第二話 新入生
“往々にして、入学式というのは学生生活を送るうえで最もトラブルに遭遇するイベントだ。楽しめよ”
などと脅されたわけだが……一抹の不安を胸に玄関を出る。どうかつつがなく終わってくれ。
予習もしたが、念のため地図アプリを開きながらモノレール乗り場へと向かう。
ここギャラリーは太平洋上に建設された魔導都市。中心に各国各企業が運営する数多の学園が密集し、それを囲う七つのエリアで構成されている。
各エリアからは学園エリアまで直通の道路が伸びていて、それぞれの道路から左右へと3本の道路を伸ばしている。しかし唯一歓楽エリアだけは、開発エリアとビジネスエリアに挟まれる形で学園エリアに繋がっていない。いわゆる大人の事情だな。
学生は無料でバスとモノレールを利用出来る。
学生の過半数が住むのは学生寮エリアだ。このエリアは少しだけ学園エリアに近く、また面接が最も広いエリアでもある。
そして俺はビジネスエリアの居住区に家を用意された。
つまり今後、朝の微睡が致命的な問題を起こしかねないということ。
……最悪だ。
迷うことなく10分ほど歩くとモノレール乗り場が見えてきた。ほっと一息吐くと同時――右肩を掴まれ足を止めた。
これは俗に言うトラブルイベントってや……つ
訝しんで振り返ると、そこには涙目の巨漢がいた。
「えっと……」
「すみません。一緒にレールに乗ってはくれないだろうか」
巨漢……と言っても、彼が身につけているのは学生服。――魔族だ。
もしここが日本なら、サイレンが飛び交う大惨事になっていたことだろう。
悪意が無さそうな事に胸を撫で下ろす。
「学生っすよね……普通に乗ればいいのでは?」
「っ……!」
彼が大きく息を吸うと、ただでさえはち切れんばかりに張っていた制服が悲鳴をあげる。
何か言葉に詰まっているようだ。
2本の角と赤い目、そして紫色の肌。濁さず言葉にするならば、人間の俺からしたら化け物。
――だが。
「いいっすよ。俺、新入生で不安だったんで行きましょ」
それは俺の人間性か、はたまた人外理不尽の白髪ロリと10年以上ともに暮らしたからか。
とにかく彼からは悪意を感じなかったんだ。
「ガッド・リといいます。自分も新入生です。よろしく」
「え、新入生?」
安堵し嬉しそうに角を掻く彼に向き直る。このガタイで新入生か……
「はい。年齢も15で……でも」
視線を辿ると、そこには意地悪そうに顎をしゃくらせた小太りのオッサンがいた。
嫌な予感がする。
「なんだまたか化け物め。何度言わせるつもりだ。ここに貴様の乗るレールはない」
足を止める。
前を通り抜けようとしたとき、俺とガッドの間を切るように警棒を振り下ろされた。
「ん?あぁ君はいい。見ない顔だ新入生だろう。勉強頑張れよ」
早く行けと顔の前で警棒を振られる。
「……」
まぁ察せないほど鈍くはない。
「いや彼もなんですけど」
何かの間違いであってくれと願いながら返す。
するとオッサンは顎を撫でながらガッドを睨めつけた。
「これが新入生?面白い冗談だ」
ほくそ笑んだその顔に嫌悪感が募っていく。
「おい化け物、人間の友達を連れてきたら通してやると言ったんだ。こんなヒョロガキ脅して連れてきても通さんぞ。全く何を企んでいるのか気持ち悪い」
「テメェ……!」
「おぉすまない。今の言葉は取り消そう少年。行きたまえ」
再度、先ほどよりも乱雑に警棒を振られる。
――俺はそれをはたき落とした。