私は天使に殺される
天使は優しい。優しい人は誰かがして欲しいと思っていることをしてくれる。私は誰かに殺されたい。だから、私は天使に殺される。
天使は私を絞殺する。天使の手は小さい。手の大きさはその人の強欲さを表していると私は思う。私の家、私の部屋で、天使はその小さな手で私の細い首を掴む。指先がゆっくりと首に沈み込んでいって、私の口から吐息が溢れる。指先に少しずつ力が加わっていく。気管が少しずつ狭くなっていくのがわかって、それから私は呼吸ができなくなる。その間、私は天使をじっと見ている。けれど、天使は私を見ていない。
天使が私の部屋で私の首を絞めている間、私は外へ買い物に行く。買い物先で陣痛がきて、駆け込んだトイレで私は私の母親を産む。生まれたばかりの母親は、濡れた目で私を見上げ、それから私の太ももを噛む。私はたった今私が産んだ私の母親から生まれてくる。もしも誰かと関係することが暴力であるとすれば、誰かを産むという行為はきっと、暴力の果て。
天使が私の部屋で私の首を絞めている一年後。それはつまり、今この瞬間。私は私の首を絞める天使になっていて、私が私の首を絞めているところを、ベットで横になりながら見つめている(注意して欲しいのは、これは比喩ではないということ。実際に私は、首を絞めている私と首を絞めている天使になった私と同じ部屋にいて、そんな私たちを私はベッドの上から見ている)。上から見えない誰かに押さえつけられてるみたいに身体全体が重たくて、小指一つ動かすことすら億劫だった。私は私の首を絞めている私をじっと見ている。けれど、私は私を見ていない。
天使は私を刺殺する。天使の両腕は長さが違う。同じであるということは、違っていることから目を逸らすこと。私の家、私の部屋で、天使はナイフの刃先を私の右の脇腹へ近づける。鈍色の刃は鋭い痛みと共に私の身体の中に沈んでいって、私の額からは汗が噴き出してくる。もっと奥へと沈み込ませようと、天使がナイフを上下に揺らす。滴った血が、身体の側面を這うように伝っていって、綿でできた靴下に吸収されていく。その間、私は天使をじっと見ている。けれど天使は私を見ていない。
天使に刺されながら、同じ部屋で私は天使から首を絞められている。私は誰かに殺されたいと思っていて、天使は私を殺してくれる。天使は優しい。天使に殺される私をベッドに横になりながら見つめていた私は、心の中でそう呟いた。