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怪談集

モッコ

作者: 吉田 晶

 私が社会人になって2年目だったか、3年目だったか、研修のため東北の某県に出かけたことがあった。

 いわゆる異業種交流研修というもので、様々な企業に、公務員だの団体職員も混じっていたりする。


 さて、毎日の業務に比べれば、研修なんて気楽なもので、課題も含めて18時には終了する。

 あとはお約束の親睦会だ。「研修施設」と呼ばれる建物には、だいたい大きな食堂が設置されているから、わざわざ敷地の外にでることなく宴会をすることができる。


 研修の出席者には地元出身者が多く、どこか同窓会といった雰囲気があった。

 私は、研修の班で一緒だった人の()()で、そんなグループのひとつに紛れ込んでいた。


 グループは、自分も入れてだいたい10人弱といったところだったか……。


「おう、いま何時?」「そろそろ9時」「まだまだいけるな!」

「何がまだまだだよ……明日も研修あるんだから、そろそろ解散しようよ」


「そういえばさ、子どもの頃、夜遅くまで起きていると言われなかった?

『モッコ()っぞ!モッコ(さら)いに来っぞ!!』って」


「ああー、言われた、言われた。なんなんだろうね、あれ?」

「蒙古がなまったモンらしいよ。モンゴルの蒙古」

「モウコって……元寇のこと?あいつら攻めて来たのって九州じゃなかった?」

「ウチの祖先もそうらしいんだけど、ここいらってさ、秀吉の時代に関西にいられなくなった落人が流れてきた場所らしいから、そうやって伝わって来たんじゃないの?」

「ほぇえ、マジでか!?」


 そこでAさんが、BさんとCさんに向けて言った。


「なあなあ、俺たちが通っていた小学校に、ノラ犬が入って来たことあったべ」


 この三人は同学年で、地元の同じ小学校・中学校・高校に通い、そのまま地元で就職した筋金入りのジモティーズである。


「ああ、あったなあ。すげえ大騒ぎだったけど、あれ、結局捕まったんだろ」

「……捕まるわけねえって。あれ、多分モッコだもん」

「はぁ? どういうこと? 意味わかんね」

「いやさァ……Dっていたでしょ。おぼえてる?」


「Dってだれだっけ?」「6年生のとき転校しちゃったやつ」

「そんなやつ、いたっけ?」「いたよぉ」「おぼえてねえなあ」

「あれ、一緒のクラスになったことあるの、俺だけだったかな?」


 Aさんは、BさんとCさんに確認しながら、その時の話をしてくれた。


「確か、8月末のことだったと思うけど……そうだよな? ええと……ここいらでは夏休みが短く、お盆明けにはもう2学期が始まります。そのぶん冬休みが長いんだけど、どうにも損をしている気がしたもんですよ――」




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 その騒ぎが起きたのは、お昼ちょっと前のことだった。

 突然、校長先生が自分のクラスにやってきて、担任の先生を廊下に連れ出した。


 担任は、まだ若い男性の先生だった。

 K原先生、あだ名はバラセン。

 怒ると怖いけど、明るくて人気のある先生だった。


 校長先生は、彼に強い口調で何か言っていたが、内容までは聞き取れなった。

 K原先生は、教室に戻って来ると、


「学校の中に犬が入って来て危ないから、少しのあいだ静かにしているように」


 そんなことを言って、窓に鍵をかけ、なぜかカーテンまで閉めた。

 それから「絶対に窓の外を見ないように」と、訳の分からないことを指示する。


 自分たちは、小学生と言っても高学年であったから、


(あ、これ、何かヤバいことがあったな)


 というのを察していた。


 お盆明けの真っ昼間、いくら東北とはいえまだまだ暑い。

 当時は、教室に冷房なんてないから、だんだん蒸し暑くなってきた。


 すると、市の防災放送が遠くから聞こえてきた。

 窓が閉まっていたし、教室もざわざわしていたから、全てを聞き取ることはできなかった。しかし、


「安全のため、家には鍵をかけて……」

「外には出ないように……」


 そういったことが断片的に耳に入ってきた。


(ノラ犬にしては大げさなんじゃないの?)


