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恋人未満、スキャンダル以上——これは恋じゃない。ホラーです。  作者: さくらしゅう
第九章 その青は、熱を孕んで

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第18話 計算外なのは、どっち

 


 悠真が歌い終わる直前で、ようやく小晴は自分の歌う曲を決めることができた。まるでなにか重大なミッションをやり遂げた気持ちだ。最後のワンフレーズを聞きながら、ちょっとだけ心の中で溜息を吐く。


 まるで現実感がないけど、本当にこれは現実なのだろうか。隣にサークル内の二大モテ巨塔の一人、冴木悠真がいて、なんかめちゃくちゃいい声で歌っている。しかもカラオケの前は、一緒に映画鑑賞からのお洒落なカフェ&バーでディナーだ。


 ついこの前は、拓也とも休日に出かけている。誰か、これが壮大なドッキリだと種明かしをしてくれた方が気が楽、絶対にショックは受けるけど。

 しっかり歌い上げた悠真は、今の今まで響かせていた美声は何でもないことのような顔をしてこちらを見た。


(歌まで上手って本当にずるい)


「小晴、なに歌うか決めた?」


 悠真の質問にこくんと頷く。


「なになに。気になるんだけど」

「たぶん。悠真さん知らない曲ですよ」

「へ~。じゃあ、余計楽しみだわ」


 悠真の笑った顔はずるい。クールな顔が、笑うと一瞬で甘くて人懐っこい顔に変化するから。


「もう、緊張させるようなこと言わないでください。悠真さんの歌聞いてから歌うのだいぶハードルすごいんですから」


 照れ隠しと本気を混ぜて、小晴は悠真から視線を外す。


「別に二人だけなんだからそういうの良くねえ? 俺は、小晴が歌ってくれるならそれだけで嬉しいけど?」


 顔が赤くなるのが自分でもわかった。たまに出るその素の優しいところが、小晴を戸惑わせるのだ。

 本気なのか、冗談なのか。本気にしてもいいのかも――なんて、変な期待をする自分が、ひょこっと顔を出す。


「じゃあ、音外しても笑わないでくださいね」

「当たり前すぎて、逆に笑う」


 何がおかしかったのか、悠真はクシャッと笑った。


「それも全部笑っちゃダメです!」


 なんだこれ。何がなのかはわからないけど、恥ずかしい。顔が真っ赤。悠真の優しさがいつもの何倍も出ているからだろうか。とにかく、この空間全てが恥ずかしさを生んでいる。ワタワタと慌てる小晴を笑っていた悠真が、ふと真面目な顔になる。


「俺、まじで笑わねえよ?」


 その急な切り替えは、どう考えてもズルだろう。


「ほら、マイク」


 手の中にポンと置かれる。ズシっとした重み。小晴は意を決して、前を見た。スゥッと息を吸って、吐き出す。イントロはもう流れている。目の前の大きなテレビ画面の中の歌詞を目で追った。歌い出しの声が震えた。ちらりと悠真を見ると目があって、優しい顔で、大丈夫だからって、少しくいっと動いた瞳が伝えてくる。

 笑わないでいてくれる悠真のおかげで、少し緊張がほぐれた。


 ♫〜

 最後の歌詞のパートが終わった。なんとか歌えたことにホッと息を吐く。一応、こなせたのではないだろうか。小晴は、マイクをそっとテーブルに置いた。


「ちゃんと歌えたじゃん。つか、普通に良かったし」


 ナチュラルに褒められて、照れる。小晴っぽいと言われて、なんだかポッと心が温かくなる。


「これ、私の頑張れソングなんです。頑張れない時聞くと、ホッとするから。ダメな日は、よく聞いてて」


 だから、素直に自分のことを話せたんだろう。


「俺もダメな日あったら、聞くわ。元気出るもん、これ」


 悠真も小晴の話を無碍にしたりすることはなかったから、自然と会話をしていた。


「悠真さんにダメな日とかあるんですか?」

「流石にあるだろ。俺も人間やってるんだから」


 当たり前のように笑われて、そうなんだと思ってしまった。


「意外?」

「ちょっと、意外でした」


 自然と小晴は笑っていた。


「むしろ小晴の方が意外だけどな」

「え? 私ですか?」

「いっつも笑ってんじゃん。気持ちがぎゅってしてるとか人に見せないタイプって感じだから、歌だとそういうところ見せてくれんだって驚き」


 何気ない言葉が、胸に刺さった。自分をちゃんと見てくれてると勘違いしそう。ううん、違う。これはたぶん本当に見てくれてる人の言葉だ。だから、刺さって抜けない。


「んじゃ、次は俺な〜。なにしよっかな」


 ずるい。

 ほんの数秒前まで、ちゃんと私を見てたのに。優しかったくせに。今はもう、自分の番だって笑ってる。

 私はまだ、その言葉を反芻してるのに。


「やっぱこれだな〜。結構ウケもいいんだけど、小晴は好き?」


 正面のテレビ画面に映ったタイトルは『怪盗』の文字。さっきまでの空気を掻っ攫っていくかのようなアップテンポな曲が部屋に鳴り響く。小晴を見つめる悠真の瞳は、悪戯に輝いている。


