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憧憬の王城  作者: 真名あきら
本編
9/31

第八話

外が騒がしい。

誠吾は、ふっと読んでいた本から顔を上げた。

窓を開けて、街を見下ろす。

街灯など存在しないのだ。夜が更ければ、各家から漏れる明かりだけが静かな街を照らしているのが、普段の光景だ。

それが、火柱があちこちから吹いている。明らかに火事だ。しかも、自然のものではないだろう。火が上がるほど乾燥していた覚えは無いし、炎に映し出された大勢のうごめく影は、明らかに街の人間では無かった。

「セイ様、窓を閉めてください! 山賊です!」

転げるように飛び込んできたレドウィルが、窓へと飛びつく。

「山賊? 一体何処から?」

「森の向こうに住んでいるんです。時折、隙をついて襲って来るんです」

「門番は?」

森からここへ来るのは、吊橋が一本。渡っても門が閉ざされていれば、国へ入る術は無い筈だ。

「今日の門番は新人だったんでしょう。そういう日を狙ってくるんですよ」

狭い国だ。新しい人材は少ない。それを徐々に訓練して、一人前の兵士や、職業人に仕立てていくのだ。

「騙すのは、簡単か」

おそらく策を弄して、門を開けたところを一撃だろう。

「セイ様、危ないので、決して外には出ないでください!」

レドウィルが怒鳴るように、言い置いて部屋を出て行く。

だが、誠吾は窓を開いて、街の様子を見おろした。

争うような人々の姿が見える。逃げ惑う気配もあった。

そして、新たな火の手が上がる。

広場に、数人の兵士がいるのが見えた。護りを固めるつもりなのだろうか。

その中に、金色の髪が見えた。アデイールだ。

誠吾は、広場へ向かって走り出す。アデイールならば、なんとかしてくれる筈だ。


「アデイール!」


誠吾を見つけたアデイールの瞳が、大きく見開かれる。

「セイ。こんなところへ来ては駄目だ。ちゃんと部屋に篭もっていろ」

久しぶりに見るアデイールの瞳は、心配そうな色を浮かべてはいるが、ちゃんと自分と向き合っていた。

それに、誠吾はほっとする。だが、それを確認しに来た訳では無い。

「アデイール。ここへあいつら追い込め!」

「セイ?」

「街がめちゃめちゃ。このままは良くない」

興奮して言葉か出ない。最近ではすっかりなれた筈のイントネーションも、ここへきたときとあまり変わらない、たどたどしいものになっていた。

「そうか。ここで迎え撃てと云うんだな」

幸い、アデイールはすぐに解かってくれたようで、近衛の隊に指示を飛ばす。

「皆、聞いた通りだ。取り囲んでここへ追い込め!」

「はいッ!」

近衛の隊は、一本道を向かうのでは無く、ばらばらと路地へと姿を消していく。

「サディ!」

それを見送っていた、アデイールがしんがりを勤めようとした、サディを引き止めた。

「我がセスリムを頼む」

アデイールは、にっこりといとおしげな瞳を誠吾に向けると、そっと頬にキスを落とす。

そんな触れ合いも久しぶりだ。しかも、人前である。

誠吾は、思わず赤くなった。

アデイールが、路地へと姿を消す。その後姿を見送りながら、誠吾は無事で帰って来いと祈るしかなかった。


「セイ。策があるのか」

告白してからこっち、サディは誠吾のことを嫌みったらしく『セスリム』とは呼ばなくなった。だが、この低い声を響かせるように『セイ』と呼ばれるのも、誠吾には落ち着かない。

「策はある」

誠吾も気が付いたのは最近だ。ここには飛び道具が一切存在していないことを。

走って自室に戻り、この間から作っていたものを取り出した。

田舎の子供だった誠吾には、都会の子供たちのように、いろいろとおもちゃを買ってもらった覚えはあまり無い。というか、今のように田舎に大きなディスカウントストアーが出来たのは、ほんの十数年前の話で、買えるような店自体が無かったのだ。

