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憧憬の王城  作者: 真名あきら
本編
7/31

第六話

朝方、ようやくうとうととした眠りが訪れ、誠吾は珍しくレドウィルに起される羽目になった。

朝の稽古の掛け声が、広場から響いてくる。

いつもなら、窓を開けて、その様子を眺めるなり、声を掛けるなりする誠吾だが、今朝はとてもそんな気分にはなれない。

さわやかに挨拶をするレドウィルにも口の中でもごもごと答えを返すだけだ。

朝食の支度を終えたレドウィルが、さっと室内から出て行こうとする。それに僅かな違和感を感じて、誠吾はレドウィルを呼び止めていた。

「アデイールは?」

いつもなら、アデイールが現れるまで、部屋にいるレドウィルが、今日はアデイールも待たずに、さっと部屋から退出していく。それが違和感の正体だ。

「王子はもう朝食を済まされました。今日から、朝の祈りに入るので、別々に食事をなさるとのことでしたが」

今日、アデイールが現れたら、どんな顔をして会ったらいいのだろう。怒ればいいのか、無視するべきか。そんなことを思い悩んでいたと云うのに、いざ、現れないと云われると、誠吾は少なからず、ショックを受けた。

「朝の祈りって、何処でやるんだ?」

何気ない風を必死で装い、レドウィルに尋ねる。

「星術師の塔です。王子とどうかなさいましたか?」

持ち前の勘の良さで、レドウィルは何事かと逆に聞いてくるが、誠吾はその問いを笑い飛ばした。

「俺と喧嘩したのに、星に頼っても仕方ないと思わないか?」

そう切り出した誠吾に、レドウィルはクスリと微笑んでみせる。

「王子はセイ様がお大事なのですよ。気の済むようにさせてあげてください。昨夜も、あんなに威嚇なさっておいでのようでしたし」

見透かすように云う、レドウィルの言葉に、誠吾は真っ赤になってしまった。だが、全てを納得するわけにはいかない。

「あれが、アデイールだって、みんな知ってるのか?」

「金の獅子が王子だと云うことは、存じております。が、私たちは姿を見ることは許されておりません」

「許されていない?」

「一族の姿を見ることが出来るのは、一族のものと、その番いのみです」

誠吾の脳裏に、昨夜の広場の様子が浮かんだ。もしかして一族というのは。

「あれが、全員人間なのか?」

見ることは許されない。だから、使用人たちは引き込もるのか。

穀物倉に見張りがいなかった筈だ。ある意味、最強のパトロールがいる。

「我らと同じ人間ではないかもしれませんね。この国は、一族を長とする国です」



          ◆◆◆



誠吾がアデイールの姿を見なくなって、もう10日ほどが過ぎていた。

朝は顔を見せず、もちろん、夜には訪れていた寝室にも来る気配は無い。

さすがに、もう使用人たちもおかしいと気付いているようだ。このまま、放っておく訳にはいかない。

誠吾は意を決して、星術師の塔で祈りを終え、帰ってくる筈のアデイールを待った。

正直、アデイールのことが怖くないと云えば、嘘になる。

可愛く懐いてくる子供のように思っていた相手が、突然、自分に襲い掛かってきたのだ。ひどい裏切りを受けた気分だった。

だが、それで済ませる訳にはいかない。アデイールは危ない橋を渡って、誠吾の身の安全を図ってくれたのだ。それに応えなければと思うからこそ、偽の『セスリム』を引き受けているのである。