 その時、校庭からすさまじい笑い声が聞こえた。

 窓ガラスがビリビリ震える。

 まるでサイレンのような物凄い大きさで、


「ひゅう~ひゅひゅひゅ、ひゅう~ひゅひゅひゅ」


 と笑う()()は、明らかに異常で非現実的な存在だった。


 クラスの誰かがカーテンをめくって外を見ようとするのを、K原先生が必死に止めている。怖がって泣いている子もいた。


 ……それからどれくらいたっただろうか。

 バタバタと足音がして、今度は教頭先生がクラスにやって来た。

 またK原先生が呼び出され、しばらく話をしていたが、どうにも納得いかないような顔で戻ってきて、


「もう、だいじょうぶだってさ。とりあえず給食にしよう」

 

 そう言うのであった。


 その後、午後の授業は中止され、児童はみな帰宅することになった。

 帰宅に当たっては、保護者を迎えに来させるという念の入れよう。

 学校の前に車が並んで、渋滞を引き起こしたほどだ。


「誰かに怪我をさせたノラ犬がまだ捕まらずにいるんだって。怖いねえ」

 

 迎えに来てくれた私の母親は、そんなことを言っていた。

 私は、それが嘘っぱちであることを知っていた。


 だって、犬は絶対にあんな声で鳴かない。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


【友人Dの家で起きたこと(Aさんの話)】


 その次の日の朝は、保護者同伴で通学だった。

 帰りも、保護者が迎えに来た。


 「ノラ犬」はまだ捕まっていないらしい。


 ウチの母親は外で仕事をしていなかったから良かったが、「遠くで仕事をしている親御さんは大変よねえ」などと言っていたし、実際そうだったろう。


 ま、ガキの頃はそんなこと考えたこともなかったけど。


 さらにその次の日のことだ。

 Dが学校を休んだ。

 正確には、事件の翌日も休んでいたから、2日連続で休んだことになる。


 ところで、Dの家は小学校と私の家のちょうど中間にある。


 私はDと仲が良かったし、ウチの母親とDのお母さんも仲が良かった。

 この日も「保護者同伴」は続いていて、帰る途中、Dが休んでいるということを母親に話したら、「ちょっとお見舞いに行ってみよっか」ということになった。



              § § §



 Dの家のチャイムを押すと、すぐにDのお母さんが出てきた。


「大丈夫?カゼでも引いた」

「うーん、それがさぁ……まあ、上がっていってよ」


 母親同士がそんな話をしている間、私はちょっとした違和感を覚えていた。


(あれ、チャッピーがいない……)


 チャッピーというのは、Dが飼っている犬だ。

 私がDと友達になってから結構長いのに、いまだに私を見ると唸り声を上げる。

 番犬としては優秀かもしれないが、ただの駄犬という線も捨てきれない。

 そんなヤツだった。


 ま、それは置いておいて……。

 母親ふたりは、リビングでおしゃべりをしているというから、途中で買ったお見舞いのお菓子を持って、私は奥にあるDの部屋に向かった。


「おーい、オレだよ!お見舞いに来たよ!開けて開けて」


 そう言って声を掛けると、Dはこちらを窺うようにほんの少しだけドアを開け、それから急に私を部屋の中に引っ張り込んだ。


「おい、何だよ!びっくりするだろ……」


 そこで気付いた。

 Dの目の下に、絵の具で描いたようなものすごいくまができている。


「どうしたんだよ……大丈夫かよ……」


 冷房が動いているとはいえ、部屋には淀んだ空気が籠っていた。

 まだ日が高いと言うのに、雨戸が締め切りになっている。


 ――そして、Dは怯えていた。


 私は、その異様な雰囲気に飲まれて、しばらく何も言えなかった。

 すると、Dがそれはそれは小さな声で、「誰にも言わないって約束できる?」と聞いてきたから、反射的に「うん、もちろん約束する」と答えてしまった。


 するとDは、おもむろに口を開いた。



              § § §



 小学校のクラスで、Dの席は窓側の最後列であった。

 そこだと、カーテンが閉まっていても、隙間から外を見ることができるらしい。

 事件が起きた日、クラスが異常事態でざわつく中、好奇心に負けたDは校庭をそっと覗いていたという。


 すると、校舎の中から、何かが飛び出して来たのだそうだ。


「それ、どう見ても犬じゃなかったんだよ。人間……多分、子供だったと思う。でも、服を着てなくて、体中が柿みたいな色してて、髪の毛がボウボウで腰ぐらいまであって……そいつが、ウサギみたいな恰好で校庭をダッダッダッって走って……ウソじゃない!ウソじゃないから!!」