自然と外で遊ぶのが当たり前の子供時代を過ごした誠吾が、一番作るのが上手かったものがこれだ。

「追い込んだら、火を放つ。周囲に油を引いてくれ」

「ああ。承知した、セイ」

後ろを振り返って、サディに指示を飛ばす。

偽だろうが何だろうが、今現在の城のセスリムは自分だ。次代の王のパートナーとして、この城と国民を護る義務がある。

誠吾は開け放った窓に立ち、手にした弓もどきの具合を確かめた。

問題は矢が真っ直ぐに飛んでくれるかどうか。

矢をつがえ、ゆっくりと引く。竹に似た植物で竹ひごを作り、幾本か纏めて蔓を巻きつけただけの代物だ。弦も麻のような繊維素材っぽいものが手に入りはしたが、強度が心もとない。

数本の予備を用意して、数日前の森歩きの時に、サディが用意してくれた、皮の上着と、グローブを身につけた。

街を見下ろすと、追い込みは上手くいっているようで、地響きを立てて、城へと走る男たちが見える。周囲を囲んでいるのは、城の兵士たちだ。

「大丈夫。絶対に上手く行く」

自分に言い聞かせるように、誠吾が呟く。

先頭を逃げるフリをして誘い込んでいるのは、アデイールだ。

金色の髪が夜目にも光って、きらきらと輝いている。

王子を狩ることに夢中になっているらしい、山賊たちは、自分たちが追い込まれていることには気付いていない。

逃げ惑う王子を追い詰めているつもりなのだろう。

真っ直ぐに城への坂道を駆け上がってくる。

アデイールが広場を駆け抜けた。

その瞬間を狙って、誠吾はサディに合図を送る。

追い込まれた山賊たちの周囲に、あっと云う間に火が上がった。

山賊たちも驚いたが、兵士たちやアデイールも目を丸くしている。

「動くな! 蛮族ども!」

誠吾の怒鳴り声が広場に響き渡った。

誠吾は弓を引いた姿勢のまま、片足をバルコニーに掛け、広場を見下ろしている。

「何の真似だ。お嬢ちゃん?」

山賊の頭らしい男が鼻先で笑った。誠吾はこの国の人間に比べれば、はるかに小柄でまるで子供と変わらない。その上、誠吾は知らないが、誠吾の下衣は女物なのだ。そんな誠吾の恫喝など、山賊にはお笑い草だ。

しかも、火を放たれたところで、火が収まらなければ、戦うことも出来ない。

何を考えているのか知らないが、所詮は子供の浅知恵にしか思えなかった。

だが、笑っていられたのも、そこまでだ。


山賊の肩先を掠めた矢が、ずぶりと地面に突き立つ。

誠吾は続いて、三本の矢をつがえた。

何事が起こったのか、呆然とする男たちの足元ぎりぎりを狙って、連射する。

「ひ…ッ、」

山賊たちの一人が腰を抜かして、その場に座り込んだ。

初めて目にする弓矢の威力は、誠吾が思うよりもずっと衝撃的だったらしい。

「次は、頭をぶち抜く!」

誠吾の恫喝は、今度は効果があったようだ。山賊どもは一様に青くなっていた。

「セスリム!」

「セイ!」

「セイ様!」

広場から、誠吾に向けて歓声が上がる。兵士たちが口々に誠吾の名を呼んだ。

「セイ!」

アデイールが晴れやかに、誇らしげに笑っているのが見える。誠吾は、自分自身の手でアデイールと城を護ることが出来た満足感で、満たされていた。


火が消えた後の山賊たちはすっかり大人しくなっていて、拍子ぬけするほどあっさりと捕らえられた。

余程、初めての飛び道具に肝を抜かれたらしい。いつ、何処から何がくるのかとびくびくとした様子は、誠吾が見ても気の毒な程だったが、街の人間たちを何人も焼き殺したような連中だ。情けは掛けるだけ無駄だろう。


