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絵描き×モデル


 After


「あら。こんなおばあちゃんの寝姿なんて、絵になるかしら?」

 しどけない姿で、この私に横たわるおばあさんが妖艶に微笑んだ。ちなみに私は、とある有名なブランド生まれのベッドだ。勤続五年になる。

「なるに決まってるよ、ミコ。その皺一本一本に刻まれた君の人生は、美そのものだ」

 ベッドの傍らに座るおばあさんが、そう言って静かに微笑んだ。彼女の枯れ枝の手は、一瞬も止まらず、鉛筆を走らせ、紙にミコさんの姿をしっかり描き留めていく。

 彼女の言葉は、真実だ。ミコさんの笑い皺は優しそうに見えるが蔭があり、痩せた身体に浮かぶ皺は、美しいシーツに寄った悩ましげなそれの如く、奇妙な艶かしさがあった。

「相変わらず上手いこと言うのね、エナ。変わらないわ」

「……君は変わった」

 エナさんが、くすぐったそうに笑う。彼女の笑い皺は、屈託の無い感じがする。

「初め君にモデルを頼んだとき、君は私の頬をぶった。なんて厭らしい人なの、とね。けれどそんな風に恥じらっていた君から、まさか私を誘惑してくるなんて」

「やぁだ。またその話? 同じ話ばかり繰り返すのは、老人のすることよ」

 五十年もしていて、まだ飽きないの? とミコさんが呆れるように言った。

「老人だから、構わないんだ」

「何度も言ってるでしょ? ……私をこうしたのは、あなたよ」

 エナさんが、クロッキーから顔を上げる。二人の視線が絡み合う。

「……君は、私のミューズ。それは変わらない。だが、今はこうも思う」

 ミコさんに吸い寄せられるように手を伸ばし、エナさんは言い切った。

「ファム・ファタル……運命の悪女だと」

「それはこちらの科白」

 二人の笑みが重なる。私はただそれを受け止めた。


 Before


 友人が、運命の出会いをする瞬間を見た。

「なんて美しい! 私の絵のモデルになってくれないか!」

 相手は学園始まって以来の完璧淑女と名高き美女だった。

「……。ヌード、なんてことはありませんよね?」

「もちろん! 一糸纏わぬ君を、ありのままの君を、私に見せて欲しい!」

 パァンッ

 頬を叩かれる音が廊下に響き、告白は地に落ちた。……まあ、友だち視点でも擁護は出来ないなと思ったのでさもありなんだ。

「何て厭らしい人! 男は卑しいと常々思ってきたけれど、女もよほど浅ましいのね!」

「ちっ、ちが……っ! 私のは、そういうことじゃなく、ただ純粋に君の美しさを紙の上に表したいだけで……!」

「きゃっ! 近寄らないで!」

 パンッ

 二発目。とても痛そう。

「いでっ。……待ってくれ、私のミューズ!」

「汚らわしい! こちらに来ないで!」

 ……ここから、この世のものとは思えないほど美しい芸術作品が生まれることも、恋が生まれることも、誰が予測出来ただろうか。きっと誰にも出来なかったから、運命の出会いだったと言えるのだ。


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