 もちろん、疑う気なんてまったくなかった。

 Dのビビりっぷりが尋常じゃなかったから。


「そいつ、大人たちに追われて、逃げるみたいに校庭の真ん中まで出てきて、そこで急に、こっちを振り向いたんだ。目が、合ったんだよ。遠くて分からないはずなのに、目が合ったってわかるんだよ!そしたら、すごい声で笑って……」


 そこまで言うと、Dの目から涙が溢れてきた。そして、


「覗いていたことを叱られると思って、誰にも言えなかった」

「ノラ犬を見間違えたんだろうと自分に言い聞かせて、忘れることにした」


 そんなことを途切れ途切れに私に伝える。


「……でも、夜にあの笑い声が聞こえた気がして、朝起きたら、チャッピーがいなくなっていたんだ! お母さんは『首輪からすり抜けちゃったのかしら?』なんて言っていたけど、違うよ! きっと、アイツが追いかけて来たんだ!! チャッピーはあいつに食べられ」




 ばしゃああああああああああああん!!!!




 突然、雨戸の向こうで大きな音がした。

 水風船とか、びしょびしょにしたバスタオルとか、そうした湿ったものを力任せに叩きつけたような音。


 私とDは、恐怖に駆られて部屋から駆け出した。

 リビングにいた母親たちにも、その音は聞こえていたらしい。

 二人で様子を見に外に出ていったが、すぐに戻ってきて電話をかけ始めた。

 私たちに聞こえないように、小さな声で。


 でも、その相手先が警察だと言うことは、すぐにわかった。

 ……パトカーがすっ飛んできたから。




 クラスの連絡網が回ってきたのは、その日の夜のことだった。


「ノラ犬が捕獲されたので、明日からの保護者の送り迎えは不要です」



              § § §



「母ちゃん、あのあと警察から事情聴取されたんだよなあ。だから俺だけ先にパトカーで家まで送ってもらったんだよ。すごくね?」


 Aさんは、冗談めかしてそう話を結んだが、とても笑えたものではなかった。

 Bさんが、もどかしそうに尋ねる。


「で、結局、大きな音って何だったんだよ!?」


「知らない。母ちゃんたちは『見るんじゃない!!』の一点張りで、どうしても教えてくれなかったんだ。それ以降、うちではあの日のことを話題にするのタブーになっちゃって……」


「野良犬が捕まりましたってオチもワケわかんねェし!」


「うーん、その因果関係は、オレもよく分からん。ただ、Dのウチであった事件と、絶対に関係がある気がするんだよなぁ」


 そこでAさんは、人目を気にするように辺りを見回して……


「でもさ、オレがパトカーで家まで送り届けられたとき、出迎えてくれたウチの婆ちゃんに事情を話したら、こう言ったんだ。『今年ァ、お彼岸過ぎても暑かったから、モッコさ来たんだな』って」


 その名を耳にした途端、周囲の気温が急に下がったように感じた。


「……それで、Dはどうなった?」

「それから何度か見舞いに行ったんだけど、Dの家、誰もいなくてさ。2学期の終わりに、引っ越したってバラセンから報告があって、おしまい。どこに引っ越したのかも、連絡先すらわかんね。もう一回Dに会いてえなあ……あんなのが最後の思い出なんて、いやだよ……」


 AさんとBさんがそんなやり取りをしていると、Cさんがぽつりと口を開いた。


「今、オレ、K原先生と同じ職場で働いているって話、したっけ?」

「いや、聞いてない……そうか、お前、学校の事務になったンだもんなあ」

「それでさ、ちょっと前、先生とあの時の話をしたことがあってさ――」




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


【あの日、小学校で起きていたこと(CさんがK原先生に聞いた話)】


「……そんなこと、あったなあ。そうか、C君とは○○小で一緒だったんだね」


 酒が入ってゴキゲンのK原先生が、目を細めて言った。


 それから、声のトーンを少し落として、「C君も煙草吸うよね? ちょっとニコチン補給にいこうか」と、私を店の外にある喫煙所に連れ出した。




「いやあ、ごめんごめん。あまり他人には聞かれたくない話もあったから」


 先生は煙草に火を付けると、あの日のことを語り出した。


「それにしても、ありゃあ訳の分がんね事件だったな。正直、いまだに納得いかないことだらけなんだ――」



              § § §



 4時間目が始まってすぐ、パトカーのサイレンの音が近づいてきた。

 

 どうやら学校の前に止まったようだ。

 小学校の場合、救急車が来ることは往々にしてある。

 だけど、パトカーが来るのは珍しい。


 K原先生は嫌な予感がしたのだという。

 

