甘い物嫌い×ショコラティエール
After
そのチョコをひと口食べると、彼女の顔つきがヒュッと変わった。見る見るうちに目のあたりが険しくなる。もともと刻まれた皺が、より深くなる。
「ちょっと。これ、アンタが作った奴じゃないね」
鋭くそう言われ、私は目をぱちくりと丸くした。
「あら。よくわかったわね」
そう。そのチョコレートは、私の弟子が作ったものだ。
「でも、レシピは私のものだから。私が作ったも同然よ?」
半世紀以上前に私が編み出した、甘い物が嫌いなあなたのためだけにあるレシピ。
「はあ? 何寝ぼけたこと言ってんだい!」
彼女は、残りのチョコレートが入った箱を、私の方へ押しやった。
「私は、『アンタの作ったチョコレート』が食べたいって言ったんだよ。それしか食べられないんだからね」
わかったんなら、自分で作り直してから持ってきな。
彼女はそう言うや、ふん、と鼻息荒く椅子にふんぞり返った。
「……もう。我儘ね」
私はため息を吐く。誕生日プレゼントを貰って、突き返しておいて、言う科白じゃないでしょう。まったく。
腰も痛くてたまらないし、目だってすぐしょぼしょぼしちゃって、とてもじゃないけど完璧なチョコレートなんてもう作れやしないのよ?
そんな私に作れと言う。
「一生私にチョコを食べさせるなんて、豪語したアンタが悪い」
それを酷いと思う前に、嬉しいと思ってしまう自分に、苦笑した。
Before
目の前に置かれた美しい焦げ茶色のお菓子は、私が一生縁の無い物。の、筈だった。
しかし。
「…………美味しい」
「美味しいなら、もっとそれっぽい顔しなよ」
彼女が苦笑する。私は咳払いを一つして言い直した。
「じゃあ悔しい」
「おお。顔と言葉が一致したね」
チッと思わず出た舌打ちなんて気にせず、彼女が小首を傾ぐ。
「ね? 私、あなたに相応しいチョコレートを作れたでしょ?」
「まあ」
甘い物嫌いを豪語していた私が、彼女の作った宝石みたいなチョコレートの前に敗北した。この意味は。
「じゃあ、私をお嫁さんにしてよ」
彼女の告白を受け取ることと、まったく同義なのだ。
……それを、実はまったく嫌だと思っていないからこそ出たのが、先程の舌打ちだった。




