往左往させながら、「もう帰ります」と言いかける。そんな小晴に、拓也はにっこりと笑った。


「ウソでしょ。悠真と何話してたの?」

「え?」


 偶然、じゃないような拓也の話出しに小晴の目が丸く見開いた。なぜか目の前の拓也が、小晴の行く手を阻んでいるような錯覚に陥る。


(どういうこと? さっき悠真さんと話してたの見てた、とか?)


 立ち塞がるような位置に立っている拓也を、小晴はしばし見つめた。けれど、拓也の考えは読めない。だんだん賑やかになってきた教室は、人の出入りもさっきより流動的だ。このまま立ち話をするには入口付近は邪魔な場所で、拓也がさりげなく小晴を端に寄せた。


「何話してんのかなって思ったらさ、顔真っ赤じゃん。俺のことだけ見ててって言ったのにな」


 片腕で小晴を端に寄せた拓也が、自然な流れで身を屈めて小晴の耳元でぼそりと呟く。


「っ…え、それは、えっと、あの…」


 否定も肯定もできず、しどろもどろな返事になってしまう。ふいに近づいた距離に心臓がバクバクと脈を打つ。ふわっと香った爽やかな香りも、ドキドキを助長させる。


「今日もさ、朝から小晴ちゃんに会えないかなって思ってたから会えてラッキーなんだけど、俺とは話してくれないの?」


 爽やかな笑顔が、小晴にさらに大きなダメージを与えた。


(な、なんで?)


 脳内に大量のクエスチョンマークが生成され、湧き出し、埋めつくす。小晴の今日の予定では、朱音と陽介と玲央と平和に前期最後の全体活動を楽しんで終わるはずだった。なのに、悠真も拓也も小晴が立てた今日の筋書きを全てぶっ壊しに来ている。絶対におかしい。変だ。変なのは、昨日からいやもっと前からだけど。


 今までこの二人が、サークル内でこんなにあからさまに話しかけてきたりなんか、絶対にしなかったのに。絶対に隣に陽介や、怜央がいて、小晴はついでに会話をするくらいだったはずなのに――。


 特に今日の拓也と悠真は、夢の中の二人のように気さくな距離感で、親し気で、小晴との間に流れる絶対に交わらないはずのカーストの境目をあやふやにしにきている。まるで、外堀でも埋めようとしているかのようだ。


(まさか、そんな…)


 自分の考えを笑ってみようと思ったが、うまく笑い飛ばすことは出来なかった。


「なんか、今日の小晴ちゃんいつもより固くない?」


 黙ってしまった小晴に、拓也はいつも通りの優し気で心配そうな顔をした。その優しい顔の裏に、何かを隠しているように見えて、小晴の瞳が不安げに揺れる。夢の中の拓也は、もっと純粋に優しかった。今の拓也は、どこか意地悪だ。悠真と少し似ている。


「…、そう、ですか?」


 小晴の心を読まれた気がして、目を泳がせた。


「なんかあった? あ、俺の夢でも見ちゃったとか?」


 意地悪満載の冗談まじりの拓也の言葉。すぐに否定して笑って誤魔化せばよかったのに、小晴は石に亀裂が入るかのような衝撃を受けて、ピシッと凍り付いた。そんな小晴に拓也も目を丸くする。


「え、まじで? うわー、やば、ちょ……マジ?」


 拓也があからさまに動揺する。ほんのりと赤く染まった拓也の耳を目撃して、小晴は戸惑った。いつも余裕そうな拓也の動揺は、新鮮そのものだったから。


「絶対俺、いま赤いじゃん。恥ず」


 しかし、拓也が揺れたのはそのたった一瞬だけで、すぐに意地悪で楽しそうな顔を小晴に見せた。


「で? 夢の俺に何されたの? 教えられない系?」


 再び近づいた距離。耳元に落とされた声音は、明らかに小晴の反応を楽しんでいて、拓也の動揺に割く余裕は吹っ飛んでしまった。


「っ~~、見てません!」


 すでに無意味な言葉で悲鳴を上げるように小晴は否定した。この場に誰もいなければ、絶対に叫んでいた。







「こは!」


 飽和しそうだった空気に、朱音の声が耳をついた。


「朱音ちゃん」


 ひらひらと手を振ってニコニコ笑う朱音を見ると、途端に心の底からホッと息を吐けた。


「来てたなら言ってよ。あ、拓也さんこんにちはー。昨日ぶりですね」


 朱音はちょっとした不満顔を見せて、小晴のすぐそばに立つ拓也に挨拶をした。


「朱音ちゃんも来てたんだ」

「ずっと居ましたよー」


 拓也の言葉に、朱音はにこにこと少し不自然に思えるくらい笑顔を絶やさない。


(なんか、朱音ちゃんちょっと変?)


 小晴は、朱音の様子をすこし不思議に見つめた。


「ごめん、気づかなかった」

「全然、大丈夫です。こは、陽くんと怜央のとこ行こう」


 いつもより少しドライに見えた朱音だが、自分に向けられたものは何一つ変わっていない。朱音の提案に小晴は頷きつつ、気のせいだろうかと首を捻った。


「じゃ、拓也さんもまたあとで」

「ああ、またね。二人とも」


 朱音のおかげでやっとプレッシャーから解放され、小晴は安堵の表情を浮かべた。



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