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恋人未満、スキャンダル以上——これは恋じゃない。ホラーです。  作者: さくらしゅう
第九章 その青は、熱を孕んで

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第16話 からかいの裏側

 


 今日の悠真との放課後デートが決まったのは、実は拓也がデートを取り付けたあの日だった。小晴が精神ダメージを受けて撃沈していたところに、悠真から一通のLIMEが届いていた。


「え、まって。え、うそでしょ!?」


 朱音、陽介、怜央と別れ、自宅への帰り道の途中で気が付いて、素っ頓狂な声を発したのは言うまでもない。たまにやらかしがちな小晴ではあるけれども、さすがに悠真へのLIMEの返信は、拓也の二の足を踏まなかった。一旦スマホの液晶を落とし、自宅の自分の部屋についてから改めてLIME画面を開いた。


 人は危機を経験すると、ものすごいスピードで成長するものなのだ。内心の動揺は相当なものだったけれど、とにかく大失敗を犯す愚行はしていない。小晴の心的状態から拓也とのデート決定までの流れと比べるとかなりのローテンポではあったが、順調に日にちは決まった。


 楽しみにしていいのか、この状況を真剣に悩んだ方がいいのか深刻に悩んでしまった小晴は、悩んだ末、朱音にだけ悠真とのデートが決まったことを相談していた。

 贅沢な悩みであることを前提として、今の自分の状況に理解が追いついていないことを切々と語ったあの夜の小晴は、恋の悩みを打ち明けるというよりも、進路相談ばりの真面目さだったとのちの朱音は語る。


 そして陽介と怜央に伝えるのは、いくらなんでもと朱音の提案を辞退していた。結局、当日に二人にはバレてしまったのだけれど…――。


 そして今、小晴は悠真と映画館にいる。ちょうどストーリーを全て観終わり、小晴と悠真はロビーに戻ってきたところだった。ざわざわと人のざわめきが、辺り一面に広がっている。


「結構面白かったな~」

「はい! わたし、途中ぎゅって手握っちゃいました」


 最初の方は、悠真と映画を一緒に見ている状況にドキドキしていたが、途中からは内容に引き込まれて忘れていた。


 映画の内容は、うさぎの警察官とキツネの詐欺師がバディになるハートフルストーリーだ。有名な制作会社の作品で、世間的にも話題になっていたから前々から気になっていた。


(映画館で観れて良かったなあ)


 映画は、可愛らしい絵柄の割に色んなテーマを扱った作品だった。ドキドキしたりわくわくしたり、終始感情が忙しくて、いつの間にか悠真とのデートの緊張も途中でどこかに消えていた。

 そんな中でも小晴が一番刺さった場面は、うさぎ警官の曲げられない信念と、キツネの嘘で隠した本心のところで、特にぐっときてしまうシーンだった。


「知ってる。映画見てる途中の小晴、面白かわいかったもん」


 小晴が映画の感想を話すと、悠真は子どもでも見るような目で笑みをこぼした。


「え!? み、見てたんですか?」


 映画鑑賞中の自分を見ていたなんて知らなかった小晴は、驚きと恥ずかしさでごちゃついた顔をした。


「なに、俺に見つめられて嬉しかったって?」

「またそうやって…」


 まだまだ悠真の冗談に小晴の耳は赤くなる。揶揄われていると分かっているのに、翻弄されてしまう自分が恥ずかしい。


「かわいいって思ったの、嘘じゃねえんだけど?」

「え…、?」


 突然変わった声のトーンにドキリとした。悠真を見て、固まってしまう。


「なーんちゃって?」


 横に並んで歩く悠真は、ちらりと小晴を見て笑う。周囲から見たら、小晴と悠真はカップルに見えているのだろうか。


(で、デートってこと思い出させるのやめてほしい~…)


 映画で忘れていたドキドキが蘇るどころの話じゃない。


「もう、ほんとにやめてくださいって。わたし陽ちゃんたちみたいに返しが上手じゃないから、困っちゃうんですよ。そのノリ」

「ふーん。へ~、困っちゃうんだ? なら、もっと困ってみる?」


 小晴が怒ったところで、悠真の軽口は止まらない。

 うん、知ってる。知ってたけど!


