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恋人未満、スキャンダル以上——これは恋じゃない。ホラーです。  作者: さくらしゅう
第十章 真夏、衝突寸前

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第21話 臆病な標的

 


 大学構内で定番と化した小晴たちのいつもの休息所は、今日も人が疎に点在している。


「陽、どうした~?」


 陽介に招集をかけられた怜央と朱音が合流し、いつものメンバーがやっと一つのテーブルに揃った。


「うん。じゃあ、はい。はるちゃんどうぞ」

「え、私!?」

「だってはるちゃん。折り入って相談したいことあるもんね?」


 陽介には珍しい有無を言わさぬ笑顔に、ゴクリと小晴が唾をのむ。


「なになに。どうしたの?」


 朱音と怜央の視線が小晴に向いた。もう逃げられない舞台は用意されているのだと観念し、小晴は覚悟を決めてつい昨日あったことを話し始めた。


「「えええええ!? 昨日のデートでカラオケ行った!?」」


 驚きに溢れた二人の声がフロアに炸裂する。


「ちょ、二人とも。声大きいよ!」


 顔を真っ赤にした小晴が、慌てて周りを見回した。


「いや、だって。こは、これは事件よ!?」


 朱音の鬼気迫る顔は、怒っているのかテンションがただ上がっているだけなのか判断がつかない。反対に玲央は、叫んだ後一転して静まり返ったため、冷静に戻ったのかと思ったら。


「え、てか。え、…無事?」


 …―――衝撃発言だった。


「怜央くん!!」


 まさかの質問に小晴は怜央の名を呼ぶ。


「いや、だって…」


 突飛な発言をした怜央の目は明らかに動揺で泳いでいる。彼にとっても、それだけ衝撃だったのだろう。


「無事です。なんにもない。ほんと。信じて!」


 必死に小晴は弁明した。本当に、なにも昨夜は起こっていないし、みんなが思うほど悠真はチャラい男ではない。確かに帰したくない云々は言われたけど、言われたけども。

 でも、手を繋がれただけだ。キスだってしていない。


「いや、さすがにそれはないだろ」

「そうだよ。こは。怒らないし引かないから正直に言って」


 全く信じていない怜央と朱音が、真剣な顔で小晴に詰め寄る。


「だから、ほんとに何もないってば」


 小晴はそんな二人に微苦笑を浮かべた。


「ほんとのほんとに? キスはされたでしょ? 絶対キスくらいされちゃってるでしょ!?」

「やばい方のな。全然笑えないほうのキスされてる。絶対に」


 今日の朱音と怜央は、いつも以上に相性抜群だ。


「や、だから、ほんと。なんにもないってば。私と…、ゆ、ぅまさんの間でなにもなかったし、ほんとお願いだから、想像するのやめてよ~…」


 小晴の顔はすでに泣きそうである。顔を真っ赤にさせて、今にも溶けてしまいそうだ。悠真と二人でカラオケに行っただけなのに、みんなが何を想像したのか理解してしまったせいだ。


「キス、されてないの?」

「あの悠真さんに?」


 息がまたしてもピッタリの二人は、小晴の言葉にしばし呆然となる。そんなところもそっくりである。 


「されてない! されてません!」


 小晴はやけくそで言い切った。


「え、まって? そっちの方が衝撃なんだけど!?」

「それならそれで、小晴はむしろ何したの? 幻滅させるようなことした?」


 小晴のやけくそも空しく、二人のテンションに負かされる。


「げ、幻滅って…。そ、そもそもだよ? そもそも、その…。やっぱり悠真さんって私のこと、その。…えっと…、」

「なに?」


 歯切れの悪い小晴に痺れを切らした朱音が続きを促す。


「だ、だから! だから、その。ちょっとは…、好き、って思ってくれてるのかな…」


 段々と小さくなっていく声は、最後の方はほぼ聞こえないくらいにか細かった。


「「は?」」


 怜央と朱音、二人の声が重なり和音みたいになる。


「だって! だって、ほら! 遊びとか、なんか、そういう可能性もやっぱりあるし。私が、もし悠真さんからのアプローチに本気になっちゃったら、私が傷つくだけじゃん」


 これは本音中の本音だ。アプローチをされて嬉しくないわけではない。でもそれ以上に浮かれて傷つくのが嫌なんだ。ほら見たことかと自分に指をさされて笑われてしまいそうで、本気かもしれないを信じるのが怖い。


「こは。あんた、まだそこにいたの…」


 朱音が呆然と呟く。


「まあ、はるちゃんの言葉を僕らは信じるとしてさ。はるちゃんは、何で悠真くんの言葉信じてみようって思ったの?」


 今まで黙っていた陽介が口を開いた。きっとこの場で彼だけが唯一冷静だっただろう。


「確かに。どこらへんで違うかもって思い始めたんだよ」


 怜央も陽介の言葉に同調した。


「徐々に、というか。その、私に飲めそうなお酒さりげなく選んでくれたり、へたくそな歌聞いても笑わないでいてくれたり、私が楽しめるように気遣ってくれたりとか。なんか、節々で優しいというか、きっかけがなにかはよく分かんないけど」


