第二話:風薫る丘
転生してから1、2ヶ月がたったと思う。
文字がないからカレンダーなんて読めないし、あるかわからない。
とりあえずこの1.2ヶ月間のことを話そう。
あの後俺は大事に大事にお世話されながら、育てられた。
まず朝起きて、牛乳?のようなものを飲む。
少し苦いが恐らく動物の乳だろう。
その後、ヤクザーズに連れられて建物の一階に行く。
そしてヤクザ達の稽古の様なものを見る。
そう、恐らくここは道場か何かだ。
それであのアウトローな爺さんが師範なのだろう。
それで俺はお弟子さん達に当番制でお世話されてたわけだ。
ヤクザーズとか言って申し訳ない。
それはそうとしてその稽古の内容が凄まじい。
まず木の床にドラゴンでも召喚しそうな魔法陣があるのだが、それにお弟子さん達が手を当てて起動?させる。
遠くから見てるだけなのと言語がわからないから合っているか微妙だが多分合っているだろう。
そして、起動させるとモザイクでも貼った様に少し道場の真ん中が曇る。
多分だが結界か何かだろう。
そうすると中にいるお弟子さん達が師範の爺さんと鍔迫り合いを始める。
そう!この鍔迫り合いがすごいのだ。
なんせお弟子さん達は目にも止まらぬ速さで上下右左全方位から攻撃を仕掛ける。
ウサインボルトもビックリのスピード、まるでピューマの様な跳躍、圧倒的殺意を纏った剣を爺さんに振るうのだ。
爺さん大ピンチ!老後の平和は何処へ!!?っと思ったらほとんど体を動かさず羽虫でも払い除けるかの様に腕を振るう。
そうするとお弟子さん達が倒れているのだ!
それに杖を持った奴がブツブツ言って炎を放った時があった。
恐らくあれが魔法、魔術なんて呼ばれるヤツだろう。
異世界だし魔法や魔術だってあるのだろう。
え?普通なら魔術をみてそんな冷静になれないって?
それはそうだろう。
しかし爺さんの剣技がそれを上回るほどすごいのだ。
多分魔術だけ見たらこうはいかない。
まぁそんなことはどうでもいい。
恐ろしいのが魔術を放った瞬間爺さんが凄まじい速さで近づいてその魔術師を張り倒していたのだ。
そんなことを昼間で繰り返す。
お弟子さん達が交代しながら永遠とだ。
そうすると弟子の1人が昼を持ってくる。
昼休憩だろう。
んで、また変な牛乳みたいなのを飲む。
そしたら、散歩だ。
散歩といっても抱き抱えられて歩き回ってくれると言ったものだが…まぁそれも散歩だろう。
コースとしては、道場→畑→芝生→牛舎?→山→川ってなかんじだ。
驚いたのが道場と畑と牧場的なのがセットになってる所だ。
恐らくだがここの奴らは完全に自給自足してる。
畑で野菜や果物を育て、動物から肉と乳、毛や皮をいただき、川や井戸で水を汲む。
異世界とはここまで過酷なのかッッッッッ!!
とも思ったがここだけだろう。
文字にしてみるとスケールが小さく感じるがあの散歩は山1つ使って行われてる。
つまり、この生活を再現するには山一つが必要なわけだ。
この世界に平原がないならわからないが、恐らくこんな生活をしてるのはこの人らだけだろう。
そして、散歩から戻るとまた稽古を見る。
(道場の中で炎出したり、凄まじい踏み込みをしたり、斬撃を飛ばしてたりしてよく道場が壊れないな)
と思ったが、多分あの結界的なものが道場を守ってるのだろう。
事実あの結界の外では誰も戦闘していない。
精々剣の素振りをするくらいだ。
そして夜になると飯を食べる。
俺は愛も変わらず牛乳だが、1ヶ月もすると飽きるというか、もうどうでも良くなってきてる。
絶対に飽きる、と思っていたが案外なんとかなるらしい。
この場合なんとかなっていないのかもしれないが…
そして飯を食い終わると簡単に体を洗ってくれる。
桶にお湯を張り、濡れたタオルで汗を拭く。
そして俺はお弟子さんに連れられ寝室で寝る。
そんな感じの生活だ。
寝る前、俺はひたすらに考える。
あの剣技のこと、魔術のこと、言語のこと…
言語についてはあと2ヶ月もあれば使える様になるだろう。
これでも生前、英語はそれなりにできた。
大得意ってわけではないが、平均より上ではあった。
だから問題ない。
問題なのは残り2つだ。
魔術と剣技…
正直、ものすごくかっこいい。
内心
(俺もあんなことできる様になるのか!!??早くあんなことやってみたい!!ビルの間を蜘蛛の様にピョンピョン飛び回りたい!!手から炎を出し、剣を操り悪党をバッタバッタ倒したい!)