 ♫~

 悠真っぽい曲だと思った。さっきほんの少しだけ近くに感じた悠真が、また遠くに感じる。キラキラした女の子とノリのいい男の子たちと盛り上がっている悠真が簡単に想像ついてしまった。


(やっぱり住んでる世界が違う人だなあ…)


 テレビ画面に視線を移動させた悠真の横顔を見ながら、小晴はそんなことを考えていた。







「小晴には、あんま刺さんなかった?」


 歌い終わった悠真が、どこか不満そうな顔で小晴を見た。


「え? いやいや、全然。すごく良かったです! ただ、その。やっぱり悠真さんの周りに人が集まってくるの、わかるなあって。歌だけじゃなくて、雰囲気とか全部」


 ふわっと小晴は笑う。


「なにそれ」


 対して悠真はやや不服そうな顔をした。


「ああいうの、ちゃんと似合うのずるいなあって思っちゃいました」


 本心だったが、少しの本音は隠して伝える。


「…ふーん。じゃあ、次ちょっとゆっくりしたの歌おうかな」

「え?」


 小晴は、少し驚いて悠真を見た。


「勝手に線引きされるのは、なんか心外」


 全部見透かした言葉に、どきっと内側が動揺で震えた。


「次は、ちゃんと聞いといてよ?」


 悠真はささっと操作して、悩む様子もなく次の曲を決めてしまう。


(あ、この曲)


 イントロが流れ始めて、小晴は思わず目を丸くした。つい最近教えてもらって聴いてみた曲。メロディーラインが心地よい、拓也が前にLIMEで、カラオケに行ったら歌うって言ってた曲だ。


 最初はただ聞いていただけだったのに、小晴は途中で「あれ?」と思った。悠真の声と雰囲気と、目だろうか。なんだか、この曲が大きな意味を持っているように感じてしまう。悠真が歌っている途中に目が合った。甘い歌声が頭の奥まで届いて痺れさせる。


 おかしいな。

 どうしよう。

 頭、パンクしそう。

 まるで私のこと言われてるみたい。

 そんなはずないのに…――。


 曲が終わって、小晴は思わず立ち上がった。なぜか悠真の方は見れなかった。勘違いしていると思われるのも嫌だったし、もし、もしこれが本当でも今はなにかを言える答えが小晴の中にひとつもなかったから。


「あの、わたし。お手洗い行ってきます」


 悠真の返事もほとんど聞かず、鞄を持って逃げるように部屋の外へ行く。個室を出ると、密室特有の圧迫した空気が薄れ、頬を冷たい空気が撫でた。だけど小晴の心は、あの個室の中に置いてきたままだ。動悸がする。心臓がバクバクしていうこと聞かない。顔が熱い。手が震えている。なんなら足も。今気を抜いたら腰から力が抜けそうだ。


「い、一旦落ち着け。わたし」


 お手洗いの個室に逃げ込んだ小晴は、大きく空気を吸い込んで吐いて、煩いくらいに鳴っている心臓を両手で抑えた。



 *



 ……逃げた。


 爆速で出ていった背中を一瞬ぽかんと見送って、次にくくっと喉の奥で笑った。

 顔、真っ赤じゃん。


「あほバカ女」


 こういうのが刺さんのかよ。

 つうかちゃんと目、見て歌ったのに。


「逃げんなよ」


 普通、ここでトキめいちゃったりして、キスしてほしそうな顔するのがセオリーだろ。


(ま、そんな女じゃないって分かってるけど)


 今ので少しは本気にしろよと思いながら、自分の気持ちの入り方がやや本気っぽくて驚く。

 付き合いたい気持ちに嘘はない。しかしただ一人に強い執着があるかと聞かれると首を傾げる程度なはずなのに、小晴が逃げなければ本気でキスでもしてた気がする自分がいる。


 今は余裕を見せる時だと分かっているはずが、さっきの小晴の発言にちょっとムカついて、ギアを上げ過ぎた。だいぶムキになっていた自覚がある。


 くそ。


「まじ調子狂うわ~…」


 はあ、と溜息を吐いて後ろのソファに倒れこむ。


(…ほんと、調子狂う)


 しん、とした部屋に、音楽も声も、何も響かない。悠真の耳が、ちょっとだけ赤かった。



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