「だからもう、悠真さんってば!」


 心臓が、すでに壊れかけている。


「はいはい。悪かったよ」


 すでにこれは何度目の抗議だったか、やっと手を緩めてくれた悠真だが、小晴のHPは限りなく赤に近い黄色ゲージといったところである。



 *



 映画館を出るとすでに辺りはすっかり陽が落ちていた。それもそうだ。もう時間は19時を過ぎている。


「腹減ったし、飯食いに行くか」

「もう決まってるんですか?」

「うん。小晴好きそうだなで店選んだ」


 拓也もだったが、悠真も当たり前のように行く店を決めてくれている。褒めてくれること然り相当場数を踏んでいるからだろうけれど、普通にちょっと感動する。


「あ、今きゅんとしたでしょ?」


 そしてなんでこの人は、全部言葉にするのだろうか。小晴が絶対にうちに留めておくようなことを平気で口にするから、それだけで心臓が跳ねてしまう。


「…、不覚にも」


 意地悪な瞳を反抗的に見つめながら、小晴は渋々と頷いた。


「あれ。素直じゃん」


 否定されると思っていたのか、少しだけ驚いた顔をする。たったそれだけのことで、悠真の素が少しだけ垣間見れた気がした。


「これは、不覚なので。全然、事故みたいなやつなんで」

「あー、はいはい。正面衝突の大事故だな、そりゃあ」


 往生際悪く言い訳を並び立てた小晴を悠真は否定することなく、ケラケラと笑う。そして小晴は、どの方面からでも攻められる悠真に、なんて恐ろしい男なのだと静かに震えた。






 悠真に良いように翻弄されながら、小晴はなんとかHPを残して店に辿り着いた。席に案内され、腰を下ろす。店内は全体的に薄暗く、オレンジ色の照明に照らされていた。色んな形の照明が、まるで宝石のようにキラキラと光を帯び輝いている。


「席ついて早々で悪いんだけどさ。小晴、20歳なの?」


 お洒落な空間に若干気圧されながらも、初めてくる場所に浮かれていた小晴は、悠真の言葉でやっと正面を向いた。やや眉間に皺が寄っているようにも見える悠真だが、たぶん照明のせいでそう見えるだけなのだろう。


「はい。この前なったばっかりで。あ、そうだ。えっと、お店予約までしてくれてたみたいで…、その。ありがとうございます」


 ハイセンスな空間が嫌味なく似合っている悠真は、いつにも増して大人びて見える。この場所に今一緒にいることが、まるで夢のようで嘘みたいに思えた。「恐縮の限りでございます」と小晴は内心で深々と頭を下げた。


「小晴とデートすんだから当たり前。つーか、この前って?」


 さらっと言われたが、それは果たして当たり前なのだろうか。全く当たり前ではない気がするけれど、と疑問を抱えながら小晴は、悠真の質問に答える。一昨日が誕生日だったと告げると、悠真が目を丸くして驚いた。小晴も悠真の反応にびっくりする。なにか変なことでも言ったのかと不安が過った。