とウッキウキなわけだがまずできるのは動体視力を上げることだろう。
今のうちにあの剣技を目で追えるくらいにはなっておきたい。
できる気なんてしないが…
こうして1日が終わる。
だがいつまでもこれが現実だとは思えない。
俺は自殺した結果ここにいる。
だからこれはきっと夢で、今際の際に見ている走馬灯なのだろう。
でも、生前より楽しい生活ではあるし気楽だという感覚はある。
だからこそ、こうしてダラダラと生活してしまっているのだろう。
早くあの世へ行くべきなのに。
まぁ、地獄に行くなら戦闘力はあって困るもんじゃないし、こんな悩みを持ってもどうしようもできない。
忘れよう。
そうだな…
まずここは素晴らしい道場だ。
恐らくあの師範は相当強い。
だからこそここで鍛えて、自衛手段を手に入れるべきなのではないか?
そうと決まればまずは3つ。
言葉を覚えて
動体視力を鍛え
体力をつける
明日から、いや今から始めよう!!
そう、空元気のような決意をし眠りについた。
いつまでもあの世に行けない自分を恥ずと共に、もう少しと先延ばしにするのも悪くないと思っている自分に目を背けながら。
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時間が経つのはあっという間で1年近くが経った。
まず歩くことができる様になった!!
これで自由に道場を歩き回れるぜ!!
と思ったが危ないところに行こうとした瞬間お弟子さん達が血相変えて俺を回収しにくる。
そんなに心配しなくてもいいのに…
そして、日頃のリスニングのおかげで言語の方がほぼ完璧と言っていいくらいに上達した。
言語が分かれば俺がどういう立ち位置いるか分かる。
まず俺は「ダークエルフ」という種族らしい。
エルフというからには耳が長いのだろう。
鏡がないのとガラスも歪んでて、自分の顔が分からなかったのだ。
美形だったら嬉しい…!!
そして、名前はドール・ミノス。
略してドミノだ。
名前は俺が初めてキッチンに行った時フルネームで呼ばれたから恐らくこれであってるだろう。
そして、どういうわけかこの世界のダークエルフには多くの豪傑がおり、ダークエルフが畏怖と尊敬の象徴だということもわかった。
そこで俺がどういう立ち位置にいるか、という話だが恐らく「将来有望な可愛い弟分」だ。
前にお弟子さん達の話を聞いたのだが、
「前にドミノと物見稽古をしていたのだが、あの目はいい。
もうすでに知性と野心を抱えてる。
あれはきっと素晴らしい戦士になるだろうな。」
「師範が拾ってきた時は困惑したが、世話していくうちに愛嬌も見えてきて、今じゃ怪我しないかいつも不安だよ、私は。
まぁあと1.2年もすれば私達と稽古に混ざるだろう。
その時はお互いドミノを最高の戦士にするため頑張ろう」
とベタベタに誉めていた。
俺はほぼ何もしていないのに…
きっとこれが親バカならぬ兄バカなのだろう。
生前には知らなかったものだな!!
あと師範にも何度か抱えられたが、口が裂けるんじゃないかと思えるほど頬を歪ませていて驚いた。
なんせ稽古中はめちゃくちゃカッコいい爺さんが俺にはベッタベタなんだぜ?
だっこしたのもお弟子さんがいない時にコッソリとだったから渋くてかっこいい師範像を壊したくないのだろう。
わかるよ、俺も中学で後輩ができた時は変に先輩風を吹かせたもんだ。
まぁこの爺さんは実力が凄まじいからこその渋くてかっこいい師範像なのだろうが。
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そんなことを考えてたある日、お弟子さんの1人が散歩中、本を読んでくれたことがあった。
読んでくれたのは前に道場で炎をぶっ放してた糸目の兄ちゃんだ。
確か…黒帯族のハーキマーとか呼ばれてた人だったかな?
黒帯族とは文字通り手から黒い帯が出る種族だ。
しかもに剣を弾く様な硬さなのにウネウネとタコの足みたいに動くから、そらもう凄まじい種族だ。
そんなことを考えているとハーキマーさんが話し出した。
「今日はどみのにぴったりの本を読み聞かせようと思ってね!!