 言っていて、自慢に聞こえないかとという不安と、自ら告白している状況の恥ずかしさが同時に発生する。


「やば…え。それ誰の話?」

「悠真さんだってば!」


 朱音のボケに珍しく小晴がツッコんだ。


「いやいやいやいや、知らん知らん。そんな男の話。私の知ってる悠真さんって、場は超盛り上げてくれるけど、女の子にそこまで気遣わないし、そもそも女子の歌なんてほぼ聞いてないし、お酒とか選んであげたりなんてしないから! ド本命すぎるってば!」


 え、そうなの? と言いたくなる朱音から見た悠真の印象に、小晴は少し驚いた。


「いや。流石にそこまで酷くねえから」


 朱音の手厳しいを超えて辛辣な評価に玲央が苦く笑う。


「つか、え? 陽は、小晴に何て相談されたわけ?」

「あー…。男がカラオケで恋愛ソングを歌う意味について?」


 怜央が小晴から陽介に視線の先を変え、陽介も怜央を見た。


「ちょっ、は!? え、なになに、なに歌われたの!? まって、こは。あの美声のラブソング浴びてきたの!? 信じらんない。それで無傷!? 無傷で帰還ですか!? え、もしかして小晴はスター状態なの!?」


 朱音の恋愛シチュヲタク心に油を注いだらしい。一人無双モードに突入してしまった。


「どうどう、落ち着けよ朱音。悠真もほら、きっと昨日はコンディション最悪だったんだよ。きっとアレがあれで、悠真さんが悠真ちゃんだったんだって」

「いや、あんたも落ち着けよ」


 そんな朱音にツッコんだはずの怜央もボケに回っていて、もはや二人でコントを始めてしまっている。


「で、はるちゃん。悠真くんになに歌ってもらったの? 言わなくてもいいけど言ってくれたら、ちょっとはわかるかも? なーんて」


 陽介は、大混乱をきたしている二人を一旦放置して、小晴がこれ以上困惑しないように微笑んだ。


「…、紙に書くなら」

「うん」


 妥協案を出してきた小晴に、陽介は無駄なことは言わずにただ頷いた。


「じゃあ…、えっと覚えてる範囲でね。その、変な反応しないでよ」


 離席していた時に歌っていた曲以外はほぼ頭に入っていた小晴だが、みんなには一応そう伝えておいた。

 かりかり…、とノートを走るペンの音が聞こえる。三人の突き刺さる視線が痛い。まあまあな時間をかけて、ルーズリーフの端っこに悠真がカラオケで歌った曲を書き出した。書き出せたのは良いものの、小晴はややためらいを覚えた。


(これって、なんか…)


 もう一度自分が書き出した曲のリストを見て、仄かに耳が染まる。


「あの、…その。や、やっぱナシっていうか、これは見せられないかも…な、なーんて」


 恐る恐る三人に視線を向ける。


「いやいや、ここに来てもったいぶるとかなしなし。はい、確保」


 ひょいっと朱音にルーズリーフを奪われる。


「あ、待ってむり。みんな見ちゃだめ」


 小晴の制止空しく、朱音を中心に三人が紙を覗く。


 しん…――。


 悠真カラオケセットリストを見た三人は、一様に黙った。小晴にとっては地獄の時間だ。自分でも書いていて、なんかおかしいことにさっき気が付いたくらいだから…――。


 一呼吸置いたあと、小晴以外が顔を見合わせる。


「えっと…。ごめん。小晴。鈍感すぎない?」

「おーーーい、怜央。言い方、言い方考えて~~」


 陽介が、怜央の言葉を遮るように言った。


「いや、陽くん。これはムリよ? 擁護できません。むりむり、ゲロ甘だもん」

「朱音ちゃーん」


 陽介の声が空しく散っていく。


「てかこは。このゲロ甘選曲で、キスもしてないって普通に事件すぎて何も言えないんだけど? ねえ、小晴が拒否ったの? 流石にされそうにはなったでしょ? 雰囲気絶対やばくなった瞬間はあったよね? ねえ?」