「いや、待って…。まさか…――誕生日。拓也と過ごした?」

「え? いやバイトでした」


 なんで拓也さんなんだろうとまた疑問が生じた。首を捻りながら先日の予定を話す。

 そもそもなぜ悠真は、小晴が拓也と出かけたことを知っているんだろうか。


「……は?」

「あの、わたしさっきから何か変なこと言ってます?」


 なぜ一つ一つの回答に、そこまで驚いてもらえるのだろうかと小晴はとても不思議に思った。


「うん? うん。ちょっと待って。小晴、誕生日にバイトしてたの?」


 悠真さんが混乱している。珍しい。ちょっと面白い。いや、違った。違くはないけど。失礼だから、言うのはやめておこう。


「? 人足りてないって言ってたので」


 小晴は疑問を抱きつつ、聞かれたことに真摯に答えた。事実しか、今のところ伝えていないはずだが、悠真にちゃんと伝わっているだろうか。


「へー…」


 小晴の心配空しく、悠真の反応は何とも言い難いほど微妙だった。悠真がさっきからなんの会話をしているのか、小晴は一向にピンときていない。


(私たち、いま話の内容なんか噛み合ってない?)


 自分の言い方で、悠真になにかしらの誤解を生んでるのだろうか。なんの誤解が生まれているのか、一つも思い当たらないけれど、嚙み合っていないことだけは合っている気がする。


 色々と考えあぐねた結果、小晴はひとつの可能性に気が付いた。たぶん悠真は悠真なりに、小晴の心配しているのだろう。さすがに誕生日にバイトしていたと聞いたら、確かにちょっと心配するかもしれない。

 なんだかんだ悠真は、周りをよく見ている面倒見のいい先輩だ。しかもかなり派手に遊んでいるタイプの人だから、小晴の誕生日の過ごし方は理解の範疇を超えたんだろう。きっと誕生日にバイトなんていうのは、ナンセンスすぎたということだと思う。そうに違いない。

 小晴は悠真の心配を取り除くために、「あの、でも」と口を開いた。


「バイト終わってからさすがにちゃんとお祝いしましたよ! 家でお酒初めて飲みました」


 改めて、小晴は自分の誕生日について説明した。住む世界が違う住人同士、こういったすれ違いは確かに当然あって仕方ないことだ。


「…かわいすぎるじゃん、そのエピソード」


 悠真の固かった表情が氷が溶けたように柔らかくなった。取り繕った感じもない自然な微笑だ。


(あ、良かった。合ってたみたい)


 どうにか答えを見つけられてよかった、と小晴はホッとする。


「初めてのお酒の味は、どうだったの?」

「お父さんのビールと、お祝い用のシャンパン飲んだんですけど、まだ子ども舌で」


 アルコールの独特の苦みを思い出して、小晴は少しだけ眉を顰め、それから困ったように笑った。


「そっか。誕生日、楽しそうでよかったよ。でも俺も当日祝いたかったなあ。わかってたら、LIMEだって送ったのに」


 そう言った悠真の顔が、とろんと甘い。ちょっと拗ねた感じも入っているけど、とにかくなんか甘い。目が、いつもとちょっと違う。砂糖菓子を溶かしたような甘さを纏っていて、小晴の心臓がドキッと跳ねたのと同時に頬も熱くなる。


 おかしいな、変だ。わたし。


「…、そう言ってもらえるだけで光栄です」


 返事に迷った末、小晴は視線を悠真から外して笑って誤魔化した。暗くてよかった。明るかったら絶対揶揄われちゃう。


「本気で言ってるんだけど~?」

「じゃあ、来年お祝いしてください」


 悠真の軽口調の返しに、なんとか小晴も体勢を立て直せた。ふわっと普通に笑って、言葉を返す。


「え、いいの?」

「悠真さんが覚えてたら」


 どうせ覚えてないだろうと思って言った。


「それ、俺が忘れると思ってんだろ」

「まさか」


 バレたと思ったが、これは表面には出ない。だって、お互いこの場のみの軽口だと分かって楽しんでいるのだから。


「まあ、いいよ。今日のデートは、小晴の20歳のお祝いに変更しよ」

「え、そんないいですよ」

「遠慮すんなって。ほら、何食べたい?」


 メニュー表を開いて、少し近づいた距離にまた鼓動が早まった。広くはないテーブルのせいで、ふわりと香ったシダーウッドの匂いが小晴の鼻孔をくすぐった。



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