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後輩刑事×先輩元刑事(定年退職)

 After


 仄暗い病室。ベッドの脇で。先輩が、眉を顰めて座っている。私は、彼女を見上げて苦笑した。ほつれた白髪が、先輩の頬に掛かる。それを払ってあげたいのに、私の手はギブスで固定されており、叶わない。

「ばか。何、怪我してんのよ」

「すみません……」

「知ってる? そういうの、年寄りの冷や水っていうの」

「はい……」

 確かに、この年での骨折は良くなかった。元へ戻るのに、どれだけかかるだろう。冷や冷やする。そのことは、きちんと反省しつつ。

「もうすぐ定年退職だってのに。ここまで来たんだから、ちゃんと最後まで生き抜いてよ」

 ほろほろ零れる先輩の涙を、ずっと見つめていた。

「私をひとりにしないでよ……」

 あなたが泣いている。

 眉を顰め、口元を歪めて、流れる涙をそのままに。私の手を強く握り締めて。

 あなたが泣いている。

 すべては、私の所為だ。

 あの強いあなたが、こんなにも弱弱しく。ただのか弱き老女のように泣いている。

 いけないことだとわかっているのに。

「すみません……」

 それを私は、心から嬉しいと思ってしまった。

(いつから私は、こんなにも浅ましくなったのか)

 それでも、今更この手を離せやしないのだ。



 Before


 大きな事件が終わった夜。うちの班のあたりは閑散としていた。みんな、久々の定時上がりだ。その中で、先輩だけが書類とにらめっこしている。……違うな。あれは、心を落ち着かせてるんだ。あるいは、沈み込んでいく気持ちを何とか押し留めている。私は息を吸って、努めて明るい声を出した。

「せーんぱい! これ、どーぞ!」

 ビニール袋から出したものを先輩の前へ。

「! これ、コンビニ期間限定の……」

「そう! 白みそとんこつラーメンですよ」

 カップ麺マニアの先輩が、ずっと食べたいと言ってたの、覚えてました。

「もう売り切れたんじゃ」

「この辺のコンビニでは。けど、もうちょっと行った先のところじゃまだ売ってたんです」

 と言ってもラス一だったので、これ一個しか買えなかったんだけど。

「どうして……」

「今回のヤマ、めっちゃしんどかったじゃないですか。精神的にも。だから、ご褒美です」

 先輩には、笑っていて欲しいから。

 私がそう言うと、馬鹿ねと先輩が笑った。ふわ、と。柔らかく。まるで春の野ばらが、そぉっと花開くみたいに。先輩はどちらかと言えば美人系だけど、そうして笑うとたまらなく可憐で、無垢な少女のように見えた。その笑顔を見るだけで私の心はいつでも華やいだ。

「しんどいのは、あなたも一緒でしょ。無理しないで」

「先輩の笑顔が見られたので、へっちゃらです!」

 自分がそれを引き出せたのなら、尚更。どんな疲れも吹っ飛んでしまう。

「これ、折角だから半分こしましょ」

「! いいんですか?」

「もちろん。美味しいものは、分け合ったらより美味しくなるんだから」

 一番好きな食べ方よ、と笑う先輩は、本当に眩しくて、愛おしくて。心の底から、嬉しくなった。


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