(なんだなんだ? 事故か? 事件か? )


 ――ほどなくして、校長先生が血相を変えて教室に走ってきた。


「今、野犬が学校に侵入してきて校内を徘徊している。私たちは警察と協力して校内の見回りをすることになった」


 そこで、K原先生はこう申し出た。


「こういうのって体力勝負でしょう。私に行かせてください」


 K原先生は空手をやっていて、腕っぷしには自信があった。

 一方で校長先生は定年間際、最近心臓を悪くしているとの話も聞いている。

 だから、この提案は理にかなったものであったはずだ。


 しかし校長先生は、慌てた様子で、


「いや、ダメです! K原先生はまだ二十代でしょう。万が一ということもある……」


 そんなことを言って聞かない。


(万が一ってなんだよ? 若いから「ダメ」ってどういうことだ?)


 緊急事態であるから、逆らうようなことはしなかったが、どうにも腑に落ちない。

 校長先生は、反論を許さぬ勢いでまくし立てる。


「いいですか、犬を刺激するといけないから、とにかく音を立てないように。ドアも窓も閉めきること。それから、必ずカーテンを閉じて、子どもたちが外を覗かないよう、徹底的に注意してください」


「はあ……」


 校長先生は、煮え切らぬK原先生の返事から不信感を察したようで、


「ほら、野犬が校庭を走り回っているのを見たら、興奮して外に飛び出す児童もいるかもしれないでしょう! とにかく危険ですから、いいですね!」


 そう言い訳がましく厳命すると、足早に隣のクラスへと向かった。


 どうにもお粗末で、納得できない理由である。異常な雰囲気に加え、夏の真っ盛りの暑さ。このままでは、体調が悪い子が出ても不思議ではない。


(それより、トイレに行きたいとか申し出があったら……どうしたらいいんだ!?)

 

 ――10分後、校庭から異様な音がした。笑い声のように聞こえるが、とても人間のものとは思えなかった。怖がって泣き出す子、カーテンをめくって外を見ようとするヤンチャ坊主、彼らをなだめ叱りつけているうちに、あっという間に時が経っていく。


 ――30分後、今度は教頭(現在の副校長)先生が回って来て、


「お疲れ様です。野犬は校外に逃げていきました。少し早いですが、給食の時間にしましょう。あと、今日の午後の授業は中止します。野犬がまだ付近を徘徊している可能性があるので、保護者に迎えに来てもらうことになりました」


 ということを淡々と告げる。


(授業を中止って……少し大げさじゃないか?)


 K原先生はそう思ったが、教頭先生の顔が疲れ切っていたので、それ以上は何も言えなかった。



              § § §



 ――18時過ぎ。

 ようやく最後の保護者が子供を迎えに来たので、職員会議が始まった。

 ところが、校長先生は開口一番に、


「今日は本当にご苦労さまでした。このあとの庶務は私と教頭先生でやりますので、皆さんは解散してください。あと、車で通勤していない人は、駅やバス停まで固まって移動するようにしてください」


 とだけ言って、会議を打ち切ってしまった。


(え……それだけ?)

(固まって移動って、子供じゃないんだから……)

(今日できなかった授業の代替をどこで行うかとか、いろいろあるだろ?)


 皆、そんなことを思ったが、校長先生は有無を言わせぬ見幕で帰宅を促す。

 結局、翌日以降も事件の詳細が語られることはなかった。



              § § §



「だからさ、管理職以外の教職員はみんな不満だった。……いや、不満というよりは、純粋に疑問だったんだよね。あの日、いったい何が起きていたんだろうって。

ただ、今よりずっと上下関係は厳しかったから、校長や教頭に問いただすなんて選択肢はとてもとても」

 

 そんな折、K原先生はこんな噂を耳にした。


「あの日、一番年配の用務員さんが、校長や教頭と一緒に行動していたらしい」


 そこで、K原先生を含む若手の先生たち数人で、用務員さんを飲みに誘って、さんざんお酒を勧めたうえで、


「あの日、いったい何があったんですか」


 そう聞いてみたのだと言う。


「……その瞬間、ほろ酔い気分だった用務員さんの顔色がサッと変わったんだ。そこはお座敷だったんだけど、いきなり正座して畳に手の平をついてさ、『あのときのことは、一切お話できません。墓まで持っていくつもりです。まことに勝手ながら、本日はこれで失礼いたします』って仁義を切ると、さっさと全員分の会計をすませて、そのまま帰っちゃったのよ」