「呆れましたよ。私は大人しく篭もっていてくださいと申し上げませんでしたか?」

だが、広場の騒動を片付け、自室へ戻った誠吾を待っていたのは、目を三角に吊り上げ、こめかみに青筋を立てたレドウィルだった。

「悪い。けど、俺は…」

「貴方が男だと云うのは解かっていますよ。ですが、自分が現王子のセスリムだと云うことも自覚してください!」

「だからこそ、…」

「ええ。貴方がそういう方だとは知ってますよ! 大人しく護られてくれるような方ではないこともね。ですが、貴方に何かあれば、王子がどんなに嘆かれるか!」

一言反論すれば、レドウィルの文句は数倍になって返ってくる。心配を掛けたことは解かっているし、怒られるのは覚悟していたので、大人しくうなだれて、お小言を拝聴した。

「レドウィル。もうそのぐらいにしてくれないか。我がセスリムも十二分に反省しているようだし」

くすくす笑う声と共に、アデイールが部屋へと現れた。この部屋へ訪れたのは、新月の晩以来なので、既に半月以上が経っている。

「王子!」

レドウィルは、アデイールと誠吾がおかしいのは承知のようで、突然現れたアデイールに目を丸くしていた。が、そこは使用人頭らしい如才なさで、さっと頭を下げる。

そのレドウィルに、アデイールは二人分の食事の用意を申し付けた。

主人の命に、さっと下がりながらも、誠吾に心配そうな視線を投げかける。

だが、最後にアデイールに会った時のような陰鬱な表情は、今日のアデイールには無い。

その事実に、誠吾はほっと胸を撫で下ろした。

「セイ」

誠吾の身体がゆっくりと抱きしめられる。

久しぶりに感じる暖かな体温に、ほっとした誠吾もアデイールを抱き返した。

「無事で良かった」

心底から誠吾を心配していたことが解かる声の調子に、アデイールを安心させようと、誠吾はぽんぽんと背中を叩く。

「まるで月の女神のようだった。貴方は」

うっとりとした様子のアデイールに、誠吾はちょっと照れくさくなってしまった。云うに事欠いて『女神』はどうだ?とは思ったが、確か月の女神は戦いの神だと思い出す。

「この国でも、月の神は戦いの守り神か?」

「ああ。セイの世界でも?」

「ああ」

偶然の一致か。それとも、あの月の冴えた冷たい光がそう思わせるのか。

「あれは、セイの国の武器か?」

「弓と云うんだ。鳥を射たりするのに使う」

「セイは国で、鳥を狩っていたのか?」

「いや、子供の頃に、年の初めの儀式で使っていただけだ」

実のところ、子供の少ない誠吾の田舎で、流鏑馬をやれる少年は少なかっただけの話だ。誠吾が遊びで作った弓が結構ちゃんとした造りだったのを見込んで、十のときから五年も正月の神事を勤める羽目になった。

「セイは、術師なのか?」

「いや、儀式といっても、形が残っているだけで、豊穣を占う意味はとっくに無いよ」

単に十四までの男の子で、馬に乗れて、弓を射れればいいだけの役目だ。だが、そんなことを説明しても通じる訳が無い。何しろ、婚姻の相手まで占いで決めるような世界である。

ついでに白状すれば、誠吾が歴代の中で一番のへたくそだったことは、さすがに云いたくなかった。本来なら、連射は五本が通例なのだ。ところが、誠吾は素人の悲しさで三本しか的に当てることが出来なかったのである。

「セイ」

熱っぽく囁かれて、誠吾はするりと腕から抜け出した。

このままだと、身の危険だと判断したからだ。

「久しぶりだな。一緒にメシ食うの」

にっこりと笑って、誠吾は食卓につく。少しだけ、寂しそうな目をしたアデイールに心は動いたが、ここで甘やかしては、また元の木阿弥だ。

誠吾はあくまで、父親代わりとして、アデイールを見守るつもりだった。

部屋の中に、微妙な空気が流れる。それを緩和するようなタイミングで、レドウィルが食事を運んできた時には、誠吾はほっと胸を撫で下ろした。

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