知的なドミノにピッタリな『ルーン・アルストロメリアのエレメント基礎学』!!
魔術についての本だ!!!
歩くだけでは脳が育たないからね!!!??」
正直俺コイツとち狂ってんのか?と思った。
一歳の赤ん坊に魔術だぜ?
でも、よくよく考えて見れば魔法を習う絶好の機会ではなかろうか。
そう思うと読み聞かせてもらうことがとても有意義な事に思えてくるから不思議だ。
「ぜ、是非読み聞かせてください!!!
ぼ、僕も魔法?魔術には興味があります!!」
そういうとハーキマーさんは満面の笑みで頷いた。
「そうか!!!そうか!!
ならとくと聞くがいい!!
この丘なら魔術を撃っても何も言われないからな!!!」
と意気込みながら話し始めた。
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内容は簡単…だと思ったが案外難しい。
とりあえず
・魔力を使い物体を生み出すことを魔法と呼ぶ
・魔力を用いて生み出した物体を撃ち出したり、回したり、制御することを魔術という
・魔法には自信のイメージが大切であり水を生み出すにしてもある人は雨を、ある人は湧水をイメージし、魔術を使うということ
・魔術には詠唱と無詠唱、魔法陣の3種類があること
がわかった。
まだまだ魔力のこととか詠唱、無詠唱の違いも言っていたがとりあえずこんなもんだろう。
と思っていたら詠唱、無詠唱について喋り出した。
その内容は分かりづらい言うとるやん…
「詠唱、無詠唱の違いは簡単にいうと手順だ!!!
詠唱は言葉に魔力を乗せながら話せば魔術を行使できる!!
まぁ1ヶ月もあればできるな!!!!
そして無詠唱も1年もすれば自然とできる様になる!!!」
あれ?無詠唱って高等技術じゃないのだろうか?
生前では一部の天才達が扱う超技術で、無詠唱魔術を使うと『む、無詠唱!!??』と驚かれるって聞いたんだがな。
「だが無詠唱は行使するのにとても頭を使う!!見てろ!!」
そういうとハーキマーさんはうぬぬと唸ってから5秒くらいで小さい水球を指先に作り出した。
「これが無詠唱だ!!だがこれが詠唱になると…
『母なる小川よ』」
一言ハーキマーがつぶやくと同じように水球が出来上がった。
「無詠唱は魔法を使い、魔術を行使するまでを自分の頭でやらねばならん!!
しかし詠唱ならそれを詠唱が肩代わりしてくれるためある程度早めに術を放てる!!
まぁ極めれば無詠唱で詠唱より素早く魔術を行使し、剣士や戦士を相手に戦えるがそんな奴は相当な天才じゃないと現れん!!!!
ドミノならできるかもしれんがな!!!」
と言いながらハーキマーさんは笑った。
なるほど、わかりやすい。
つまり頭がいい奴は無詠唱を、頭を使うのが苦手な奴は詠唱を使う。
理にかなってるな。
「アレ?で、でもそれならなんで魔術は衰退しないんですか?
聞いたこところよ、弱そうですし、剣士や戦士になる人が多くて魔術師になる人はす、少なそうですが…」
ふと疑問に思ったことを言ってみる。
あと関係はないがまだ歯が生えそろっていないか、口内の筋肉が発展してないからかやけに滑舌が悪い。
不便だ…
「いい質問だな!!!さらに敬語まで覚えるとは!!!!
驚いたぞ!!!
そんな勉強熱心なドミノのために答えてやると魔術師は対軍相手にはめっぽう強い!!
魔術はランクが上がるにつれて大規模になっていくからな!!!
さらに、魔物、魔獣相手には剣士や戦士のアシスタントとしても活躍している!!!!
さらに無詠唱なんかは使えると案外生活に便利だ!!!
だから魔術師は衰退しないのだ!!!」
……実はこの人教えるのめちゃめちゃうまい?
読み聞かせだと固有名詞が多くて分かりづらかったがものすごい噛み砕いて説明してくれるし、質問にもスラスラ答えてくれる。
ちなみに後耳にした話だが彼は道場で師範の次に強いらしい。
教え方が上手いわけだ。
というわけで散歩の途中にハーキマーさんに魔術を教えてもらうことになった。
正直この人に教えてもらえるのなら安心できる。
楽しみだ。