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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

火属性


都市部から7駅ほど離れた住宅街。


やたらと地価ばかりが上がって駅近ですらない古ぼけたマンションの3階。


「……たらいまぁ…」


開錠音と共に開かれた玄関扉は、倒れ込むように入ってきた女を支えはしなかった。


一切の減衰もなく頭から倒れ込んだ女の頭がフローリングに激突する寸前、玄関マットが浮かび上がり女の顔面を捉える。


若干の減衰はあったものの、それでもそれなりの位置エネルギーを持っていたボーリング玉程度の重さを持つ物体の落下を緩和するほどの力を、玄関マットは持ち合わせていなかった。


鈍い音が鳴り響く。


「つぅ…」


若干赤くなった額をさすりながら起き上がった女は、持っていたビニール袋を漁りカップラーメンを取り出すと、それに対して何かを唱えた。


「煉獄魔法発動…」


死にかけの女の様子からは考えもつかないような力ある言葉が紡がれると同時に、その手の平に光が灯される。


周囲の現実性を吸い込むほどの深紅に橙の魔法文字が浮かび上がり、幾重もの魔法陣がカップラーメンを包んだ。


周囲の魔力を吸収し始めた魔法文字がより強く輝き、女のやつれた顔とヨレヨレのスーツを暗闇の中浮かび上がらせる。


それをじっと確認した女はゾンビのような不確かな足取りでリビングまで歩を進め、それをベッドの上に放った。


放られてもなお順にカップラーメンの横で魔力を充填していく魔法文字を尻目に、いつもの定位置に着いた女は、ビニール袋から新たな物体を取り出した。


「へへっ、命の水ー…」


高々と掲げられた女の手の中には、一本の缶ビールが収まっていた。


「それじゃ、…開けるね…。」


女の指がプルタブにかかる。


魔法文字の全てに火が灯った。


カップラーメンが目の前にあった。


「へ?」


「ちぇすとおおおおおおおおおお!!!!」


女の顔面で炸裂したカップラーメンは、化学調味料の匂いを撒き散らしながら爆散した。





「え、死にたいんですか?」


「いや、もうなんか。」


「なんか?」


「いや、すみません。」


都市部から徒歩を挟んで約1時間。

最寄りへの走行計算に「必死」の修飾がつく程度に遠い寂れたワンルームマンション3階。


机が取り払われ、カセットコンロを囲う二人の女が相対していた。


「ま、まぁ一回落ち着こ?ほら、お酒は無事だからさ、ちょっと掃除して、飲み直そうよ。」


コンロの片側、全裸で膝をつきながらくたびれたコンビニ袋を指差すのは、26歳未婚OL真部芽良。


彼女の髪には眼前で爆裂したカップラーメンのかけらが引っかかり、格好と合わせて最高に無様な姿になっていた。


「ほら…ほら…」


芽良が指を動かすと、コンビニ袋の下に赤色の魔法陣が4つ浮かび上がり、ジェット噴射のように炎を吹かせながら芽良達の元に飛来してきた。


「だーーーーーー!!!」


それに対し、芽良の前に腕を組んで仁王立ちになったメイド服の女が叫んだ。


「わ」


その声量に芽良がすくみ、制御を離れたコンビニ袋は力無く地面に墜落した。


「何が落ち着けですか!何が飲み直すですか!ちったぁ反省してくださいこの限界勇者型社畜!酒カス!アラサー独身女性!彼氏いない歴=生涯!!」


青筋を浮かべ、腕をワナワナと震わせるメイド服の女の名前はコンロといった。


「ああ!?言ったな!?このクソ雑魚チャッカマン!役立た付喪神!30年ババァ!時代遅れの電池式!」


コンロが地団駄を踏むたびに部屋の真ん中に置かれたカセットコンロの火花が散り、芽良が歯軋りをする度にその周囲には赤色の魔法陣が展開された。


「いいましたね!?」


「いいましたけどお!?」


「うわあああああああ!!」


「ちょ、あ、あああああ!!」


コンロがコンビニ袋を拾い上げ、中の缶を芽良に投げつけ始めた。


それを空中でかろうじてキャッチし、取り押さえようとタックルを仕掛ける芽良。


盛大な音と共に部屋の隅に手足の絡まった二人分の団子が生成された。


「…一旦落ち着きましょう。」


「いや、それな?」



…。



部屋をあらかた掃除し終わり、円テーブルの上にカセットコンロと先ほど投げ散らされた缶ビールを並べ、その周りに芽良とコンロが座る。


缶ビールをプラコップに注いでもらい、芽良はテーブルの真ん中に鎮座するカセットコンロに追いやられ居場所のなさそうなナッツの袋を弄って言った。


「邪魔なんだけどこれ。」


カセットコンロを指先で叩きながら言う芽良に、心底訳がわからないと言った様子でコンロが返す。