「されそうになってないってば。手は、その、帰り駅まで歩くときに繋がれたけど…」

「それだけ? 馬鹿なの? 中学生?」


 朱音のツッコミが鋭さを増している。この短期間に名匠に磨かれた刀のようだ。


「ねえねえねえ。こはがデートした相手、ほんとに悠真さんで合ってる? すんなり帰れたってそれガチで言ってる? 冗談じゃなくて?」

「た、確かに駅前で、その…か、…か、ぇ、…たくない、とか言われたけど…。でもあれはいつもの冗談だったし!」


 ごにょごにょと、なんとか言い訳を絞り出すように呟いた。苦し紛れなのは、もうわかった。わかったけど、本当にこれ以上言わないでほしい。心折れる、絶対。


「悠真ガチじゃん」

「うん。思ってた以上で衝撃受けてる。だって、手出してないんでしょ? あの人が」


 怜央は悟りを開き始め、陽介が信じられないという顔をした。ある意味、小晴以外の三人からものすごい信頼をされている悠真である。


「なあ、どうすんだよ、これ。あっちは? あっちのデートもまあまあ糖度エグかったじゃん」

「だからかなあ。なんか今日のたっくんやけに怖かったんだよね。デート内容知ってたら納得かも」

「え? 拓也さんに遭遇してんの?」


 そして、小晴そっちのけで三人でわいわい話し出す。当の本人である小晴は置いてけぼりだ。


「ね、ねえ。絶対みんなが思うような雰囲気とかじゃないよ? 確かにいま書いて私も驚いてるけど」


 わいわいがやがやする三人に、小晴は待ったをかけた。そんなんじゃないと否定しないと、どんどんあらぬ方向に話が進みそうだったからだ。


「「いま!?」」


 また、小晴の発言に二人からツッコミが入った。どうも今日の小晴は、失言多発地域に踏み入れてしまった模様だ。


「ほんとに! ほんとだってば。カラオケだって、流れで決まったし。みんなが騒いでるのと違うってば」


 必死に否定するが、三人にあまり届いていないような気はする。それくらいは、小晴だって馬鹿ではないからちゃんと気づいている。

 でも、だって。

 小晴だって、小晴なりに、精一杯頑張っているところなのだ。


「じゃあ、どんな感じだったのよ。初っ端“I LOVE”歌われる男女のカラオケなんて、もはや狙ってるとしか思えないじゃん」


 朱音がジト―っと小晴を見つめた。


「つうか、俺が女子なら初手それって引く案件なんだけど」


 怜央は、小晴に合わせたのか少しだけテンション感を落としてコメントする。


「わ、私がその、お、とこの人と二人だけでカラオケ行くの初めてで緊張しすぎてたから、悠真さんがいつものおふざけって感じで歌ってくれて」

「うん、次は?」


 陽介が、場の進行に回る。


「2曲目は、私がまだ歌うの難しくて。気を遣ってバラード入れて落ち着いた空気にしてくれた、んだと思った…」

「すごいわ。ある意味ポジティブシンキングだわ」

「怜央は、ちょっと黙ってようか?」


 すかさず怜央の発言を陽介が止める。いちいちツッコんでいたら、この話はいつまでも終わらないからだ。


「それで、えっと。次は私が歌って。その後にこの曲ウケがいいんだって入れてた」

「悠真って、そういうところ絶妙だよな」

「うん。口が無駄にうまいんだよね」


 小晴には気を遣う陽介も、悠真に対するコメントには容赦を知らない。流石幼馴染というカードを持ってるだけはある。


「じゃあ、4曲目は? 流石にこれは言い逃れできなくない? てか、ここでキスの流れでは? 絶対私が悠真さんなら仕留めるよ?」


 朱音は、陽介から進行役を奪って会話の進行する。


「えっと、私が3曲目が悠真さんっぽかったって言ったら、勝手に線引きされるのは心外だから次はゆっくりめな曲いれるって、言ってたからだけど…――」

「ほらああ! 仕留めに来てんじゃん! 私正解じゃん! こは隠してるだけで、目見つめられちゃったでしょ? あっまーい顔してたでしょ? お前の瞳に吸いこまれそうだくらい言われたでしょ!?」


 会話を思い出しながら掻い摘んで朱音に伝えると、朱音が食い気味に言葉を発した。


「そうそう、頭にエロいことしか考えてない顔してたはずだ。間違いない!」

「流石に俺もその場にいたらキスされてもいいかもとか思うわ〜!」


 またもやテンションが爆発した二人が暴走する。


「ちょっとちょっと、二人とも過激! 過激にしすぎ! はるちゃんのHPもたないから!」


 陽介はその火消し役だ。


「…、たの」

「え?」

「は?」

「なに?」


 三人ともいつもより端的で一音が強い。


「だから、恥ずかしくなっちゃってその曲終わった瞬間にお手洗いに逃げたの! だって、声も雰囲気も目も、ぜんぶ、なんか、怖かったから~…」


 顔を真っ赤にした小晴が、結局白状するハメになる。


「えっ! まって! 逃げたって!? え、うそ!」

「逃げた? あの悠真から!?」

「うわあ、ちょっと悠真くんかわいそう…」


 もはや笑ってしまっている朱音・怜央と、複雑そうな顔を浮かべた陽介だ。


「だ、だって~」


 小晴はすでに半べそだった。そんなに自分が可笑しな行動をとっているなんて思わないし、今も思ってない。でも、ここまでの反応をされると自信がなくなってくる。


「はあ、一旦休憩しよう。小休憩。俺、なんか買ってくるわ。なんかいる?」


 怜央が、一息吐いて席を立った。


「あ、じゃあ私も行く」


 朱音も続いて席を立つ。


「陽はどうする?」

「あー…。一旦行こうかな。はるちゃん、いま一人の方が楽だよね?」


 陽介は、怜央の言葉を受けちらりと小晴に視線を向けた。それから気遣わしげに言う。


「…、ごめん」

「いいよいいよ。ちょっとぼーっとしときな」


 謝ることしかできない小晴に、陽介は軽く笑う。「ほしいものあったらLIMEしてね」と告げて、小晴を置いた三人は学内のコンビニへ行ってしまった。



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