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憧憬の王城  作者: 真名あきら
本編
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第四話

誠吾の一日は結構多忙だ。

使用人たちは、結構な働き者だが、采配を振るわねばならないのは、誠吾である。細かな部分は、まだ、誠吾が慣れないこともあるし、以前からの慣習もあるだろうから、好きにしていいとは云ってあるのだが、目を通してうなずくか、大まかな指示を出すかしなければ、何も動かないのだ。

以前、勤めていた旅行会社では、課長職という中間管理職だったが、ここも似たようなものだ。王が社長だとすると、部長や専務クラスが、大臣と云うところか。そして、社長代行がアデイール王子で、自分はその秘書という役回りだろう。

言葉を覚えた後は、決まりごとや、慣習、歴史。周囲の国の状況。生まれたときからこの国で育った人間には当たり前のことが、異邦人の誠吾には全て勉強の範囲だ。

正直、朝の剣の稽古にかこつけて、身体を動かす時間でも作らなければ、やってられるものではない。

本当はもっと軽いスポーツでもあれば良かったのだが、そういうものは、ここには存在しないようだ。山歩きや走るとかだと、お付が付いてくる。かといって、そう体育会系と云う訳でも無い誠吾には、室内で身体を鍛えるような趣味は無かった。

仕方なく、朝の稽古に出掛けるのだが、そこでも、渋々ながらでも相手をしてくれるのは、サディユースだけだ。


「もう一本!」

「セスリム、いい加減に諦めてください」

朝から何度叩き伏せられても、向かってくる誠吾に、サディユースがあきれ返った声を上げる。

「もう一本だけ。な、それで止める!」

「仕方ありませんね」

構えた剣先が触れ合う。相手を誘うように、振られた。

それに、思いっきり誠吾が切り込む。

その剣は、次の瞬間に弾き飛ばされた。

思わず剣の行方を目で追った、誠吾の喉下に、サディユースの剣が突きつけられる。

「参った」

誠吾はさすがに、諸手を挙げて降参した。それに、サディユースの口が、ゆっくりと微笑を形作る。

「やっと、そう云っていただけて嬉しいですよ」

冷たそうな外見に似合わない、綺麗な微笑みは本当に嬉しそうだ。

『チッ、サド野郎。嬉しそうにしやがって』

ぼそりと、口の中でつぶやく悪態は日本語で、言葉は判らなくとも、その不満ありありな態度に、誠吾がちっとも懲りていないと云うのは解かったらしい。サディユースの眉根がすっと寄せられた。

「どうやら、徹底的にやらないと解からない方のようだ」

誠吾の剣を拾って持たせたサディユースは、ぎらりと光る冷たい青い瞳で誠吾に構えるように促す。

むっとした誠吾が睨みかえす様に、剣を構えた。


散々打ち込んでも、掠りさえしない。一本取るのは無理だと解かってはいるが、せめて、傷を負わせるくらいはしたいところだ。

傷だらけの誠吾とは対照的に、未だ、微動だにせず立っている姿が、こんな際でなければ見とれる程に優美なのも気に障る。

無言で打ち込んだ誠吾の剣は、あっさりとかわされ、剣の背で胴を払われる。痛みによろけた誠吾の背中を突き飛ばすようになぎ払われて、誠吾は何度目かに、前のめりに転んでしまった。

「セイっ!」

周囲を取り囲む、息を呑んで見守る人々を押しのけて現れたのは、金色の髪と瞳の若き王子だ。

駆け寄って誠吾を抱き起こす。

「サディ! お前、俺のセスリムだと知っての上での……」

食って掛かろうとする、アデイールの袖を誠吾が引いた。

「大丈夫だ。耳元で喚くな」

誠吾はアデイールの腕から身を起こすと、下衣の裾を払う。

「じゃ、また明日」

剣を拾い上げ、大人の余裕で手を振ると、おろおろとしたアデイールを宥めながら、誠吾はそこを立ち去った。

さすがに身体中が痛いが、平気なふりをしなければ、ギャラリーだらけの中で近衛隊長と王子の諍いを見せる羽目になる。

部屋に帰ると、そこには既に朝食の用意を終えたレドウィルが控えていた。いつもなら、薄物のカーテンの引かれた窓が全開だ。

どうやら、あまり遅いので心配したレドウィルとアデイールが中庭を見下ろしたら、サディに叩きのめされている誠吾が見えたという所だろう。

「イディドルゥ。レドウィル。遅くなった、悪い。下がっていい」

にっこりと笑って誠吾が云うと、レドウィルは心得た顔になって、無言で下がる。それを見届けて、誠吾は服をはだけた。

「セ、セイ?」

「背中を大分やられた。薬、貼って」

背中はさすがに手が届かない。レドウィルの口の堅さを信用しない訳では無いが、誠吾に誠実に仕えてくれているレドウィルの口から、愚痴が出ないとは限らなかった。

彼らにとって『セスリム』を蔑ろにされているように感じられれば、アウトだ。

「ひどい。傷だらけじゃないか。俺のセスリムを何だと思ってるんだ」

「本気で相手をしてくれるのは、サディユースだけ。他は遠巻きに眺めてるだけだ」

「ソレにしたって、少しは……」

「俺は男。手加減して欲しくない」

ぶすっと誠吾が云うのに、そっと背中の傷にアデイールが指を這わせる。

「痛い」

「あ、ごめん」

思わず、誠吾は顔をしかめた。アデイールの指がびくりと引く。

「いい。薬、貼って」

背中を向けて、なんでもないことのように云う誠吾に、アデイールはなるべく優しく薬草を貼り付けた。それが以外としみて、思わず誠吾は背中を向けたアデイールに判らないように眉をしかめた。

『ちくしょう。あのサド野郎。思いっきりやりやがって』

心の中で罵って、誠吾は平気なフリを押し通す。確かに、本気で相手をするのはサディだけだが、今日のそれは、どっちかと云えば、誠吾を痛めつけるのが目的だった。要は、もう剣の稽古など止めろと云う実力行使だろう。

それが傍目にもはっきりと判ったから、アデイールはあんなに怒っているのだ。

薬草を貼り付け終わると、やさしく服を着せ掛けてくれる。誠吾一人では、まだ満足に服は着れなかった。

「ありがとう」

誠吾が笑い掛けると、アデイールの頬が染まる。それに気付かないフリをして、誠吾は朝食の後の予定を確認しながら、食事を開始した。

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