「何がですか?ナッツがですか?」


「カセットコンロがだよ!いらないじゃん!いま!」


カセットコンロを移動させようとした芽良に、コンロは指を立てて自身げに言った。


「ダメですダメですご主人様。古の預言者はいいました。“部屋のな、部屋のな、真ん中にカセットコンロをおくんじゃよ。さすれば幸せになれるかもよ?”と。」


「何?その微妙にフランクな預言者。」


「名を、コンロと言うそうです。」


「お前じゃん!」


芽良のツッコミに、コンロは胸を張って答えた。


「”家電に関しての大いなる集合意識“である私が言うのです。たかが人間ごときの言葉に比べれば遥かに力ある言葉と言えるでしょう。」


「谷間みせんな、カセットコンロの付喪神め。」


「ちーがーいーまーすー。大いなる集合意識です。家電を司る神なのです。話聞いてなかったんですか?」


「すべてを聞いた上で、すべての誇張表現を無視したんだけど。」


芽良の言葉にコンロは半眼になって口を窄めた。


「カス。カス勇者。魔法使い()。家電の敵。」


「地球の魔力濃度程度で発動できる魔法に敵わないそっちの問題だね。」


肩をすくめて返してきた芽良に対し、コンロは青筋を立てながら言った。


「帰ってきたはいいものの現代社会に役立てず家電とマウントを取り合う元勇者様の言葉は良く響きますね。」


「はぁ?ライン超えだろ!」


「勝手に線をひかないでください。次は文房具と勝負するんですか?」


「うるさいクソザコンロが!」


「あー!叩いたー!勇者様がなんの罪もないコンロを叩いたー!」


「昔の家電は叩いたら治るようになってんの!お前の性格も是正してやる!」


「痛い!痛いです!ツマミをいじらないで!」


再度ヒートアップし始めた二人の口論だったが、それは唐突に壁から発せられた鈍い音によって止められた。


「「ひっ」」


おそらく隣人の騒音に対する抗議の打撃音にまとめて固まる二人。


「…え?ご主人様…防音の魔法は?」


コンロの問いを聞き、忍足で壁の隅を見つめる芽良。


そして青い顔で振り返って言った。


「…あっ…切れてる…。」



…。



「…貼り直せました?」


「うん…多分これで何週間かは保つはず…」


「あ、では、飲み直し…ますか?」


「あ、うん。」


コンロが若干炭酸の抜けかけたビールを傾ける。


残りのビールが全てプラコップに注がれた。


空の缶を台所に持って行きつつ、コンロが口を開いた。


「そういえば、今日はどうしていつにも増してボロボロだったんですか?」


プラコップを机に叩きつけ、若干赤ら顔で芽良が言った。


「あ、それ聞く?聞いちゃう?」


「じゃあ聞かないです。」


「聞いて!!」


酔いが回り出した芽良にため息をつきながら、缶の処理が終わったコンロが帰ってくる。


「めんどくさいですね。」


コンロが座ったのを確認した芽良は、不機嫌に話し始めた。


「この前営業部にめっちゃ顔がいい先輩がいるって話したじゃん?」


「広◯アリス似の?」


「そうそう、それでさ、今日ってバレンタインじゃん?だからなんか社内でチョコ交換しよーみたいな流れになってさ。」


「昨日ずっとスマホ見て悩んでたのはそれが原因だったんですね。」


「そう。それでいい感じのやつを見繕えたから意気揚々と先輩とチョコ交換をしたわけ。そしたら何が返ってきたと思う?」


「マシュマロですか?」


ノータイムで帰ってきた回答に芽良は目を瞬かせる。


「マシュ…え、なんで?」


「バレンタインの日にマシュマロを渡すのは「消えて欲しい」などの意味があるそうです。」


「なんで先輩が私にそれを渡すわけ?」


「ご主人様なら何かやらかして先輩の反感を買ってたりしないかなーと思いまして。あとそう言うの気づけなそうだし。」


コンロの辛辣な言葉に口元をひくつかせながら芽良は返した。


「私元勇者ぞ?人心掌握とか余裕だし。」


「スキルはもう使えないんです。残念ながら。」


コンロの言葉に歯軋りをしながら芽良は平静を装って続けた。


「ぐぬぅ…ま、話を戻すんだけど。」


「はい。」


「先輩は私に手作りチョコをくれたのよ。しかも結構造形に力入ってるやつ。」


「へぇ。」


「めちゃくちゃ嬉しいじゃん?私のは…まぁ愛がこもってるとはいえ市販品なわけで、それに対して非売品が帰ってくるとか言う神イベ。これは勝ったと思うじゃん?」


「勝ち負けの基準がわかりませんが、それはかなりいい話じゃないですか?」


「私もそう思ったよ?思ったからこそ、テンションが上がるじゃん?それでいろいろ言ったのよ。美味しそうです!とか普段お菓子作りとかされるんですか?とか。」


「あ(察し)」


何か察しがついた様子のコンロに芽良が問う。