それをこんなことで失う訳にはいかなかった。

近づいてくる気配に、そっと身を隠す。

「王子」

声を掛けようとした先を制して、誰かがアデイールに声を掛けた。

「メティエル、どうか?」

「王子。あの者は、セスリムとしての役割を本当に果たしているのですか?」

涼やかな若い女の声だ。誠吾は思わず、身体を硬くして様子を伺ってしまった。しかも、話題は自分のことらしい。

「セイ? セイは充分に立派にやってくれているじゃないか」

「でも、貴方はここで思い悩んでいらっしゃる。あのような男が貴方のセスリムであることが間違いなのです。今からでも遅くはありません。もう一度、星術師・ドラテア様に」

その瞬間、女の頬が鳴る音が響いた。

「もう一度、そんな発言をしてみろ。お前の命は無いと思え」

あまりにも冷たいアデイールの言葉の調子にも驚いたが、それよりもあの優しげなアデイールが女に手を上げたことが意外で、誠吾は思わず身を隠した物陰から飛び出していた。

「アデイール」

思わず、女の前に飛び出した誠吾だが、久しぶりに見るアデイールの憔悴しきった姿に、続く言葉は無い。

いつも微笑みを絶やさなかったその表情は硬く、少年の名残を濃く残していたふっくらした頬も、幾分こけていた。

「セイ。一体、何をしにここへ?」

冷たく突き放すように云われて、誠吾は思わず押し黙ってしまう。が、ここで負けるわけにはいかなかった。

「アデイール。話がある」

「俺には無い」

いい放ったアデイールだが、その瞳は見事に言葉を裏切っていた。それを見た途端に、誠吾は自分に思慮が足りなかったことを知る。

「アデイール。帰ろう」

差し出した誠吾の手を、アデイールは怯えたように見た。

「セイ。何処まで俺に我慢をさせる気なんだ?」

「我慢?」

「解からないならいい。俺は、しばらく一人で考えたいんだ」

差しのべた手を、アデイールが取ることは無い。そのまま、身を翻す。だが、アデイールの瞳は、ひどく傷ついた色をしていた。

「判った。アデイール。待ってる」

今は、この手を取れないと云うのなら、待てばいい。アデイールが一人で考えて、誠吾のところへ戻ってくるのを。

もし、戻って来ないとしても、それはそれでいい。アデイールの傍に付いていてくれる人がいるのなら。そう誠吾は考えて、差しのべた手で拳を作った。

「大丈夫か?」

アデイールを見送り、誠吾はアデイールが暴力を振るった女の存在を思い出す。座り込んだままの女に、誠吾は手を差し出した。

「結構です。セスリム」

女は、誠吾を睨むように立ち上がると、さっさと立ち去っていく。勝気そうな感じだが、誠吾の目から見ても、余裕で美人の範疇に入る、まだ十二分に年若い女。アデイールよりもいくつかは上だろうが、アデイールを一心に慕っている様子が見て取れた。

「ああいう女をセスリムにすればいいのに」

つい愚痴めいた呟きが誠吾の口から漏れる。大体、占いで相手を決めるなんて、非科学的だ。もっとも、人が獣に姿を変える世界だ。科学的根拠など無いのかもしれない。

「それは無理というものだ」

突然響いた鋭い声に、誠吾は振り向いたまま固まってしまった。

「ようこそ。我が塔へ、次代の王の番いのものよ」

気配もさせずに現れた女は、これもまたものすごい美貌の主である。大体、この国には秀麗な顔の人間が多いが、その中でもこの女は飛びぬけていた。

長い、銀というよりは白に近い透明感のあるプラチナブロンドが、腰よりも長く伸び、見据える瞳は、何もかも見透かすかのような水の色をしている。薄暗い塔の明かりの中で、そこだけ光輝いているようだが、それは月の光のように冴え冴えとしたものだ。

むしろ、寒気さえ感じさせる人外の美貌だと、誠吾は思う。

「良い目をしている。何度も辛い目に合っただろうに、それでも立ち上がる瞳だ」

「俺のことはどうでもいい。アデイールだ」

「次代の王のこと。何でも聞くがいい」

そう云われて、誠吾は女が何者であるか確認し忘れている自分に気付いた。

「あんたが『星術師』?」

「この塔の星術師の長。ドラテアだ。納得したか? アキセイゴ」

久しぶりに呼ばれる自分の名に、誠吾は思わずじっくりとドラテアと名乗った星術師の顔を見つめた。フルネームは王子にしか名乗った覚えは無い。しかも、王子は発音出来なかった名だ。

「そう、安芸誠吾だ。あんたはちゃんと発音出来るんだな」

「星の示す言葉は様々だ。それをきちんと伝えねばならん」

星の示す言葉というのが、誠吾には良く判らない。

「それは『占い』とは違うのか?」

「同じようなものだ。要は、人には示された道があり、そこへ辿る道筋はいくつもある。それを示すのが星の動きだ。もっとも、それも本人の行動で変わることもあるが、大筋は変わらんのが普通だな」

「読み取っているだけ?」

「それはどの術でも変わらん。我らには変える力は無いのだ。それでも、知っていれば何かが出来よう」

星の力を使うのではなく、示す道を読み取るだけと聞いて、誠吾はほっとした。

「俺次第で変わることもあるんだな?」

「お前が、王子ではない人間を選ぶのまでは、我には止められん。そうすれば、王子はまた番いが無くなるか、それとも新たな番いを星が示すか。それはその時でなければ判らんよ」

「判らない? だが、俺がアデイールのセスリムでなくなれば、当然誰かが」

誠吾の疑問を、ドラテアはため息と共に引き取った。その様は、年若いと思ったドラテアを一気に年増に見せる。

「王子の気持ちまで変わらぬことには、どうしようもあるまいに。次代の王が、お前と共にありたいと願うなら、お前が心変わりをしたところで、番いは現れん」

ドラテアは軽く額に手を置いて、首を振った。

「お前は、王子が嫌いか?」

「いや、可愛いと思ってる。アデイールを見ていると、息子を思い出すんだ」

「ほう?」

「ま、俺の子だから、あんなに綺麗じゃないが。それにずっと年下だしな」

学生結婚をした誠吾には、別れた妻との間に、男の子が一人いる。今年、中学生になる筈だ。

アデイールがまだ子供の顔で笑う時、誠吾は幸せだった頃の風景を思い出すのだ。息子・誠司が無邪気に笑っていた顔を。

「王子も気の毒に。まぁ、思った通りにやるがいい。だが、王子はお前の息子では無いぞ。目隠しはされぬようにな」

ドラテアはそう云い置くと、長衣の裾を翻して立ち去っていく。誠吾はそれを潮に、すっかり長居してしまった星術師の塔から立ち去った。

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