「それって、つまりは『ヤバいことがあった』ってことじゃあないですか」


「多分ね。ただ、それ以上のことはどうしてもわからなかった。……そういえば、校長室に金庫があるじゃない?あの中にさ、『Mファイル』ってものが入っているんだって。モノノケやらモンスターが出た時の対応マニュアルらしいんだけど、あの時の校長の不可解な言動は、全部それに沿ったものだったりしてね。まあ、あくまで噂だけど」


 K原先生はそう答えて、煙草を灰皿に突っ込むと、店の中に戻っていった。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「なんだよ、そっちも結局、何があったかわからないじゃないか」


 Bさんがそう不満を漏らせば、


「文句があるなら、今からでも校長になって、金庫の中を確認してみればいい。何かわかるかも知れないぜ」


 Cさんも負けずにそう言い返す。

 その時、ここまで静かに話を聞いていたEさんが口を開いた。


「モノノケねえ……Aさんたちって、何年生まれでしたっけ」

「19○○年です」

「そうすると、さっきの話は君たちが小学校6年の時の話だから……」


 Eさんはそう言いながら指を折りつつ、


「やっぱり……とすると、もしかしたら関係があるかもしれない」


 そして、こんな話をしてくれた。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


【とある神社で起きたこと その1(Eさんの話)】


 私が高校1年生のときのことだ。

 近所の○○神社が、立ち入り禁止になったことがあった。


 ちなみにその神社は、Aさんたちの小学校があった○○市の隣の△△市にある。

 直線距離で5、6kmと言ったところだろうか。


 神社は小高い丘の上に建っていて北と南にそれぞれ階段が一本ずつ、参道として設置されている。

 そんなアップダウンがちょうどいい運動量だったから、私は、その神社を毎朝のランニングコースにしていた。


 ある日、いつものランニングの途中、その神社に差し掛かったとき、階段の入り口に金網のフェンスが設置されているのに気が付いた。


(あれ、昨日まではこんなもの無かったぞ?)


 そのフェンスは、柵の上に有刺鉄線を備える厳重なもので、見れば、神社の周囲を取り囲むように設置されている。


 ふと、フェンスに設置されている看板に目が行った。そこには、


「有害鳥獣駆除中のため立入禁止 ○○神社」


 とだけ記載されていた。


(なんだ?熊でも出たか?)


 近くに山があり、そこに熊が出没したという話は時々耳にする。

 しかし、この近所まで熊が来たという話は、生まれてこの方一度も聞いたことがない。

 それに、神社を取り囲んでフェンスが設置されているということは、このフェンスの内側に「有害鳥獣」を閉じ込めているということになる。


(なんだよ、それ……)


 急に気味が悪くなって、私はそこを離れた。



             § § §



 それから1年後くらいのことだ。

 その神社が、建て替えをしたという話を聞いた。


 久しぶりに足を運んでみると、神社は何もかもが新しくなっていて、昔の面影は何もなかった。

 (ふもと)には、ご丁寧に駐輪場が設置されていた。

 苔むしていた階段はすっかり整備されて登りやすくなり、境内には真新しい玉砂利が敷き詰められていて、まるで周囲まで輝いているように感じられた。


 鳥居もおやしろも、すっかり立派になっていた。




 その日の夜、夕飯を食べているとき、家族にその話をした。

 すると、母親もすでに神社を見に行っていたようで、


「それにしても、あれだけの修繕をしたら、すごくお金がかかったと思うんだけど、どうやって工面したのかねえ。氏子さんだって、()()()()()()()()()わからないくらいなのにさ」


 そんな不敬なことを口にする。


 ただ、確かにそれは不思議なことであった。

 そこで私が、例の「有害鳥獣駆除中」の看板の話をすると、4つ歳上の兄貴が、こんな話をしてくれた――




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


【とある神社で起きたこと その2(Eさんが兄から聞いた話)】


 神社の参道が封鎖されてしばらく経ったころのことである。


 深夜、兄貴の友達の友達(以下Fとする)が、どこぞで遊んで帰る途中に、例の神社の前を通りかかった。


 あたりは畑に囲まれていて、人気もまったくない。

 何だか心細くなったFは、少し歩調を速めた。


 すると、神社に続く階段の手前あたりに、ライトを点けたままのバンが3台ほど止まっているのに気が付いた。

 その周辺には、迷彩柄のジャケットを着て、目出し帽をかぶった男たちがたむろしている。


 明らかに不審な様子であったから、Fは反射的に近くの物陰に身を隠した。

 狭い道なので、そこを通り抜けようとすると、彼らと顔を合わせることになる。


(なんだアレ、気味ワリいな……引き返すか……)


