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7.捕まる

 

 放り投げられるように無理矢理馬車に入れられると、狭い車内にはヴィオラの腕を掴んだ男とは別に、もう一人男がいた。ヴィオラは扉と男に挟まれる形で座らされると、馬車は動き出した。


「あのどちら様ですか? 私をどこに連れて行く気ですか?」


 絞り出した声は震えていた。見知らぬ男に捕まり、どこかに連れさられようとしている現状に、体は震えだしそうになったが奥歯をぐっと噛みしめて耐えた。


「これから向かうのは、あなたのご実家ですよ。我々はあなたのお父上の命で、ヴィオラ様を連れてくるように言われているのです」

「あなたたち、フリューリンクの屋敷の使用人たち…?」

 男たちは頷いた。


「お父様の命令って、どういうことですか?」

「オリヴィア様に縁談の申し入れがありまして、ヴィオラ様に代わりに受けていただきたいのです。お嬢様は次期当主として家に残り、婿を取らなければならない身ですから」

「……縁談?」

「ええ。相手は隣国の新興貴族であるから、あなたの魔力の有る無しは問わないとのことです。フリューリンク家にとっても、資産家である相手方との繫がりを得られるのは喜ばしいと旦那様はお考えです」

「それって、妹の代わりに結婚しろってことですか?」

「はい」

 男はあっさりと肯定した。


 新興貴族とは財力で爵位を買い取った者たちのことをいう。金で土地も地位も手に入れてきた成り上がり貴族たちの間では、金で買えない伝統を手に入れるために、古い貴族との婚姻を結ぶのが流行っていた。

 そして古い貴族たちも、昔ほどの力を失っているところも多く没落を避けるため、新興貴族の資産を取り込もうと婚姻を受け入れるところも多い。

 フリューリンク家も、代々受け継いだ屋敷や土地を維持するのに苦心していた。

 だから新興貴族とのつながりを得たいという気持ちはわかる。

 しかし。


「……そんな、いきなりやってきて、帰ってこい、妹の代わりに結婚しろ…なんて勝手なことを言わないで下さい」


 膝の上で握りしめた拳は震えていた。

 父が自分を追い出したとき言った言葉は正論だ。そう自分を納得させてきた。だから家にはもう帰らないと決めていた。

 なのに今更戻ってこい、妹の代わりに結婚しろとはどういうことだろう。まるで利用価値ができた道具を拾い直すみたいじゃないか。

 男は、呆れたように息を吐いた。


「お父上は言っておられましたよ。そろそろ現実が見えた頃だろう…と」

「え…?」

「あなたはあれから王都で小説家をされているんですね」

「どうして知って…」

「調べさせていただきました。しかし小説家生活はあまり上手くいっていないとか。バイトを掛け持ちしていると聞きました。お父上の命じたとおりにすれば、もう、そのような生活をしなくても良いのです」

「それは、そうですが」

「この機会を逃せば、お父上はあなたのことを一生見てくれなくなる。やっとお役に立てるときがきたのですよ」

「……!」


 男の言葉に、ヴィオラは言葉を詰まらせた。

(今まで私のことを見てくれなかったお父様が私を見てくれる。私を必要としてくれる…?)

 それは家族の中で居場所ができる…ということなのだろうか。

 ヴィオラは男に確認した。


「縁談を受けたら、小説は書けなくなるのですよね」

「ええ。娯楽小説などフリューリンク家の子女が書くものではありませんから、小説家などは辞めていただくことになりますね」

「……でしたら、お断りします。馬車を止めて下さい!」

「今、なんと?」

「育ててくれた恩は感じています。感謝もしています。でも私は家に帰りません」

 男はヴィオラを睨みつけたが、怯まずに声をあげた。


「私には待ってくれている人がいるんです。私の物語を読んで笑って欲しい人がいる。やっと書きたいものが見つかったのに、辞めたくない。私は書きたい!」


 家に戻り、言われたとおりに結婚したところで、父の役に立つ人間として認められるだけだ。ヴィオラそのものを認めてくれるわけではない。

 父の顔色を伺って、失望されるのが怖いからと自分の気持ちに向き合わないのは、スランプになったときと同じだ。

 それは嫌だった。


『君がそう言ってくれて嬉しい。良い覚悟を聞かせてもらった』


 そのとき馬車の中で、この場にいない人間の声が響いた。


「誰だ!」

「アレクシスさん!?」


 どこからかアレクシスの声が聞こえてくる。首を回してもアレクシスの姿は見えない。男は窓から外を見たが見つけられなかったようで、慌てている。


『今から馬車を止める。舌を噛むから口を閉じているように。三、二、一…』

「な、なんで、数を数えて…。きゃあ!」


 声は首元のブローチから流れていると気づいたとき、馬車ががくんと前のめりに揺れた。


「何があった!?」

「わからねえ、馬がいきなり止まった。いや足が凍って…。ひぃ!」


 男が馬を操る御者に向かって声をあげた。しかし小さな悲鳴を最後に声は聞こえなくなった。

 ヴィオラの隣にいた男が舌打ちをして、馬車の扉を開ける。御者の様子を見ようとしたのだろう。が、上半身を出した男の姿が何かに引きずられるように外に消えた。


「な…!」

 驚く暇も無く、開いた扉から剣先が伸びてきてヴィオラの対面にいる男の首元に突きつけられた。馬車の中に押し入ったアレクシスは、対面の男に剣を向けながら命じた。


「ここまでだ、外に出ろ」


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