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憧憬の王城  作者: 真名あきら
番外編
30/31

祝福の夜明け

新年の風景。異世界の新年は早春です。

一年の終わりは、この山の寒さがぬるくなる頃にやってくる。

朝晩はまだ冴えた空気に、震えるものの、そろそろ木々が芽吹く気配を見せていた。


「ドラテア。迎え年の儀式って、子供たちも一緒にやるのか?」

俺は、震えながら、隣にいるドラテアに訊ねる。

一族の連中はともかく(奴らは毛皮で暖かそうだ)、俺と同じ身体の筈のドラテアは、薄いドレス一枚だ。よく、寒くないと思う。

「一年の始まりは、命の始まりでもある。森が目覚め、若木が伸びる。子供たちの成長を祈るのは当然だと思うが?」

「成程」

確かに、その通りだ。星術師と呼ばれる術師たちは、星を読むだけでは無く、祝福を与える儀式も執り行う。

その中には、一族の子供たちもいれば、普通の人の子供もいる。

「夜明けと同時に、出発になる。セイ、俺たちは先に行くぞ」

アデイールに促され、俺たちは、暗い中を星宮に向かって歩き始めた。

『星宮』というのは、以前に星術師の塔があった場所だ。

山頂に位置し、今では、こういった儀式のときにしか使われていないらしい。

今日の俺の役割は、ドラテアに代わって、子供たちに祝福を与えることだ。

『セスリム』としての、役割にも段々と慣れてはきたが、やはりこういうのは、気恥ずかしい。

「アデイール。本当に俺でいいのかな?」

「もちろん。子供たちは皆、セイのようになりたいと願っている」

まっすぐな視線で俺を見つめるアデイールの瞳に、嘘は無い。だが、それは買いかぶりすぎだ。アデイールはいつも、俺を完璧な大人だと思い込んでいる。

「セイ。また、迷っている?」

「お前が思うほど、俺は強くもなければ、優しくも無いぞ」

苦い想いを噛み砕いた。言葉にすると一層、その気持ちは強くなる。

「セイ」

アデイールが、包み込むように抱きしめてきた。暖かな胸は、すっかり大人の雰囲気を漂わせている。

「アデイール」

呼びかけると、そっと口付けが降りてきた。

激しくなるそれに応えながら、俺ははっと気付いて身を離す。

アデイールと二人だけで歩いているような気分でいたが、当然、後ろからは付かず離れずの距離で、近衛の兵が歩いてくるのだ。

そのまま、押し倒されそうな雰囲気に、俺はキッとアデイールを睨み付けた。

「これ以上は駄目だ!」

「解った。城に帰ってからにしよう」

恥ずかしい台詞を堂々と云い放つアデイールに、俺は返事もせずに、前へと歩を進める。こんなときに何か反論するのは、墓穴を掘るのに他ならない。

気持ちを切り替えて、山頂を目指す事にした。



歩いていると、段々と温まってくる。月明かりの中、二人とも、無言で歩き続けた。

目の前がぱっと開けたような感覚があった。

低木がぽつぽつと生えるトレクジェクサの山は、視界が遮られることなど無いはず。

俺は、目を凝らして、目の前の風景を見た。

月明かりに浮かび上がる、白い塔。その上に、大きな月が掛かっている。まるで、塔の上から手を伸ばせば届きそうだ。

その前庭には、一面を覆い尽くすように、白い花が咲き乱れている。

それが、視界を明るくした原因だと、俺は思い至った。

アデイールが群生している花を手に取り、一輪、摘む。

「我がセスリムは、貴方だけだ。セイ」

差し出された花は、真っ白な一片の大きな花弁の花だ。

セスリムの花。

儀式のように差し出されたそれを、俺はそっと胸に抱いた。

迷うことの無い瞳。俺は、何度もそれに自信を貰う。

愛の言葉より、確かなものがそこにあった。


「子供たちに、一輪ずつ手渡して欲しい」

「解った」

気恥ずかしさは、まだ残るが、迷いは無い。

月は中空に掛かったまま、太陽の光に白んでいく。

子供たちが上ってくる頃には、すっかり朝焼けも失せているだろう。

皆が成長していくとき、俺やアデイールはもういないかもしれない。

それでも――――



「セイさま!」

一番乗りの子供が駆けてくる。

まぶしい笑顔に祝福を。



<おわり>

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