 そう思ったとき、丘の上にある神社の方から、ブッ…ブッ…ブッ……と空気の震えるような音がした。


 その音は、以前、海外ドラマか何かで耳にした「サイレンサー付きの銃の発射音」とそっくりだったという。


(多分、サバイバルゲームでもやっているのだろう。きっとそうだ……)

(でも、もし、本物の銃声だったら?ヤクザの口封じの現場とかだったら……)

(ヤバい、これヤバいって、絶対に見つかっちゃダメなやつだってコレ……)


 Fは身がすくんで、引き返すこともできなくなってしまった。


 そうして彼が様子を(うかが)っていると、バンの近くにいた男の一人が、辺りを警戒しながら無線で何かを話している。


 それから間もなくして、階段から、やはり目出し帽を被った男たちが下りてきた。

 そのうち数人は、Fが言うところの、


「サンドバックみたいな形をした、テントをしまうような黒い袋」


 を担いでいたという。

 彼らは、無言でそれをバンに積み込むと、あっというまに闇の中へと走り去った。




 車の音が聞こえなくなると、辺りは静寂に包まれた。

 月明かりの下、Fだけが残された。

 

 Fは、来た道を全速力で駆け戻ると、たまたま通りかかったタクシーを拾い、なんとか家まで帰り着いた。そして翌日、悩んだ末に警察に通報したのだが、その後、この件が新聞やニュースで報じられることはなかった。



             § § §



 Eさんは最後に、こんなことを言った。


「私の記憶が正しければ、この神社の話って、さっきの野犬の事件と同じ年に起きた可能性が高いんですよ」


 すると、Bさんが嬉しそうに言った。


「とすると、オレたちの学校に出たモッコが、その神社に逃げ込んで、それを何者かが退治したってことですかね」


 そこで私も、気になっていたことを聞いてみた。


「さっきのEさんの話で、目出し帽の男たちが神社から戻ってきた時、担いでいた袋は一つじゃなくて複数だったっていうことでしたよね」

「兄貴の話を聞くかぎり、そういうことだったなあ」

「その中の一つがBさんたちの学校に出たモッコだったとして、残りの袋には何が入っていたんでしょう?」


 すると、みな代わる代わるに、


「モッコは、一匹じゃなかったんじゃないの?」

「目出し帽の誰かがモッコに返り討ちにあったとか?」

「モッコが攫って来た子供の遺体が見つかったとか……」


 そんなおぞましい想像を口にする。




 突然、照明が消えた。




 完全な暗闇。




 そして、声がした。



『モッコ来っぞ!モッコ攫いに来っぞ!!』




 照明はすぐに点いた。

 お恥ずかしい話、私は床に突っ伏して震えていた。


「いやいや……すみません、すみません。そんなに驚かれるとは思わなくて……」


 声のしたほうを見れば、作業服を着た老人が申し訳なさそうに頭を下げている。


 聞けば、彼はこの研修施設の管理人であった。


「何度声をかけても、皆さん聞こえていらっしゃらないようでしたから、ついついイタズラしてしまって……本当に申し訳ない」


 あたりを見回せば、我々の他は誰もいなくなっていた。

 時計を見れば、懇親会の終了予定時間を1時間以上も過ぎている。


 非がこちらにあるのは明白だった。



                § § §



 宴会場の外は、すでに灯が落とされていた。 

 先を行く管理人の案内に従って、薄暗がりの中、建物の出口へと進む。

 老人が、こちらに背を向けたまま言った。







 ――あとね、あなたたち。


 まだ若いのに、あんまり大声で()()のことを話さない方がいいですよ。


 さっきの皆さん、まるで何かに取り憑かれているみたいだった。


 最近、ここいらには子供がずいぶん少なくなってしまったから、

 やつら、さぞ飢えているに違いないんだ。


 それに今年の夏は、とても暑かったでしょう?









 ()()()()()()()()()()()








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この他にもいくつか投稿しておりますので、

もし気が向いたら、それも読んでいただけると嬉しい。

感想とかをいただけると、すごいすごい嬉しい。

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