「え?わかった?」


それに対し、コンロはあっけらかんとした様子で返した。


「あいや、まだ微妙にわかってないですが、このセリフを挟むなら今しかないかなと思って。」


「なにそれ…。んでまぁ、その質問の答えが、『普段から旦那とお菓子を作りあってるの』だったわけよ!」


「うわぁ…」


「一撃死だわ。あんなの即死魔法じゃん!普段指輪してないじゃないっすか!とかキモイから聞けないしさぁ!わかんないじゃん!あんなのハニートラップでしかないんだよ!『ぁ…っそう…なんですね…(滝汗)』みたいなことしか言えなかったし!絶対キモいって思われたあああああああああ!!!」


「ご愁傷様です。」


「こうして、私の恋の炎は誰に見られることなく静かに消え去ったのでした。」


「完」と呟き、芽良は空になったピーナッツ袋をゴミ箱にシュートした。


「八尺玉並に大爆発してましたけどねー。」


ため息をつき、外れたピーナッツ袋を拾い上げながらコンロはそう言った。


「憎い…バレンタインが憎い…なぜこんなものをかつての聖ヴァレンティヌスは考案してしまったのか…。」


拳をテーブルに叩きつける芽良に、コンロは口元を隠しながら言った。


「皇帝に禁止されてもいないのに結婚できないのがご主人様ですもんね。ぷーくすくす。」


「こんな残酷な祭りを開くとか、私でなくても死刑に処すわ。」


「中国にでもいってブラックデーに参加したらいいじゃないですか。」


「あれは進化なの?退化なの?」


「さぁ?」


「そんなことよりルペルカリア祭りを早急に開く必要があると私は思うね。」


「あれただの街コンですよ。」


「救済は案外近くにあった…!?」


ハッと何かに気付いた様子で顔を上げる芽良に、ジト目でコンロは問うた。


「街コン参加できるんですか?」


「できない…。」


「関係ない話でしたね。」


沈んだ空気が部屋を占める。


「あのとき…あのとき王子の求婚を受けていれば…戦士のアタックに気付いてないふりをしなければ…」


震える声で手をつく芽良に、コンロは手を差し伸べた。


「そんな後の祭りな奴らの話よりも、あなたはまず目の前の幸せを逃さないことの方が重要ですよ。」


「幸…せ?」


「はい。」


「それは一体…?」


虚な目で見る芽良に、コンロは胸に手を当てて言った。


「そう、たとえばこの私、家電に関しての大いなる集合意識たるこのコンロ様にバレンタインチョコを渡すとか。」


「家電にチョコ…?」


「普段からご主人様を甲斐甲斐しく支える私に対して何か報酬が必要だと思うんです。ほんの少しの愛と甘みがあれば、私は今後もご主人様と隣にあることを約束できるでしょう。」


膝をつき、耳元で囁くように言うコンロを押しのけて芽良は言った。


「お前に渡すくらいなら、そこのオーブンに渡すわ…。」


その言葉に手をワナワナ振るわせながらコンロが叫んだ。


「な、浮気ですか!?オーブンにできることなら私にだってできるし!エコ贔屓です!エコ贔屓!!」


「なーに言ってる!オーブン様は内からあっためるとかいう異世界でも稀に見ない超高等スキルを有する最強の炎使いぞ?ただレベル1程度の火しか出せないカセットコンロとは大違いなんだよ!!」


「で、でも!オーブンでチョコは作れません!程よく熱加減を調整できる私こそがバレンタインチョコをいただくにふさわしいのでは??」


肩を揺さぶるコンロの腕を剥がし、立ち上がる芽良。


「それは私ができるし。足りないところを補いあってこそいいパートナーと言えるんじゃない?おんなじような能力同士のやつだとあんま上手くいかないし。そうだ!いい機会だし、私とお前は一旦距離を…。」


半笑いで提案した芽良の足に、コンロがしがみついた。


「いやー!捨てないでください!私とご主人様の仲じゃないですか!ほら、私電気代とかガス代とか消費めちゃくちゃ少ないですし、体もほら、こんなにホヨホヨです!しかも一部家事もできますし、こんなパーフェクトな家電が他にいるでしょうか!いや、いない!いないのです!!」


「あー!!わかった!わかったから!くっつくな!捨てない!捨てないから!!」


足を振り回し無理矢理引き剥がした剥がした芽良に、目を潤ませながら言うコンロ。


「信じられません。…ここは一つご主人様のチョコレートがなくては。」


「え?チョコってったって…もうバレンタイン終わりそうだけど…」


困惑げにいう芽良に、ハイライトが消えたコンロは絶対零度の声で言った。


「作ってください。」


「え、あ、はい…。」





その後、何度か火加減を間違えて焦げたチョコの匂いは日が経っても消えることはなかった。

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