幼馴染の姫子が俺にツンするために相合い傘を仕掛けてきた
「……別に、あんたのためじゃないんだから!!! 」
姫子は今日もツンツンしている。俺は雨が降り始めて困ってしまって、乗降口で立ち止まっていたんだ。そうしたら姫子が声をかけてきて、傘に入れてくれた。
俺は押尾。今、俺たちは、赤い傘で相合い傘をして下校しているところだ。他の人からはカップルに見えるかもしれないが、俺たちはただの幼馴染だ。
この赤い傘にも思い出がある。昔、俺が姫子の傘に悪戯をして壊してしまったことがあった。だから、姫子が可愛いって言っていた母の傘をもらって代わりにあげたものなんだ。
その時に「姫子と二度とケンカしないように」っていう気持ちで小さな猫のストラップをぶら下げた。その猫は今も取っ手の下でゆらゆらと揺れている。
だから相合い傘は珍しいことではなくて、昔から繰り返してきたことなんだ。そして、この時間は俺にとっては特別な時間なんだ。
「今日も待っててくれたんだろ?」
「……違うって言ってるでしょ!濡れた犬みたいになって後から文句言われるのが嫌だっただけよ!」
そう言って、姫子は下を向いてしまった。
赤い傘には大粒の雨が絶え間なく降り注ぎ、うるさいくらいにボツボツという音がする。
大粒の雨が傘を揺らす度に、猫のストラップがわずかに振動する。
(あっ、冷たい……)
「おっと濡れてるじゃないか。もっとこっちに寄れって」
俺は姫子の肩を引き寄せた。
「さっ、触らないでよ! 」
そう言いながら、姫子はぷるぷるしている。黒の長髪の隙間から、耳の先が赤くなっているのが見える。
猫のストラップが姫子に当たって揺れる。
(うっ、うわわわわ)
傘にこもった姫子の髪の甘い匂いが、ふわっと鼻先に香る。
俺は知っていた。雨が降ると、姫子はいつも隠れて待っていてくれることを。そして偶然を装って声をかけてくれることを。
何故かって?これは俺だけが知っている秘密なんだけれど、姫子はツンになったときに本音が漏れ出ることがあるんだ。
「姫子、いつもありがとう」
「なっ何よ!そんなこと言われても……嬉しくないんだから! 」
(やったぁ。うれぴぃよぉ。ぷるぷる)
ほらね?さっきから聞こえている声も、姫子の心の声なんだ。他の人にも聞こえるのか、それとも俺だけが聞こえるのかは分からないけれど。
この心の声は、不思議なことに、相合い傘をしている時だけよく聞こえるんだ。
だから、俺は雨が降りそうな日は絶対に傘を持ち歩かないようにしている。姫子と相合い傘をするために。
「なんでいっつも傘持ってないのよ!バカなんじゃないの!?」
(もっもしかして、わたしのこと……待ってるよね……?)
「…………そうだよ」
「っっっ!!!バカなの!?」
だから俺は安心して今日も姫子に優しくしてやれる。
「よしよし」
「ばっバカっ!!」
(ぴやぁぁぁ〜///)
俺たちは幼なじみ。俺は今日も全力で姫子を推している。
「あっ、雨が弱くなってきたな……」
「あっ、まだ傘閉じないでよ。濡れるから!」
姫子は取っ手に手を重ねてきた。
指先が少しだけ触れる。
猫はもう揺れていない。
それなのに、指先のぬくもりだけで、姫子の気持ちが伝わってきた。
「姫子、ありがとう」
「うっ、うん……」
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